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【訃報】ムツゴロウさんはいつ亡くなった?死去した日と87歳の生涯

星野 匠 星野 匠 • 更新: • 公開: • 読了約 19 分
目次

畑正憲さんが亡くなったのは、2023年4月5日午後5時53分。北海道中標津町の病院で、87歳の生涯を閉じた。

訃報が報じられたのは翌6日。テレビ朝日、TBS NEWS DIG、スポーツ紙などが一斉に伝え、長年テレビを通じて親しまれてきた動物研究家の死を悼む声が広がった。

畑さんは1935年4月17日、福岡県福岡市生まれ。亡くなるまで12日を残した87歳だった。動物文学の作家として数多くの著作を残し、北海道に動物王国を築き、テレビでは世界各地の動物たちと交流する姿を届けてきた。

晩年まで北海道で暮らし、執筆やYouTubeを通じた発信も続けていた。長年のファンにとっては、テレビ画面の中で元気に動物と接していた姿が記憶に残っているだけに、突然の訃報は大きな驚きをもって受け止められた。

【死因の真相】畑正憲さんは心筋梗塞で亡くなった?最期に何があったのか

ムツゴロウさん死去

畑正憲さんの死因として公表されたのは、心筋梗塞だった。

2023年4月5日、自宅で胸の痛みを訴えて倒れる

テレビ朝日の報道によると、畑さんは2023年4月5日の夕方、北海道中標津町の自宅で「胸が痛い」と訴えて倒れた。その後、病院へ搬送されたが、心筋梗塞のため亡くなった。

スポーツ紙などの報道では、死亡時刻は午後5時53分と伝えられている。

また、畑さんには過去にも心筋梗塞を発症した経緯があった。TBS NEWS DIGによると、2017年にも心筋梗塞で倒れ、ドクターヘリで釧路市内の病院に搬送されたことがあったという。その後も入退院を経験していたことが関係者の証言として報じられた。

ただし、2017年の発症と2023年の死去について、医学的な詳細や個別の因果関係まで公表されているわけではない。公表された死因は、あくまで2023年の心筋梗塞である。

家族に見守られた最期の様子

畑さんの最期については、家族や関係者から当時の状況が伝えられている。

孫の津山風花さんは、ムツゴロウ動物王国の公式ブログに掲載した2023年4月6日の報告で、祖父が自宅で亡くなったことを伝えた。

家族に見守られての旅立ちでした。

さらに風花さんは、畑さんの表情について、今にも冗談を言いながら起き上がりそうなほど安らかだったと振り返っている。そばには犬や猫たちも寄り添っていたという。

スポニチの報道では、畑さんの長女と結婚した津山剛さんも、最期は苦しまず家族で看取ったと語っている。

テレビで猛獣にも臆することなく接していた畑さんが、最期は長年暮らした北海道の自宅で家族や動物たちに囲まれていたというエピソードは、多くの人の心に残った。

「死去の真相」をめぐる誤解に注意

畑正憲さんの死因については、検索結果や個人ブログなどで異なる病名が記載されているケースもある。しかし、訃報を伝えた主要報道と家族側の発表で一致しているのは心筋梗塞である。

また、動物との接触による事故や過去のライオンとの出来事が死因だったわけでもない。2000年にテレビ番組の収録中、ライオンに指をかまれたことは報じられているが、今回の死去とは別の出来事だ。

死去の理由をめぐる特別な事件や、別の事故が公表された事実はない。確認されている経緯は、心筋梗塞を発症し、病院に搬送されたものの亡くなったというものだ。

【経歴・プロフィール】畑正憲さんは東京大学出身!作家から動物王国の主へ

ムツゴロウさんは、単なるテレビタレントや動物好きの著名人ではなかった。東京大学で生物学を学び、動物記録映画の制作を経て作家となり、自ら北海道に動物と人間が共存する場所を築いた人物だ。

その経歴を理解すると、テレビで見せていた独特の動物との接し方にも、研究者・観察者としての視点があったことが分かる。

東京大学では生物学を専攻

畑さんは1954年に東京大学へ入学。理学部生物学科で生物学を学び、その後は生物系の大学院にも進んだ。

大学時代から生き物への関心が強く、動物を観察することや自然の仕組みを理解することに深い興味を持っていた。

1960年には学習研究社(現・学研ホールディングス)の映画局に入社し、動物の記録映画制作に従事する。研究対象としての動物を、映像を通じて人々に伝える仕事に携わった。

作家としても高く評価された畑正憲

1968年に学習研究社を退社し、本格的な著作活動を開始。同年に「われら動物みな兄弟」で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した。

その後も「ムツゴロウの青春記」「ムツゴロウの博物志」など、多数の著作を発表。1977年には第25回菊池寛賞を受賞している。

動物の生態を科学的に観察するだけではなく、人間と動物の関係を文学的な表現で伝えることが、畑さんの大きな特徴だった。

畑正憲さんの生涯を年表で整理

誕生から北海道への移住、テレビでの活躍、そして晩年までの主な出来事をまとめた。

年月・年齢 出来事・活動 主な功績・背景
1935年4月17日 福岡市に誕生 本名・畑正憲
1954年 東京大学に入学 理学部生物学科で学ぶ
1960年 学習研究社に入社 動物記録映画を制作
1968年 作家活動を本格化 日本エッセイスト・クラブ賞受賞
1971~1972年 北海道へ移住 浜中町で動物王国を開設
1977年 文学分野で評価 第25回菊池寛賞受賞
1978年 中標津町に拠点を設置 自宅とムツ牧場を設立
1980年 テレビシリーズ開始 フジテレビ「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」
1986年 映画「子猫物語」 監督を務める
2001年 テレビシリーズ終了 約21年間にわたる放送に一区切り
2004~2007年 東京ムツゴロウ動物王国 東京進出と施設閉園
2017年 心筋梗塞を発症 ドクターヘリで病院に搬送されたと報道
2023年4月5日 死去 心筋梗塞のため87歳で逝去

この年表から見えてくるのは、畑さんの活動がテレビ出演だけにとどまらなかったことだ。研究、映像制作、文学、牧場運営という複数の分野を横断しながら、生涯を通じて動物と向き合っていた。

【ムツゴロウ動物王国の経緯】北海道から東京へ移転し、閉園に至った理由

ムツゴロウさんを語るうえで欠かせないのが、北海道に築いた「ムツゴロウ動物王国」だ。

この場所は、一般的な動物園とは異なる理念を持っていた。畑さん自身が動物と生活し、その日常を通じて人間と動物の関係を探究するという試みだった。

1971年、家族と動物を連れて無人島へ

1971年、畑さんは家族とともに北海道厚岸郡浜中町沖の無人島・嶮暮帰島(けんぼっきとう)へ移住した。

クマや馬などの動物も連れて行き、自然の中で人間と動物がともに暮らす生活を始める。翌1972年には対岸の浜中町へ移り、動物王国を築いた。

1978年には北海道中標津町に自宅とムツ牧場を設立。北海道の自然を生活の舞台として、動物たちとの交流を続けていった。

2004年に東京進出、2007年に閉園

北海道の動物王国は、テレビを通じて全国的な知名度を獲得した。一方、北海道という立地は、遠方から訪れる人にとって距離的なハードルがあった。

そこで2004年7月、東京都あきる野市の東京サマーランド内に「東京ムツゴロウ動物王国」が開園。北海道から動物やスタッフが移り、都市部の人々が動物と触れ合える施設を目指した。

しかし、来園者数は当初の想定を下回り、運営会社は2006年に経営難に陥った。畑さん側が運営を引き継いだものの経営状況は改善せず、2007年11月25日に閉園した。

スポニチなどの報道では、この東京進出に伴う運営上の問題や借金についても伝えられている。畑さんは経営面で大きな負担を背負ったが、その後、借金を返済したと報じられた。

動物王国はなくなったのか?現在のムツ牧場との違い

ここで整理しておきたいのが、東京の施設の閉園と、北海道での活動の終了は同じ意味ではないということだ。

2007年に閉園したのは東京ムツゴロウ動物王国であり、北海道で培われた動物との暮らしや牧場の活動まで消滅したわけではない。

畑さんはその後も中標津町を生活の拠点として、動物たちとの交流や執筆活動を続けた。晩年には犬や猫、馬たちとの生活を送り、家族やスタッフがその活動を支えていた。

現在のムツ牧場と、かつての大規模な動物王国の施設を同一視するのは正確ではない。現在は家族や関係者による牧場活動、情報発信、作品の継承が中心となっている。

【テレビ・YouTube】「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」が残した功績

ムツゴロウさんの名前を全国に広めた最大のきっかけは、フジテレビの「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」だった。

1980年から2001年まで続いた人気シリーズ

「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」は1980年に放送が始まり、2001年まで約21年間にわたって続いた。

北海道の動物王国での暮らしを中心に、世界各地の動物や自然、人間との交流を紹介するドキュメンタリー番組だった。

フジテレビが2023年4月8日に放送した追悼特番「ありがとう!ムツゴロウさん」では、過去20年以上の映像を再構成。フジテレビの番組紹介によれば、シリーズは視聴率30%を超える大ヒットとなった。

番組の魅力は、珍しい動物を紹介するだけではなかった。畑さん自身が動物のそばに入り、相手の反応を観察しながらコミュニケーションを取る姿にあった。

「よーし、よしよし」という独特の語り口や、動物の体を優しくなでる姿は、番組を象徴するものとなった。

ライオンに指をかまれても動物を責めなかった

畑さんの動物との交流を象徴する出来事として、2000年のライオンによる負傷事故が知られている。

テレビ番組の収録中、ライオンに指をかまれたことが報じられた。それでも動物への関心や愛情を失わず、動物と向き合い続ける姿が印象に残った。

ただし、こうした接し方は専門知識や経験に基づいたものであり、一般の人が猛獣に同じように接してよいという意味ではない。番組の映像を楽しむことと、実際の動物との接触に必要な安全管理は区別する必要がある。

亡くなる10日前までYouTubeで発信

晩年の畑さんは、テレビ出演だけでなくインターネットを使った情報発信にも取り組んでいた。

公式YouTubeチャンネル「ムツゴロウの656」は、畑さんが自身の経験や動物に関する知識、人生の思い出を語るチャンネルとして展開された。

2023年3月26日に公開された第104回「スーザン・ブッチャーインタビュー 犬と心は通じ合うの?」が、本人が存命中に公開した最後の動画となった。

死去した4月5日から数えると、わずか10日前のことだ。最終回でも、犬ぞりの世界で知られた女性マッシャー、スーザン・ブッチャーさんについて語っていた。

さらに注目したいのは、畑さんの死去後もチャンネルの活動が続いたことだ。家族や関係者が過去の経験や映像、馬との暮らしなどを伝える動画を公開している。

2025年6月29日には第126回「動物王国からムツ牧場へ 馬と心を通わせて」が公開された。これは畑さん本人の新たな出演ではなく、家族やスタッフがムツゴロウさんの思い出と動物王国の歴史をつないでいく活動の一環である。

【妻・純子さんと家族】畑正憲さんを支えた家族の絆と2026年の現在

畑さんの人生を振り返るとき、長年そばで支えた妻・純子さんの存在も欠かせない。

妻・純子さんとの出会いと結婚

畑さんと純子さんは、大分県で過ごした中学生時代に出会った。文春オンラインの妻へのインタビューでは、中学2年生の頃から交際を始め、畑さんが23歳のときに結婚したことが紹介されている。

その後の生活は、一般的な夫婦の暮らしとは大きく異なっていた。北海道の無人島への移住や動物王国の建設など、畑さんの挑戦をともに歩んできた。

2023年の訃報時には、妻の純子さんが喪主を務めると報じられた。家族からの報告でも、純子さんは畑さんを長年支え続けた存在として紹介されている。

娘・明日美さんと孫の風花さん

家族については、長女の明日美さんや孫の津山風花さんの存在が公表されている。

畑さんの死去直後、風花さんは動物王国の公式ブログを通じて家族の状況を報告した。突然の出来事に家族が動揺していること、葬儀は身内だけで行うことなどを伝えている。

また、YouTubeチャンネル「ムツゴロウの656」の運営にも、娘の明日美さんが関わっていたことが報道されている。畑さんの頭の中に蓄積された数多くの経験や物語を、動画として残したいという思いから始まった活動だった。

2026年4月5日の公式ブログでは、明日美さんが父を見送って3年を迎えた心境を投稿している。同じ投稿には、翌年に母も見送ったことが記されている。

家族にとって、畑さんが残したものは映像や著作だけではない。北海道での暮らしや動物たちとの関係、そこで積み重ねてきた経験そのものが、次の世代へ引き継ぐ大切な財産になっている。

2026年11月現在、ムツゴロウ動物王国はどうなっている?

2026年11月現在、畑正憲さん本人は2023年4月5日に亡くなっている。したがって「ムツゴロウさんは現在も動物王国で暮らしている」という情報は正確ではない。

一方、家族やスタッフによる活動は続いている。

2026年の公式ブログでは、北海道のムツ牧場で暮らす馬たちの様子や季節の風景、犬や猫との日常が紹介されている。2026年4月には、銀座のギャラリーGKで「畑正憲個展 ムツゴロウ世界をまわる」が開催された。

加えて、2026年11月2日には2027年度版のムツゴロウ動物王国カレンダーの発売が告知された。馬やエゾリスなど、北海道の自然と動物たちを題材にした内容となっている。

つまり、2026年現在のムツゴロウ動物王国は、かつてのテレビ番組で知られた大規模な施設がそのまま営業しているという状況ではない。家族や関係者が牧場、作品展示、出版物、オンライン発信などを通じて、その世界観を継承している。

畑さんの死後も動物たちの暮らしや作品を伝え続ける活動があることは、ムツゴロウさんの功績を振り返るうえで大切なポイントだ。

【ムツゴロウさんの死去】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:ムツゴロウさんは何年何月何日に亡くなりましたか?
A1:2023年4月5日です。午後5時53分に北海道中標津町の病院で亡くなりました。享年87歳でした。

Q2:畑正憲さんの死因は何ですか?
A2:公表された死因は心筋梗塞です。2017年にも心筋梗塞で病院に搬送された経緯が報じられています。

Q3:ムツゴロウさんの最期はどのような様子でしたか?
A3:2023年4月5日の夕方、自宅で胸の痛みを訴えて倒れ、病院へ搬送されました。家族によると、家族に見守られて亡くなり、犬や猫たちもそばに寄り添っていたとのことです。

Q4:ムツゴロウ動物王国は現在も営業していますか?
A4:かつての東京ムツゴロウ動物王国は2007年に閉園しています。2026年現在は、北海道のムツ牧場や家族による情報発信、作品展示などを通じて活動が継承されています。

Q5:ムツゴロウさんが最後に投稿したYouTube動画は何ですか?
A5:2023年3月26日公開の第104回「スーザン・ブッチャーインタビュー 犬と心は通じ合うの?」です。本人が生前に公開した最後の動画として知られています。その後もチャンネルは家族や関係者によって更新され、2025年6月には第126回が公開されました。

Q6:ムツゴロウさんの妻や家族はどうしていますか?
A6:妻は純子さん、長女は明日美さん、孫には津山風花さんがいます。2026年の家族ブログでは、明日美さんが父の思い出や牧場の活動について発信を続けています。純子さんについても、翌年に亡くなったことが同ブログで伝えられています。

畑正憲さんが亡くなったのは、2023年4月5日。死因は心筋梗塞で、享年87歳だった。

東京大学で生物学を学び、動物記録映画の制作や作家活動を経て、北海道にムツゴロウ動物王国を築いた畑さん。その活動はフジテレビの「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」を通じて全国に知られるようになった。

晩年まで執筆やYouTubeでの発信を続け、亡くなる10日前にも動画を公開していたことは、畑さんの旺盛な好奇心と生き物への関心を象徴している。

2026年現在、本人はこの世を去っているものの、北海道のムツ牧場、家族による情報発信、絵画展、著作、映像作品などを通じて、その足跡は受け継がれている。

ムツゴロウさんの本当の功績は、動物と触れ合う姿をテレビで見せたことだけではない。動物を人間の娯楽の対象として眺めるのではなく、同じ命を持つ存在として観察し、理解しようとした姿勢にある。

訃報から年月が経過しても、過去の番組や著作を見返すことで、畑さんが伝えようとした動物との関係を改めて考えることができる。北海道で始まった動物王国の物語は、本人の死去によって終わったのではなく、残された人々の活動と作品を通じて、今も続いている。

ムツゴロウさんを振り返る際には、死因や最期の情報だけでなく、研究者、作家、映像制作者、そして動物と暮らした一人の人間としての生涯にも目を向けたい。

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