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友綱親方は誰?元旭天鵬・元魁輝・元魁聖の関係と部屋継承、2026年の現在を徹底解説

室井 健太 室井 健太 • 更新: • 公開: • 読了約 18 分
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2026年11月現在、「友綱親方」と呼ばれているのは、元関脇・魁聖の友綱一郎親方です。本名は菅野リカルド。ブラジル・サンパウロ出身で、現在は日本相撲協会の主任として、浅香山部屋に所属しています。協会の公式プロフィールでも、現役時代の四股名である魁聖と、現在の年寄名である友綱が確認できます。

一方、過去の友綱親方には、元関脇・旭天鵬や元関脇・魁輝もいます。2017年には旭天鵬が友綱部屋を継承し、2022年には再び名跡交換が行われて部屋の名称が大島部屋に変更されました。現在の友綱親方が元魁聖であることや、大島親方との関係が分かりにくいのは、この複数回の継承が背景にあります。

【2026年最新】現在の友綱親方は元魁聖・菅野リカルド

友綱親方

現在の友綱親方は、ブラジル出身の元関脇・魁聖一郎です。現役引退後の2022年8月29日に年寄名跡「友綱」を襲名し、友綱一郎として日本相撲協会に所属しています。

友綱一郎親方のプロフィール
  • 現在の年寄名:友綱一郎
  • 現役時代の四股名:魁聖一郎
  • 本名:菅野リカルド
  • 生年月日:1986年12月18日
  • 出身地:ブラジル・サンパウロ
  • 最高位:関脇
  • 初土俵:2006年9月場所
  • 引退場所:2022年9月場所
  • 現在の所属部屋:浅香山部屋
  • 協会での役職:主任

日本相撲協会の年寄プロフィールによると、友綱親方の生涯戦歴は590勝592敗37休、94場所。幕内在位は60場所で、最高位は関脇です。敢闘賞を3回受賞し、十両優勝も1回記録しています。

現在の所属は大島部屋ではなく浅香山部屋

ここは検索する読者が特に間違えやすいポイントです。

魁聖は現役時代、大島部屋に所属していました。2022年に引退して友綱を襲名した当初も、大島部屋の部屋付き親方として後進の指導に当たっていました。

しかし、2023年6月に浅香山部屋へ移籍しています。2023年10月1日に両国国技館で行われた断髪式では、師匠である浅香山親方(元大関・魁皇)が止めばさみを入れました。日刊スポーツも、この移籍と浅香山部屋での指導について報じています。

2026年10月16日現在の日本相撲協会の職務分掌では、友綱親方は主任に位置付けられ、担当職務は指導普及部・社会貢献部です。

つまり、2026年現在の友綱親方を正確に説明するなら、「元魁聖で、浅香山部屋に所属する主任の親方」となります。

【歴代の友綱親方】元魁輝・元旭天鵬・元魁聖の継承関係

友綱親方という呼び方が複数の人物を指すのは、日本相撲協会における年寄名跡の継承制度が関係しています。

友綱は、江戸時代から続く年寄名跡の一つです。同じ名跡を別々の時代に複数の親方が襲名するため、過去の記事に登場する友綱親方と、現在の友綱親方は必ずしも同一人物ではありません。

近年の友綱親方の歴代と名跡の変遷
時期 友綱を襲名した人物 主な出来事・関係
1989年5月~2017年6月 元関脇・魁輝 友綱部屋の師匠を務め、魁皇らを育成。
2017年6月~2022年1月 元関脇・旭天鵬 名跡交換により友綱を襲名。友綱部屋を継承。
2022年2月~再雇用期間終了 元関脇・魁輝 再び友綱を襲名。部屋は大島部屋に変更。
2022年8月29日~現在 元関脇・魁聖 引退と同時に友綱を襲名。現在の友綱一郎親方。
2023年6月~現在 元関脇・魁聖 浅香山部屋へ移籍し、部屋付き親方として活動。

この変遷から分かるのは、友綱という名前が特定の力士一人だけを指すものではないということです。

特に重要なのは、元魁輝が2017年に大島へ名跡を変更した後、2022年2月に再び友綱を襲名している点です。そのため、元魁輝も元旭天鵬も友綱親方と呼ばれた時期があります。

元魁輝は友綱部屋を長年支えた先代師匠

元関脇・魁輝薫秀は、1989年5月に年寄「友綱」を襲名し、友綱部屋の師匠を務めました。

現役時代の最高位は関脇。引退後は指導者として大関・魁皇らを育て、長年にわたって部屋の基盤を築いてきた人物です。

2017年6月に65歳の定年を迎えることになり、後継者として元旭天鵬に友綱部屋を託しました。

その後、元魁輝は大島の名跡を襲名し、2022年の再度の名跡交換では一時的に友綱へ戻っています。友綱部屋と大島部屋の名称変更を理解するうえで、欠かせない存在です。

【2017年の部屋継承】元旭天鵬が友綱部屋の師匠になった理由

2017年の友綱部屋継承は、元旭天鵬が現役時代から築いてきた経験と、元魁輝の定年が重なったことによって実現しました。

元旭天鵬は大島部屋出身のモンゴル人力士

元旭天鵬の本名は太田勝。1974年9月13日、モンゴルのナライハで生まれました。

1992年に来日し、当時の大島部屋に入門。モンゴル出身力士の先駆けとして長く土俵に立ち、最高位は関脇まで昇進しました。

2012年には大島部屋の閉鎖に伴い友綱部屋へ移籍しています。そして、その直後の同年5月場所で大きな記録を打ち立てました。

37歳8カ月での幕内初優勝です。昭和以降の最年長初優勝として記録された快挙であり、旭天鵬の名前を相撲ファンに強く印象付けました。

2015年7月場所限りで現役を引退すると、年寄「大島」を襲名。大島部屋を再興するのではなく、友綱部屋の部屋付き親方として後進の指導に当たっていました。

2017年6月11日に実現した名跡交換

日本相撲協会は2017年6月1日の理事会で、元魁輝と元旭天鵬による年寄名跡の交換を承認しました。

実際の継承は2017年6月11日付です。

  • 元魁輝:友綱から大島へ変更
  • 元旭天鵬:大島から友綱へ変更
  • 友綱部屋:元旭天鵬が師匠として継承

この継承によって、元旭天鵬はモンゴル出身力士として初めて相撲部屋を持つ師匠となりました。

現役時代に大島部屋で育ち、友綱部屋へ移籍して力士生活を続け、引退後にはその友綱部屋を引き継ぐ。旭天鵬にとっては、自身の相撲人生と部屋の歴史が結び付く大きな転換点でした。

また、元魁輝にとっても、長年育ててきた弟子や部屋の伝統を次の世代へ引き継ぐ節目となりました。

【2022年の名跡交換】友綱部屋が大島部屋に名称変更した経緯

2022年に再び名跡交換が行われたことで、友綱部屋は大島部屋へと名称を変更しました。

この出来事が、現在の友綱親方を元魁聖とする経緯を理解するうえで最も要点です。

元旭天鵬と元魁輝が再び名跡を交換

日本相撲協会は2022年1月27日の理事会で、同年2月1日付の名跡変更を承認しました。

その内容は次のとおりです。

  • 元旭天鵬の友綱親方が年寄名跡「大島」を襲名
  • 元魁輝の大島親方が年寄名跡「友綱」を再び襲名
  • 友綱部屋の名称を大島部屋へ変更

この交換には、元魁輝の再雇用期間が終了する時期が関係していました。元旭天鵬は大島の名跡を継承することで、かつて自身が所属していた大島部屋の名称を再び掲げることになったのです。

大島部屋は約10年ぶりに再興された

そもそも大島部屋は、1980年1月に元関脇・旭國が創設した相撲部屋です。

1992年にはモンゴルから6人の新弟子を迎え入れ、その中から旭鷲山や旭天鵬などの関取が誕生しました。モンゴル出身力士の活躍を語るうえで、重要な役割を果たした部屋です。

しかし、2012年4月に師匠の定年退職を迎えた際、旭天鵬が現役続行を希望したことなどから部屋は閉鎖。所属力士は友綱部屋へ移籍しました。

それから約10年後の2022年2月、元旭天鵬が大島を襲名したことで、大島部屋が再興されました。

大島部屋公式サイトでも、2022年の名称変更と再興について説明されています。さらに2024年10月には、東京都葛飾区青戸へ部屋を移転し、新たな拠点で活動を続けています。

元魁聖が友綱を襲名したのは2022年8月

ここで注意したいのが、2022年2月の名跡交換によって、すぐに元魁聖が友綱になったわけではないという点です。

2022年2月には、元魁輝が再び友綱を襲名していました。その後、再雇用期間が終了し、同年8月29日に元関脇・魁聖の現役引退と年寄「友綱」の襲名が発表されました。

こうして現在の友綱親方が誕生したのです。

つまり、2022年の出来事は、次の2段階に分けて理解する必要があります。

2月:元旭天鵬と元魁輝が名跡交換して大島部屋が再興。8月:元魁聖が引退して友綱を襲名。

この時系列を押さえておけば、友綱部屋から大島部屋への名称変更と、元魁聖の親方就任を混同せずに理解できます。

【元魁聖の相撲人生】友綱親方の経歴と浅香山部屋への移籍

現在の友綱親方である元魁聖は、ブラジル出身の力士として日本の大相撲で実績を残しました。

ブラジル出身初の幕内力士として活躍

魁聖は1986年12月18日、ブラジル・サンパウロで生まれました。日系3世で、2006年7月に来日し、同年9月場所で初土俵を踏んでいます。

2010年7月場所で新十両に昇進。2011年5月の技量審査場所では新入幕を果たし、ブラジル出身初の幕内力士となりました。

194センチを超える長身と大柄な体格を生かした右四つ、寄りを持ち味とし、2016年5月場所には新三役へ昇進。最高位は関脇です。

幕内在位は60場所。敢闘賞を3回受賞しており、2018年3月場所には12勝3敗の好成績を残しました。

2022年8月29日に現役引退を決断

魁聖は現役後半、膝や腰などの負傷や成績不振に苦しみました。

2022年7月の名古屋場所では東十両11枚目で5勝10敗。翌9月場所の番付では幕下へ降格することになり、現役引退を決断しました。

日刊スポーツの引退時の取材では、関取として長く相撲を取ってきたことや、幕下で相撲を続けることへの考えを語っています。

2022年8月29日に日本相撲協会が引退と友綱襲名を発表。魁聖は友綱一郎として、後進の指導に携わる道へ進みました。

2023年に浅香山部屋へ移籍

引退当初は大島部屋の部屋付き親方でしたが、2023年6月に浅香山部屋へ移籍しました。

浅香山部屋の師匠は、元大関・魁皇の浅香山親方です。魁聖は現役時代、元魁皇が所属していた友綱部屋に入門しており、相撲界でのつながりがあります。

2023年10月1日の断髪式では、浅香山親方が止めばさみを担当。現役時代を締めくくり、指導者として新たな一歩を踏み出しました。

日刊スポーツの報道では、友綱親方は若い力士の心のよりどころになれる親方を目指す考えも示しています。

現役時代の魁聖を知るファンにとって、現在の友綱親方は単に名跡を継いだ人物ではありません。ブラジル出身の力士として幕内まで上り詰めた経験を、次世代の育成に生かす立場にあります。

【相撲の親方と年寄名跡】名前が何度も変わる仕組みと誤解

友綱親方の歴史を理解するには、相撲界独特の「年寄名跡」という制度を知っておく必要があります。

年寄名跡は親方として活動するための伝統的な名前

年寄名跡とは、引退した力士が親方として日本相撲協会に残る際に襲名する名前のことです。「友綱」「大島」「浅香山」などが該当します。

日本相撲協会の有識者会議による2021年の提言書では、年寄名跡の歴史は1684年にさかのぼり、現在の105名跡という数は1927年に定まったと説明されています。

年寄名跡の襲名は、年寄資格審査委員会の審査を経て、理事会が決定する仕組みです。

したがって、現役時代の四股名と引退後の年寄名は必ずしも一致しません。

魁聖が引退後に友綱を襲名したことも、この制度に基づくものです。

名跡交換と部屋の名称変更は同じではない

もう一つ重要なのが、親方個人の年寄名跡と、相撲部屋の名称は関連しているものの、同じものではないという点です。

今回の経緯では、親方同士が年寄名跡を交換した結果、師匠が名乗る名前が変わり、部屋の名称も変更されました。

具体的には、2017年に元旭天鵬が友綱を襲名したため友綱部屋が継承され、2022年に元旭天鵬が大島を襲名したことで大島部屋に名称変更されています。

その後、元魁聖が友綱を襲名しても、部屋が再び友綱部屋になったわけではありません。元魁聖は大島部屋の部屋付き親方としてスタートし、2023年に浅香山部屋へ移籍しました。

つまり、親方の名前が友綱だからといって、友綱部屋の師匠であるとは限らないのです。

友綱親方について情報を見分ける3つのポイント
  • 2017年のニュース:元旭天鵬が友綱部屋を継承した時期の情報。
  • 2022年2月のニュース:元旭天鵬と元魁輝の名跡交換による大島部屋への名称変更。
  • 2022年8月以降の情報:元魁聖が友綱を襲名した後の情報。現在の所属や役職を確認する際はこちらが重要。

古い記事に「友綱親方(元旭天鵬)」と書かれていても、それは誤報ではありません。掲載された当時は実際に旭天鵬が友綱を名乗っていたからです。

情報を正確に理解するには、記事の公開日と、元の四股名、年寄名の両方を確認することが大切です。

【大島部屋の現在】元旭天鵬が師匠として継承する部屋の姿

友綱親方の歴史を追うと、もう一人の重要人物である元旭天鵬、現在の大島親方の存在も見逃せません。

現在の大島親方は元旭天鵬の大島勝

日本相撲協会の公式プロフィールによると、現在の大島親方は大島勝。元関脇・旭天鵬で、本名は太田勝です。

年寄名の履歴は「大島 勝→友綱 勝→大島 勝」となっています。2017年から2022年1月までは友綱を名乗り、その後は再び大島を襲名しています。

2026年現在も大島部屋の師匠を務めており、協会での役職は委員です。

2024年10月に葛飾区青戸へ移転

大島部屋は2024年10月、東京都葛飾区青戸へ移転しました。

日本相撲協会の部屋紹介でも、現在の大島部屋の所在地は東京都葛飾区青戸7丁目と案内されています。

大島部屋公式サイトでは、1980年の創設から2012年の閉鎖、2017年の友綱部屋継承、2022年の再興まで、その歴史が紹介されています。

元旭天鵬にとって大島部屋は、自身が相撲を始めた原点でもあります。現役時代に所属した部屋の名前を再び掲げ、その師匠として後進を育てていることに、現在の大島部屋の特徴があります。

友綱部屋と大島部屋の関係は、単なる名称変更ではありません。元旭天鵬、元魁輝、元魁聖という3人の親方の経歴が重なり、相撲部屋の継承と年寄名跡の歴史が交差したものです。

【友綱親方の現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:2026年現在の友綱親方は誰ですか?
A1:元関脇・魁聖の友綱一郎親方です。本名は菅野リカルドで、ブラジル・サンパウロ出身。日本相撲協会では主任を務め、浅香山部屋に所属しています。

Q2:元旭天鵬は現在も友綱親方ですか?
A2:いいえ。元旭天鵬は2022年2月に友綱から大島へ名跡を変更し、現在は大島勝親方として大島部屋の師匠を務めています。

Q3:元魁輝と元魁聖は同じ友綱親方ですか?
A3:別人です。元魁輝は友綱部屋を長年率いた先代親方で、2017年と2022年の名跡交換に関わりました。元魁聖は2022年8月に友綱を襲名した現在の親方です。

Q4:友綱部屋は現在も存在しますか?
A4:2022年2月に大島部屋へ名称変更されたため、現在の名称は大島部屋です。師匠は元旭天鵬の大島勝親方です。

Q5:元魁聖の友綱親方は現在どこの部屋に所属していますか?
A5:浅香山部屋です。2023年6月に大島部屋から移籍しました。浅香山部屋の師匠は元大関・魁皇の浅香山親方です。

Q6:友綱親方の現在の役職は何ですか?
A6:2026年10月16日現在、日本相撲協会の職務分掌では主任です。担当職務は指導普及部・社会貢献部となっています。

2026年現在の友綱親方は、元関脇・魁聖の友綱一郎親方です。日本相撲協会の公式プロフィールでは浅香山部屋所属の主任として紹介され、指導普及部・社会貢献部を担当しています。

一方、元旭天鵬は現在の大島親方で、大島部屋の師匠です。元魁輝は友綱部屋を長年率いた先代師匠であり、2017年と2022年の名跡交換に関わった人物です。

今回の歴史を整理すると、次の3点が重要になります。

  • 元魁輝:1989年から友綱を襲名し、長年にわたり友綱部屋を率いた。
  • 元旭天鵬:2017年に友綱部屋を継承し、2022年に大島部屋を再興した。
  • 元魁聖:2022年8月に友綱を襲名し、2023年から浅香山部屋で指導している。

友綱親方という名前だけを追うと、人物や部屋の関係を混同しやすくなります。しかし、年寄名跡の継承と部屋の名称変更を時系列で整理すれば、複雑に見える経緯も明確になります。

今後、友綱親方の活動を追う際は、日本相撲協会の年寄プロフィールと職務分掌を確認するのが確実です。また、大島部屋の動向については、現在の師匠である大島勝親方の情報を確認すると、両者の関係を正しく把握できます。

友綱という名跡に受け継がれてきた歴史と、元旭天鵬・元魁輝・元魁聖それぞれの歩み。この3人の関係こそが、現在の友綱親方を理解するための要点です。

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コンテンツディレクター 室井 健太
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