奈緒さんは、清水健さんが読売テレビの報道番組に出演していた時期に、番組のスタイリストとして仕事をしていた女性です。芸能人として活動していた人物ではなく、一般の女性でした。
2人が出会ったのは、清水さんが「かんさい情報ネットten.」のキャスターを務めていたころです。仕事に対する責任感やプレッシャーを抱えていた清水さんを、奈緒さんが仕事仲間として支えていました。
2026年10月25日公開の週刊女性PRIMEのインタビューでも、清水さん自身が奈緒さんとの出会いについて振り返っています。約2年間の交際を経て、2013年5月に結婚。夫婦として過ごした期間は、2015年2月に奈緒さんが亡くなるまでの約1年9か月でした。
奈緒さんのプロフィール
名前
奈緒さん
人物
清水健さんの妻
職業
番組スタイリスト
結婚
2013年5月
長男誕生
2014年10月
逝去
2015年2月11日
享年
29歳
死因
乳がん
奈緒さんの詳しい生い立ちや出身地、個人的な経歴などは広く公表されていません。清水さんの著書やインタビューで伝えられているのは、仕事を通じて出会い、互いを支え合ってきた夫婦の姿です。
【妊娠中に乳がんが判明】長男誕生から112日間の闘病生活

奈緒さんの病気が分かったのは、結婚から約1年後の2014年4月でした。妊娠が分かった直後の時期であり、夫婦にとって新しい家族を迎える準備を進めていたさなかの出来事でした。
乳がんが見つかったきっかけ2024年8月のCHANTO WEBのインタビューで、清水さんは病気が判明した経緯を詳しく語っています。
妊婦健診の際、奈緒さんが胸のしこりについて産婦人科医に相談したところ、念のため検査を勧められました。当時、奈緒さんは28歳。検査の結果、乳がんと診断されました。
加えて、清水さんの証言によれば、診断されたのはトリプルネガティブ乳がんでした。治療方法が限られるタイプで、夫婦は厳しい状況に直面することになります。
清水さんは病状を理解しようと、全国の医師に相談するために奔走したことも明かしています。病院を訪れるたびに検査を受ける奈緒さんの負担を、後になって振り返っていました。
出産を決意した夫婦と長男の誕生病気が判明した後も、夫婦は子どもを迎えることを決意しました。奈緒さんは出産前に皮下乳腺全摘手術を受け、2014年10月、帝王切開によって元気な男の子を出産します。
ところが、出産からわずか1週間後、奈緒さんは腰の痛みを訴えました。検査の結果、肝臓、骨、骨髄への転移が判明。清水さんの2024年の証言によると、医師から余命1か月と告げられたといいます。
その後、奈緒さんは抗がん剤治療を受けながら、母親として長男と過ごしました。39度を超える発熱や、口内炎によって話すことも難しくなるなど、副作用にも苦しんでいたと清水さんは振り返っています。
2015年2月11日、29歳で逝去奈緒さんは2015年2月11日未明、乳がんのため亡くなりました。享年29歳。長男が誕生してから112日後のことでした。
死去の直接的な理由は乳がんです。妊娠中に発見された病気が、出産後に肝臓・骨・骨髄へ転移し、闘病の末に帰らぬ人となりました。
当時の読売テレビの発表を伝えた報道では、清水さんは妻の付き添い看護のため番組出演を休んでいたことを説明し、視聴者への感謝を伝えています。
奈緒さんと清水健の家族3人の歩み2人の結婚から奈緒さんの逝去までを時系列で整理すると、次のようになります。
出典:小学館、読売テレビ関連報道、清水健さん公式プロフィール、2026年の本人連載・インタビューを基に整理。
この112日間は、単に母親と子どもが一緒に過ごした期間を表す数字ではありません。病気と向き合いながら家族3人で過ごした時間を記録した、清水さんの著書のタイトルにもなっています。
【112日間のママとは?】清水健が妻との闘病を記した著書
『112日間のママ』
著者:清水健/出版社:小学館/刊行:2016年
妻・奈緒さんの乳がん闘病、長男の誕生、家族3人で過ごした日々をつづったノンフィクション。
『112日間のママ』は、清水さんが妻を亡くした翌年の2016年に出版した著書です。奈緒さんとの出会いから、妊娠中の乳がん発覚、出産、闘病、別れまでが本人の視点で記録されています。
出版元の小学館は、発売当時、この本について奈緒さんとの闘病の日々や長男の誕生を初めて明かした作品として紹介しました。妻を亡くした後の清水さんの心情も収められています。
なぜ「112日間」というタイトルなのか112日間とは、2014年10月に生まれた長男が、母親である奈緒さんと過ごすことができた日数を指しています。
長男は母親の記憶を持たないほど幼い時期に母親を失いました。それでも、清水さんは妻との思い出を残し、息子に母親の存在を伝えていくことを大切にしてきました。
2026年10月の週刊女性PRIMEの取材では、清水さんが『112日間のママ』について、家族3人が生きた証しとして書いたという意味合いを語っています。同書は15万部を超えるベストセラーとなり、現在も版を重ねています。
2026年に明かした、今だからこその後悔2026年10月25日公開のインタビューで、清水さんは奈緒さんを亡くして11年が経過した心境を語りました。
「悲しい気持ちはなくならないけど、小さくなっています。でも、妻に会いたい思いは昔以上に増しているんです」
出典:週刊女性PRIME、2026年10月25日公開インタビュー。
加えて、当時の夫婦関係を振り返り、奈緒さんが不安や苦しみを口にできるような環境をつくれなかったことを悔やんでいます。自分自身も弱音を吐けず、互いに気持ちを抑え込んでしまったというのです。
この振り返りから伝わるのは、11年が経過しても、悲しみや後悔が完全になくなるわけではないという現実です。清水さんは妻との思い出を語り続けることで、同じように家族の病気や死別を経験した人たちと向き合っています。
【読売テレビ退社理由と清水健基金】アナウンサーからフリーへの転身
清水健さんは、2001年に読売テレビへ入社しました。報道番組だけでなく、バラエティーや情報番組でも活躍し、関西を代表するアナウンサーの一人として知られるようになります。
「かんさい情報ネットten.」のメインキャスターとして活躍清水さんは2009年から夕方の報道番組「かんさい情報ネットten.」を担当し、2011年にはメインキャスターに就任しました。
『どっちの料理ショー』『あさパラ!』『24時間テレビ』などにも携わっており、読売テレビの公式プロフィールに記載された経歴からも、幅広い番組を経験してきたことが分かります。
2017年に退社した本当の理由清水さんが読売テレビを退社すると発表したのは2016年12月26日です。2017年1月27日の放送を最後に「かんさい情報ネットten.」を降板し、同月末に退社しました。
退社の理由は、単純な転職や番組への不満ではありません。妻を亡くした後、長男を育てながら報道番組のメインキャスターを続ける生活に、心身ともに限界を感じていたことが背景にありました。
清水さんは退社を発表した際、妻の三回忌を前に、がん対策を支援する活動に専念したいと説明しています。また、当時の会見では、息子の前で心から笑えていない自分がいたことも語りました。
日刊スポーツが伝えた読売テレビ社長の会見によると、局側は何度も慰留したものの、本人の意思は固かったといいます。
清水健基金を設立した背景2016年、清水さんは一般社団法人清水健基金を設立しました。
日刊スポーツの2017年1月の報道によると、基金は『112日間のママ』の印税収入などをもとに設立され、がんや難病対策に取り組む団体などへの助成を目的としていました。
妻との闘病を経験した清水さんにとって、個人的な悲しみを社会的な支援につなげることは、自分にできる取り組みの一つだったと考えられます。
現在の公式プロフィールでも、がん対策やがん検診率の向上、入院環境の充実、難病対策などへの支援活動が紹介されています。基金の設立経緯と、現在の本人の活動内容は分けて理解する必要があります。
【清水健の現在2026年最新】再婚の有無と長男との暮らし
2026年11月現在、清水健さんはフリーアナウンサーとして活動しています。テレビ局を離れた後も、講演、司会、ラジオ、執筆など、言葉を届ける仕事を続けています。
2026年現在の主な活動清水さんの公式プロフィールには、2024年のラジオ関西『Clip』パーソナリティー、2025年の『清水健のボイスブリッジ』、企業CM出演、大阪経済大学の特命教授就任などが掲載されています。
大阪経済大学の2026年4月1日現在の特命教授紹介にも、清水健さんの名前が掲載されています。
また、本人の公式サイトに掲載された2026年の活動記録には、10月6日の生命保険会社のウェビナー登壇、10月3日の医療・介護職の合同内定式での講演などがあります。
2026年10月の週刊女性PRIMEの取材では、これまでに行った講演が通算800回を超えたことも明かされています。
再婚している?現在の妻はいるのか検索されることの多い疑問が、清水さんの再婚についてです。
2026年11月5日時点で、清水さんが再婚したという公式発表や、再婚相手を公表した信頼できる報道は確認できません。
2026年10月の週刊女性PRIMEのインタビューでも、清水さんは奈緒さんを亡くした後の生活や長男との子育てについて語っています。記事では現在もシングルファーザーとして子育てに取り組んでいると紹介されています。
したがって、現時点では再婚したとする情報を事実として扱う根拠はありません。再婚相手の名前や職業、交際相手の存在などについても、本人から公表された確かな情報はありません。
長男は2026年現在、小学6年生奈緒さんが亡くなったとき、生後112日だった長男は、2026年春から小学6年生になりました。
清水さんは東京新聞の子育て情報サイト「東京すくすく」で、2018年から「清水健さんの子育て日記」を連載しています。仕事と子育てを両立する父親として、息子の成長や日常の出来事を発信してきました。
2026年3月25日の連載では、長男が小学6年生となり、少年野球と中学受験に向き合う1年を迎えたことを報告しています。勉強への取り組みや野球での経験を見守りながら、親としての迷いや葛藤も率直につづっています。
加えて、2026年9月25日公開の連載では、毎年恒例となっている岐阜県・飛騨への親子旅行について紹介しました。息子と温泉に入り、空中アスレチックやジップラインに挑戦するなど、父子で過ごす夏休みの様子が伝わってきます。
長男が慎重に挑戦する姿や、父親より先に進むことをためらう様子など、日常の細かな変化も記されています。
2026年8月には、清水さん自身の公式Instagramで親子旅行の様子が紹介され、長男が小学6年生になったことも報道されました。父子の時間を大切にしている姿が、現在の生活を知る手掛かりとなっています。
シングルファーザーのオンラインサロンは終了清水さんはこれまで、同じように子育てをしているシングルファーザーが交流できるオンラインサロンも主宰していました。
しかし、2026年6月26日付の「東京すくすく」の連載では、オンラインサロンを閉じたことを報告しています。10月の週刊女性PRIMEの取材でも、同年7月にサロンを終了したと説明されています。
この場では、日常の子育てだけでなく、病気で妻を亡くした父親たちが、それぞれの闘病や家族の経験を語り合う機会も生まれていました。5年ほど活動を続けた後、参加者が胸の内を打ち明けられるようになったことを、清水さんは大切な経験として振り返っています。
サロンは終了しましたが、子育ての経験を発信する連載や講演活動は続いています。清水さんの現在を理解するうえでは、仕事の実績だけでなく、父親としての活動も欠かせない要素です。
【清水健アナウンサーの妻に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:清水健アナウンサーの妻の名前は何ですか?
A1:奈緒さんです。読売テレビの番組スタイリストとして働いており、清水健さんとは「かんさい情報ネットten.」を通じて出会いました。
Q2:清水健と妻・奈緒さんはいつ結婚しましたか?
A2:2013年5月です。約2年間の交際を経て結婚し、2014年10月に長男が誕生しました。
Q3:奈緒さんが亡くなった理由は何ですか?
A3:乳がんです。妊娠直後の2014年4月ごろに病気が判明し、出産後には肝臓・骨・骨髄への転移が確認されました。2015年2月11日に29歳で亡くなりました。
Q4:奈緒さんが亡くなったのは長男誕生から何日後ですか?
A4:112日後です。この日数が、清水さんの著書『112日間のママ』のタイトルになっています。
Q5:清水健は再婚していますか?
A5:2026年11月現在、再婚したという公式発表や確かな報道は確認されていません。再婚相手についても公表されていません。
Q6:清水健の息子は現在何歳ですか?
A6:2026年春から小学6年生です。東京新聞の連載では、少年野球や中学受験に取り組む長男との日常が紹介されています。
Q7:清水健は現在もアナウンサーとして活動していますか?
A7:はい。2017年に読売テレビを退社した後はフリーアナウンサーとして活動しています。2026年も講演、司会、メディア出演などを続けています。
Q8:清水健基金とは何ですか?
A8:妻・奈緒さんとの闘病経験を背景に、2016年に設立された一般社団法人です。出版の印税収入などをもとに、がんや難病対策に取り組む団体などへの助成を目的としていました。
清水健アナウンサーの妻・奈緒さんは、2013年5月に結婚した元番組スタイリストです。妊娠直後の2014年4月に乳がんが判明し、同年10月に長男を出産。その112日後の2015年2月11日、29歳で亡くなりました。
清水さんは妻との闘病生活を『112日間のママ』に記し、読売テレビを退社した後は、フリーアナウンサーとしての活動とがん対策への支援を続けてきました。
2026年現在、長男は小学6年生。清水さんは講演活動を800回以上重ね、ラジオや執筆、大学での活動にも取り組んでいます。父子で旅行を楽しむ様子や、子どもの成長を見守る日々も本人の発信から伝わってきます。
再婚については公表された事実がなく、現在の家族構成について憶測を広げるべきではありません。
11年という年月が過ぎても、清水さんにとって奈緒さんは忘れられない存在です。そして、長男とともに歩んできた日々もまた、家族3人の歴史の続きです。『112日間のママ』に記された時間は、今も清水さんの言葉や活動を通じて、多くの人に伝えられています。