七代目尾上菊五郎は、2026年現在も七代目の名跡を保持する現役の歌舞伎俳優です。1942年10月2日に生まれ、本名は寺嶋秀幸。1973年に七代目尾上菊五郎を襲名して以来、江戸歌舞伎を代表する俳優として長年にわたり舞台に立ってきました。
大きな転機となったのは、2025年5月に長男の尾上菊之助が八代目尾上菊五郎を襲名したことです。ただし、七代目が八代目に名跡を譲って引退したわけではありません。七代目はそのままの名で活動を続け、2026年にも歌舞伎座の公演に出演しています。現在の立場や親子二代の関係、襲名の背景、人間国宝としての評価まで、公式プロフィールと公演記録をもとに整理します。
【2026年現在】七代目尾上菊五郎は現役?年齢と最新の舞台出演状況

2026年11月5日現在、七代目尾上菊五郎は84歳です。2025年に長男が八代目を襲名した後も、本人は七代目の名を変えず、歌舞伎俳優としての活動を続けています。
この点は、2025年の襲名発表時に歌舞伎公式情報サイト「歌舞伎美人」が伝えた内容からも確認できます。八代目が誕生した後も、七代目は七代目として舞台を勤めることが明確に示されていました。
2026年の主な舞台出演記録七代目尾上菊五郎の公式公演スケジュールによると、2026年には歌舞伎座での出演が確認できます。
- 2026年5月3日~27日:歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」。『寿曽我対面』で工藤祐経を演じた。
- 2026年10月2日~20日:歌舞伎座「錦秋十月大歌舞伎」。『義経千本桜』「川連法眼館」で源義経を演じた。
- 2026年11月1日~25日:歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」。公式掲載の配役では八代目尾上菊五郎が腰元おかる・女房おかる・遊女おかるを勤めており、七代目の出演は掲載されていない。
特に注目したいのが、2026年10月の『義経千本桜』です。この公演では、八代目が佐藤忠信実は源九郎狐を、七代目が源義経を担当しました。親子が同じ作品に出演し、それぞれの役柄を担ったことは、名跡の継承後も続く音羽屋の舞台を象徴する出来事です。
また、2026年5月の『寿曽我対面』でも七代目と八代目が共演しています。七代目が工藤祐経、八代目が曽我十郎を演じ、長年にわたって培われた芸と次代の芸が同じ舞台に並びました。
11月の公演に七代目の名前が掲載されていないことだけを理由に、引退や活動終了と判断することはできません。実際に同年10月まで出演記録があり、現在の活動は出演する演目や公演ごとに確認する必要があります。
【経歴・年表】1942年の誕生から1973年の襲名、人間国宝まで
七代目尾上菊五郎の芸歴は、幼少期からの歌舞伎修業と、名跡を継ぐまでの段階的な成長によって形づくられています。
伝統歌舞伎保存会と本人の公式プロフィールによると、1942年10月2日に七代目尾上梅幸の長男として東京に生まれ、1948年に初舞台を踏みました。その後、尾上丑之助、尾上菊之助を経て、1973年に七代目尾上菊五郎を襲名しています。
七代目尾上菊五郎のプロフィール- 芸名:七代目尾上菊五郎
- 本名:寺嶋秀幸(てらじま・ひでゆき)
- 生年月日:1942年10月2日
- 出身地:東京都
- 屋号:音羽屋
- 父:七代目尾上梅幸
- 長男:八代目尾上菊五郎
- 主な認定:重要無形文化財保持者(人間国宝)
| 年月 | 出来事 | 詳細・意義 |
|---|---|---|
| 1942年10月 | 誕生 | 東京都に生まれる。本名は寺嶋秀幸。 |
| 1948年4月 | 初舞台 | 新橋演舞場『助六』の禿で五代目尾上丑之助を名乗る。 |
| 1965年4月 | 四代目尾上菊之助を襲名 | 歌舞伎座『対面』の十郎などを勤める。 |
| 1966年 | NHK大河ドラマ主演 | 『源義経』で主演し、歌舞伎以外でも広く人気を集める。 |
| 1973年10・11月 | 七代目尾上菊五郎を襲名 | 歌舞伎座で『助六曲輪菊』『弁天娘女男白浪』『娘道成寺』などを勤める。 |
| 1980年代以降 | 芸域を拡大 | 女方から立役へ比重を移し、両方を演じる幅広い芸風を確立。 |
| 2003年7月 | 人間国宝に認定 | 重要無形文化財「歌舞伎立役」の保持者として個人認定。 |
| 2015年 | 文化功労者 | 長年の芸術文化への功績が評価される。 |
| 2021年 | 文化勲章 | 日本の文化芸術への功績が認められる。 |
| 2025年5月 | 長男が八代目を襲名 | 尾上菊之助から八代目尾上菊五郎へ。七代目は名跡を保持。 |
| 2026年 | 舞台出演を継続 | 歌舞伎座の5月・10月公演で出演が確認できる。 |
特筆すべきは、1965年の四代目尾上菊之助襲名から1973年の七代目尾上菊五郎襲名までの期間です。若手俳優として実力を磨き、22歳で菊之助を襲名した後、31歳で菊五郎という大名跡を継ぎました。
また、1966年のNHK大河ドラマ『源義経』への主演は、歌舞伎ファン以外にも名前を知られるきっかけとなりました。舞台とテレビの双方で存在感を示したことが、幅広い世代から支持を集める土台になっています。
【芸風と代表作】女方・立役の両方を極めた七代目の実力
七代目尾上菊五郎を語るうえで欠かせない特徴が、女方と立役の双方を演じられる芸域の広さです。
歌舞伎には、女性の役を演じる女方と、主に男性の役を演じる立役があります。若い頃の七代目は女方として修業を積みましたが、1980年代に入ると立役にも比重を移していきました。
本人の公式プロフィールでも、世話物から時代物まで幅広い役柄を担当し、立役と女方の代表的な役をともに勤められる俳優として地位を確立したことが紹介されています。
代表的な演目と役柄- 『魚屋宗五郎』の宗五郎:江戸の庶民の感情を描く世話物の代表的な役。七代目の持ち味である人間味と江戸の粋が生きる。
- 『義経千本桜』の佐藤忠信:忠信と源九郎狐を演じ分ける役柄で、歌舞伎の様式美と演技力が問われる。
- 『雪暮夜入谷畦道』の片岡直次郎:江戸の空気や人物の情感を表現する世話物の代表的な役。
- 『京鹿子娘道成寺』:女方としての舞踊の技量を示す重要な演目。
- 『NINAGAWA 十二夜』:蜷川幸雄演出の舞台で、坊太夫(マルヴォーリオ)と捨助(フェステ)の二役を演じた。
特に『NINAGAWA 十二夜』は、古典歌舞伎の表現とシェイクスピア作品を組み合わせた意欲的な舞台でした。2005年の初演を通じて、伝統を守るだけでなく、既存の枠を超えた表現にも挑戦する姿勢を示しました。
また、国立劇場では『噂音菊柳澤騒動』など、長く上演されていなかった演目の復活にも取り組んでいます。これは一人の俳優の人気だけでなく、歌舞伎の演目や技法を次代に残す仕事としても意味があります。
七代目の芸風を理解する際には、単に有名な役を並べるだけでは十分ではありません。女方で培った表現力を立役にも生かし、世話物の写実性と時代物の様式美を両立させてきた点に、長年の評価の理由があります。
【音羽屋の家系図】尾上菊五郎の親子関係と歴代一覧
尾上菊五郎家の屋号は「音羽屋」です。江戸歌舞伎を代表する名門であり、尾上菊五郎という名跡は、初代から現在の八代目まで受け継がれてきました。
ただし、名跡の代数は単純な実の親子の人数を表すものではありません。養子や門弟への継承も含む歌舞伎独自の襲名制度によって続いてきたものです。
尾上菊五郎の歴代一覧- 初代:享保15年(1730年)に尾上菊五郎を名乗った人物。音羽屋の名跡の始まり。
- 二代目:初代の実子。若くして亡くなったため、名跡の継承は短期間だった。
- 三代目:1815年に襲名。鶴屋南北の作品などで活躍し、幅広い役柄を演じた名優。
- 四代目:江戸末期に活躍した菊五郎。1855年に襲名した。
- 五代目:明治時代を代表する俳優。河竹黙阿弥作品で名を高め、市川團十郎らとともに歌舞伎の黄金時代を築いた。
- 六代目:大正・昭和期の名優。初代中村吉右衛門との「菊吉時代」で知られる。
- 七代目:1942年生まれ。1973年襲名。女方・立役を兼ねる幅広い芸で活躍。
- 八代目:1977年生まれ。七代目の長男で、2025年5月に襲名。
初代から三代目にかけては名跡そのものが確立され、五代目・六代目の時代には近代歌舞伎を代表する存在へと発展しました。国立劇場の文化デジタルライブラリーでも、尾上家は江戸歌舞伎の名門として紹介され、代々世話物を得意としてきたことが説明されています。
七代目を中心とした音羽屋の家系図七代目を中心に、現在の音羽屋につながる親子関係を整理すると次のようになります。
- 父:七代目尾上梅幸。七代目尾上菊五郎の父で、昭和戦後期を代表する女方の一人。
- 本人:七代目尾上菊五郎。本名は寺嶋秀幸。
- 妻:女優の富司純子。
- 長女:女優の寺島しのぶ。
- 長男:八代目尾上菊五郎。本名は寺嶋和康。
- 孫:六代目尾上菊之助。本名は寺嶋和史。八代目の長男にあたる。
この系譜で重要なのは、七代目から八代目、そして六代目尾上菊之助へと、親子三代にわたって歌舞伎の名跡が受け継がれていることです。
なお、七代目の父は六代目尾上菊五郎ではなく、七代目尾上梅幸です。六代目尾上菊五郎の芸脈は、養子である七代目梅幸を通じて次の世代に伝わっています。こうした養子縁組や芸の継承も含めて理解すると、音羽屋の歴史がより正確に見えてきます。
【2025年の八代目襲名】なぜ七代目は名跡を譲っても引退しなかったのか
2025年の八代目尾上菊五郎襲名は、歌舞伎界にとって大きな節目でした。七代目の長男である尾上菊之助が八代目を名乗り、同時にその長男である尾上丑之助も六代目尾上菊之助を襲名することになったためです。
歌舞伎公式情報サイト「歌舞伎美人」によると、襲名披露は2025年5月・6月の歌舞伎座公演から始まりました。八代目尾上菊五郎と六代目尾上菊之助という二つの名跡が、親子二代で新たに受け継がれたのです。
襲名を考えるきっかけは何だったのか七代目は襲名に関する公式取材のなかで、52年間名乗ってきた七代目菊五郎のまま歌舞伎人生を全うしたいという意向を示しました。
「七代目菊五郎のまま、歌舞伎人生の幕を閉じたい」
また、八代目への襲名を考えるきっかけとして、約2年前に脊椎を痛めたことを明かしています。菊五郎という名前は常に元気で働いていなければならないという思いがあり、次の世代に名跡を継がせることを考えたと説明しました。
長男に襲名を伝えた際には、率直な言葉で継承を促したことも紹介されています。伝統を守るために名跡を渡す一方、自身は七代目として舞台に立ち続けるという選択でした。
2025年の襲名披露で実現した親子三代の共演2025年5月の歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」では、八代目尾上菊五郎と六代目尾上菊之助の襲名披露が始まりました。
襲名披露狂言の『京鹿子娘二人道成寺』では、八代目と六代目が白拍子花子を勤めました。また、『弁天娘女男白浪』では、新しい菊五郎と菊之助がそれぞれ弁天小僧菊之助を演じる場面が設けられました。
この襲名披露では七代目も出演し、親子三代が同じ舞台に立つ場面が実現しました。七代目は親子三代で舞台に立てる喜びを語り、歌舞伎の名跡が次の世代へ続いていくことへの思いを示しました。
加えて、2025年6月の歌舞伎座「六月大歌舞伎」では『連獅子』も上演され、八代目と六代目が親獅子・仔獅子の精を演じました。親から子へ、さらに孫へと芸が受け継がれていく姿を象徴する演目となりました。
七代目と八代目の違いは何か七代目と八代目は同じ尾上菊五郎という名跡を持ちますが、芸歴や舞台で担う役割は異なります。
- 七代目:1942年生まれ。1973年に襲名し、長年の経験と古典歌舞伎の芸を次世代に伝える立場。
- 八代目:1977年生まれ。1996年に五代目尾上菊之助を襲名し、2025年に八代目へ。古典だけでなく新作歌舞伎にも積極的に取り組む。
八代目は『NINAGAWA 十二夜』『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』『風の谷のナウシカ』『ファイナルファンタジーX』など、古典以外の題材を取り入れた舞台にも挑戦してきました。
一方、七代目は江戸の粋や世話物の表現を大切にしながら、古典の継承や演目の復活にも力を注いできました。
2025年の襲名は、単に父親から息子へ芸名を渡した出来事ではありません。七代目が守ってきた芸を土台に、八代目が新しい菊五郎像をつくっていくという、伝統と革新の両立を目指す継承でもあります。
【人間国宝・重要無形文化財】七代目尾上菊五郎の文化的評価
七代目尾上菊五郎は、2003年7月10日に重要無形文化財「歌舞伎立役」の保持者として個人認定されました。いわゆる人間国宝です。
文化庁の国指定文化財等データベースには、本名の寺嶋秀幸と芸名の尾上菊五郎が記録され、認定年月日も明記されています。
人間国宝とはどのような認定なのか重要無形文化財とは、日本の芸能や工芸技術などのうち、歴史的・芸術的に特に価値の高い無形の文化財を指します。
その技術や芸を高度に体得し、保存・継承に重要な役割を担う人物が保持者として認定されます。一般に「人間国宝」と呼ばれるのは、この重要無形文化財の保持者です。
七代目が認定された「歌舞伎立役」は、歌舞伎において男性の役柄を演じる芸能技術です。主役を演じる男性の役柄として、歌舞伎を成立させるうえで欠かせないものと文化庁は説明しています。
伝統歌舞伎保存会の経歴には、1972年の重要無形文化財保持者(総合認定)と、2003年の個人指定がそれぞれ記録されています。この二つは認定の区分が異なるため、混同しないことが大切です。
主な受賞・栄誉- 1986年:芸術選奨文部大臣賞、日本芸術院賞など。
- 2000年:日本芸術院会員。
- 2003年:重要無形文化財保持者(人間国宝)に個人認定。
- 2009年:毎日芸術賞。
- 2015年:文化功労者。
- 2016年:第67回NHK放送文化賞。
- 2021年:文化勲章。
これらの受賞歴は、七代目が一つの演目や役柄だけで評価されてきたのではなく、長年にわたる舞台活動、後進への継承、歌舞伎そのものへの貢献によって高い評価を受けてきたことを示しています。
特に人間国宝としての評価は、個人の名声にとどまりません。歌舞伎立役の技術や表現を後世へ伝える責任を担う存在として、七代目が歌舞伎界で果たしてきた役割を示すものです。
【七代目尾上菊五郎に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:七代目尾上菊五郎は2026年現在、何歳ですか?
A1:1942年10月2日生まれで、2026年11月5日現在84歳です。東京都出身で、本名は寺嶋秀幸です。
Q2:七代目尾上菊五郎は引退したのですか?
A2:引退したわけではありません。2025年に長男が八代目を襲名した後も、七代目はその名跡を保持しています。2026年5月と10月には歌舞伎座公演への出演が確認できます。
Q3:八代目尾上菊五郎は七代目の息子ですか?
A3:はい。八代目尾上菊五郎は七代目の長男です。本名は寺嶋和康で、1977年8月1日生まれ。1996年に五代目尾上菊之助を襲名し、2025年5月に八代目尾上菊五郎となりました。
Q4:七代目尾上菊五郎は人間国宝ですか?
A4:はい。2003年7月10日、重要無形文化財「歌舞伎立役」の保持者として個人認定されました。文化功労者にも選ばれ、2021年には文化勲章を受章しています。
Q5:七代目尾上菊五郎の2026年の出演舞台は何ですか?
A5:公式公演スケジュールでは、2026年5月の歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」と、10月の「錦秋十月大歌舞伎」への出演が確認できます。10月は『義経千本桜』「川連法眼館」で源義経を演じました。11月の公式掲載公演には七代目の配役は記載されていません。
Q6:七代目尾上菊五郎と八代目尾上菊五郎が同時に存在するのはなぜですか?
A6:七代目が引退や改名をせず、七代目の名跡を保持したまま、長男が八代目を襲名したためです。名跡を継承しながら、七代目自身も舞台を続けるという選択がなされました。
七代目尾上菊五郎は、1942年の誕生から1948年の初舞台、1965年の四代目尾上菊之助襲名、1973年の七代目尾上菊五郎襲名を経て、長年にわたり歌舞伎界の第一線で活躍してきました。
女方と立役を兼ねる芸風、世話物や時代物での表現力、古典演目の継承と復活、さらには人間国宝としての功績は、七代目の大きな足跡です。
2025年には長男が八代目尾上菊五郎を襲名しましたが、七代目は引退せず、2026年にも舞台に出演しています。親子二代で同じ名跡を名乗るという珍しい形は、伝統を次の世代に渡しながら、自らも芸を続けるという七代目の意思を反映したものです。
今後の動向を追う際には、七代目と八代目の名前を混同しないことが大切です。公演情報では「七代目」「八代目」の表記を確認し、演目と配役を照らし合わせると、どちらが出演するのか正確に把握できます。
七代目尾上菊五郎の現在を理解するうえで最も重要なのは、2025年の襲名を引退と捉えないことです。七代目が守る芸、八代目が発展させる芸、そして六代目尾上菊之助へ続く次の世代。この三代の歩みこそ、2026年の音羽屋を読み解く大きな鍵となっています。
主要な根拠資料:尾上菊五郎公式プロフィール・公演スケジュール、伝統歌舞伎保存会、文化庁国指定文化財等データベース、歌舞伎美人、国立劇場文化デジタルライブラリー。