森且行は、SMAPの前身グループから活動していた創設メンバーの一人です。1988年4月、中居正広、木村拓哉、稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾とともに6人組としてSMAPを結成しました。
当時の6人は、それぞれ異なる個性を持っていました。
- 中居正広: グループのリーダー。トークや司会で存在感を発揮。
- 木村拓哉: 俳優としても人気を獲得し、グループを代表する存在に。
- 稲垣吾郎: 俳優としての活動や落ち着いた個性で支持を集める。
- 草彅剛: 俳優、バラエティーなど幅広い分野で活躍。
- 香取慎吾: 最年少メンバー。バラエティーや俳優、アートでも活動。
- 森且行: 歌やダンスで活動し、後にオートレーサーへ転身。
SMAPは1991年9月9日に「Can't Stop!! -LOVING-」でCDデビュー。結成当初の6人時代を経て、1996年5月に森が脱退すると、残る5人でグループ活動を続けました。
つまり、SMAPが5人体制になったのは、森がオートレーサーになるという夢を実現するためにグループを離れたことが直接の理由です。
重要なのは、森の脱退と2016年のSMAP解散は、まったく別の出来事だという点です。1996年の脱退後もSMAPは20年間にわたって5人で活動しました。
【森且行のSMAP脱退理由は?1996年の決断と当時の経緯】
森且行がSMAPを脱退した最大の理由は、幼い頃からの夢だったオートレーサーになるためです。
単に芸能活動に興味を失ったわけでも、グループ内の人間関係が原因で離脱したわけでもありません。
子どもの頃から憧れていたオートレーサー森は2017年、AbemaTVの『72時間ホンネテレビ』で稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾と21年ぶりにメディア共演した際、脱退を決めた当時の心境を明かしています。
オートレーサーへの道が再び現実味を帯びたきっかけは、選手養成所の身長制限が従来の170センチから175センチに緩和されたことでした。
年齢制限の最後の年に、身長条件が変わったことで、以前は難しいと考えていた夢に挑戦できる可能性が生まれたのです。
森は入所試験に向けて猛勉強を開始。SMAPとして活動していた時期に、メンバーにも知らせず試験を受け、合格しました。
しかし、試験に合格したからといって、すぐに気持ちを整理できたわけではありません。
養成所に入る時期が近づくなか、グループを離れることへの葛藤もあったといいます。
2017年の共演で森は、夢を選んだ当時を振り返り、オートレーサーになるという決断について率直に語りました。
メンバーは脱退をどう受け止めたのか当時のメンバーの反応も、2017年の再会番組で明らかになりました。
特に印象的なのが、香取慎吾の証言です。
森を兄のように慕っていた香取は、脱退を聞いた当初、これからグループが頑張ろうとしている時期だっただけに、悲しさや悔しさを感じたと振り返りました。
帰り道に一人で泣いたことも明かしています。
一方、草彅剛は森の夢の大きさを感じたからこそ送り出せたという趣旨の話をし、稲垣吾郎も森の決断を尊重する姿勢を示しました。
森自身も、メンバーに迷惑をかけたという思いを口にしています。
こうした証言から見えてくるのは、単純な対立による脱退ではなく、夢を追う一人のメンバーと、その決断を受け止めた仲間たちの関係です。
SMAP脱退からオートレーサーデビューまでの年表森とSMAPの歩みを整理すると、次のようになります。
この年表で注目したいのは、森が脱退した1996年に『SMAP×SMAP』もスタートしていることです。
SMAPはグループの大きな転換期にありました。6人での活動を終えた一方、5人で新しいグループの形を築いていく時期でもあったのです。
【5人になったSMAPは何を残した?スマスマと代表曲の実績】
森の脱退後、SMAPは人気を失うどころか、テレビ、音楽、ドラマ、映画など、活動の幅を広げていきました。
その象徴が、フジテレビ系列の『SMAP×SMAP』です。
『SMAP×SMAP』は20年以上続いた看板番組『SMAP×SMAP』は、1996年4月15日に放送を開始したSMAPの冠バラエティー番組です。
料理をテーマにした「BISTRO SMAP」、メンバーによるコント、アーティストとの音楽共演など、幅広い企画で人気を獲得しました。
番組には国内外の著名人も多数出演。料理コーナーではスポーツ選手や俳優、海外のスターなどがゲストとして登場しました。
特筆すべき数字は、2002年1月14日に記録した最高視聴率34.2%です。ビデオリサーチ調べの関東地区の数字として報じられています。
放送は2016年12月26日の最終回まで続き、20年以上にわたる長寿番組となりました。
森の脱退後に始まった番組ではありますが、5人のSMAPが国民的グループとして認知されていく過程を象徴する存在でした。
「世界に一つだけの花」は300万枚を突破SMAPの代表曲として欠かせないのが、2003年3月発売の「世界に一つだけの花」です。
この楽曲は、草彅剛が主演したドラマ『僕の生きる道』の主題歌としても知られています。
発売後も長く支持され、2016年にはSMAPの解散報道を受けて、ファンによるCD購入運動が広がりました。
オリコンの集計では、2016年12月に累積売上300万枚を突破。最終的には302万枚を超える売上が報じられています。
日本レコード協会も2016年8月度に出荷300万枚を示す3ミリオン認定を発表しました。
この記録は、発売直後だけでなく、長期間にわたって楽曲が支持されたことを示しています。
「らいおんハート」もミリオンヒット2000年8月に発売された「らいおんハート」も、SMAPの代表的なヒット曲です。
同曲は草彅剛主演の日本テレビ系ドラマ『フードファイト』の主題歌として使用されました。
年間売上は約128万枚とされ、ミリオンヒットを記録。愛情や大切な人を守る気持ちを歌った楽曲として、長く親しまれています。
「世界に一つだけの花」とともに、5人体制のSMAPを代表する楽曲の一つです。
NHK紅白歌合戦では23回出場、大トリは6回SMAPの音楽活動を語るうえで、NHK紅白歌合戦での実績も外せません。
- 初出場:1991年
- 通算出場:23回
- 大トリ:6回
- 最終出場:2015年
2003年には「世界に一つだけの花」で初めて大トリを担当。その後も2005年、2010年から2013年まで大トリを務めました。
2016年は解散を控えた年でしたが、紅白への出場は辞退しています。
こうした実績からも、5人体制になったSMAPが、単に以前の6人時代を維持するだけでなく、新たな代表曲や番組を生み出していったことがわかります。
【森くんとSMAPは再会した?手紙・21年ぶりの共演】
森且行とSMAPの関係を語るうえで、多くの人の記憶に残っているのが2014年と2017年の出来事です。
脱退後も互いの存在が完全に過去のものになったわけではありませんでした。
2014年:27時間テレビで森から5人へ直筆の手紙2014年7月、フジテレビ系『武器はテレビ。SMAP×FNS 27時間テレビ』で、森からSMAPの5人に向けた直筆メッセージが紹介されました。
森はSMAPを辞めてから18年が経過したことに触れ、当時の脱退を受け入れて温かく送り出してくれたメンバーへの感謝を伝えました。
手紙の最後には「SMAP最高」という言葉も添えられていました。
このメッセージを聞いた中居正広は涙を流し、メンバーにとっても忘れられない場面となりました。
注目すべきなのは、森が脱退を後悔するという内容ではなく、夢を追う決断を受け入れてくれた仲間への感謝を伝えていたことです。
2017年:稲垣・草彅・香取と21年ぶりのメディア共演2017年11月4日、AbemaTVの『72時間ホンネテレビ』に森が出演しました。
再会したのは、稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾の3人です。
3人は森が出場する第49回SG日本選手権オートレースの準決勝を観戦するため、浜松オートレース場を訪れました。
森はレースで8着となりましたが、レース後には4人が抱き合い、21年ぶりのメディア共演を果たしました。
この場面では、森が3人に自身の仕事場を案内し、レースや整備について紹介する様子も放送されました。
加えて、脱退当時の葛藤についても話し合い、長年聞けなかった本音を互いに伝え合いました。
森とメンバーの再会は、単なる懐かしい顔合わせではなく、別々の道を歩んできた仲間が再び向き合う機会になったのです。
2020年:森のSG初優勝を3人が祝福2020年11月3日、森は川口オートレース場で開催されたSG第52回日本選手権オートレースで初優勝しました。
オートレース界の最高峰とされるSGタイトルを手にした大きな節目です。
この優勝に対して、稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾の3人は連名で祝福のコメントを発表しました。
コメントでは、2017年の再会で初めて森がレースをする姿を見たこと、その姿から力をもらったことなどに触れています。
ここで注意したいのは、2020年にSMAPの5人が再結成したわけではないという点です。3人からの祝福コメントが公表されたのであり、5人でのグループ活動再開とは異なります。
【森且行の現在は?2026年のオートレーサーとしての活動】
2026年現在、森且行は現役のオートレーサーとして活動しています。
SMAPを脱退してから約30年。芸能界とは異なる勝負の世界でキャリアを積み重ねてきました。
1997年にデビュー、2020年に念願のSG初優勝森は1997年7月にオートレーサーとしてデビューしました。
トップアイドルから公営競技の選手への転身は、当時大きな話題になりました。
その後、新人王やGⅡ、GⅠなどのタイトルを獲得し、実力を高めていきます。
そして2020年11月3日、ついにSG日本選手権を制覇しました。
この優勝は、森にとって長年追い続けてきた日本一という目標を達成した瞬間でもありました。
2021年の大事故と2023年の復帰大きな転機となったのが、2021年1月24日のレース中の落車事故です。
森は骨盤や腰椎などに大けがを負い、複数回の手術と長期間のリハビリを余儀なくされました。
事故後は両足にまひが残っていることも報道され、選手として再びレースに戻れるのかが注目されました。
しかし、森は競技への復帰を目指してリハビリを継続。
そして2023年4月6日、川口オートレース場で復帰戦に臨み、1着でゴールしました。
約2年3か月ぶりの実戦復帰を勝利で飾ったことは、大きなニュースとなりました。
2026年8月、復帰後初優勝を達成2026年の森にとって、特に大きなニュースとなったのが8月3日の川口ナイトレースです。
森は優勝戦で2位入線となりましたが、1位で入線した選手が反則失格となったため、繰り上がりで優勝しました。
この優勝は、2020年11月3日のSG日本選手権以来、5年9か月ぶりの優勝であり、通算33回目でした。
復帰後は何度も優勝戦に進みながらも、あと一歩でタイトルに届かない時期が続いていました。
川口オートレースの公式優勝者インタビューでは、森自身が復帰後の優勝を報告し、応援してくれたファンへの感謝を伝えています。
なお、今回の優勝は繰り上がりによるものです。森自身もトップでゴールしたかったという思いを持っていましたが、競技復帰後の長い挑戦を経て獲得した大切な勝利でした。
2026年11月現在も現役選手として登録2026年10月時点のオートレース選手情報では、森は川口所属の25期生で、現行ランクはS-35と掲載されています。
また、2026年11月にも川口での開催を含む出場予定が掲載されており、競技活動を継続していることが確認できます。
かつてSMAPのメンバーとして活躍した人物が、50代になった現在も第一線の競技に挑み続けていることは、森のキャリアを理解するうえで見逃せないポイントです。
【SMAP森くんに関する誤解を検証!脱退・再会・再結成の真相】
森且行とSMAPについては、長い年月が経過したこともあり、いくつかの情報が混同されやすくなっています。
ここでは、特に間違えやすいポイントを整理します。
誤解1:森くんはSMAPと不仲になって脱退した?森の脱退理由として確認できるのは、オートレーサーになるという夢を実現するための決断です。
2017年の共演では、森自身が当時の葛藤を語り、香取、稲垣、草彅もそれぞれの思いを明かしました。
当初は悲しみや戸惑いがあったものの、メンバーは森の夢を理解し、送り出しています。
その後の手紙や再会、優勝時の祝福コメントも、両者の関係が続いていたことを示しています。
誤解2:SMAPは1996年に解散した?これは間違いです。
1996年5月に起きたのは、森且行の脱退です。
SMAPそのものは解散しておらず、中居、木村、稲垣、草彅、香取の5人で活動を継続しました。
本当の解散日は2016年12月31日です。
所属事務所は2016年8月14日に年内解散を発表し、同年12月31日をもってグループ活動を終了しました。
誤解3:森くんとSMAPの再会は2020年?再会の時期についても混同があります。
主な出来事を整理すると、次のようになります。
- 2014年:森からSMAPの5人へ直筆手紙が届けられる。
- 2016年大みそか:解散当日に森と5人が会食したことが後に報じられる。
- 2017年11月:稲垣、草彅、香取と21年ぶりにメディア共演。
- 2020年11月:森のSG初優勝に対し、稲垣、草彅、香取が祝福コメントを発表。
したがって、広く知られる21年ぶりのメディア共演は2017年です。2020年は優勝への祝福が話題になった年であり、同じ出来事ではありません。
【プロの結論】森且行の脱退はSMAPの歴史を理解する重要な転換点森且行のSMAP脱退を考える際に大切なのは、グループの歴史と個人のキャリアを分けて理解することです。
SMAPは1988年に6人で結成され、1996年に5人となり、その後20年間にわたって音楽やテレビで大きな実績を残しました。
一方、森は芸能界での地位を手放してオートレーサーに転身し、2020年にSGを制覇。大事故からの復帰を経て、2026年にも優勝を果たしています。
この2つの歩みは、どちらかがもう一方を否定するものではありません。
森の脱退は、SMAPが5人で歩み始める契機であると同時に、森自身が別の夢を実現するための出発点でもありました。
SMAPの6人時代を調べるなら、1996年の脱退理由だけでなく、2014年の手紙、2017年の再会、2020年の優勝祝福まで追うと、両者の関係をより正確に理解できます。
【SMAP森くんに関するよくある質問(FAQ)】
Q1:SMAPの森くんとは誰ですか?
森くんとは、SMAPの結成メンバーだった森且行の愛称です。1988年に6人でSMAPを結成し、1996年5月に脱退。現在はオートレーサーとして活動しています。
Q2:森且行がSMAPを脱退した理由は何ですか?
子どもの頃からの夢だったオートレーサーになるためです。養成所の入所試験に合格し、1996年5月にSMAPを脱退しました。
Q3:SMAPが5人体制になったのはいつからですか?
1996年5月、森且行が脱退してからです。中居正広、木村拓哉、稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾の5人で活動を続けました。
Q4:森且行とSMAPのメンバーは再会しましたか?
再会しています。2014年には森から5人へ直筆の手紙が届けられ、2017年11月には稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾と21年ぶりにメディア共演しました。
Q5:森且行は2026年現在、何をしていますか?
現役のオートレーサーです。2020年にSG日本選手権で初優勝し、2021年の大けがから2023年に復帰。2026年8月には復帰後初優勝を達成しました。
Q6:SMAPはいつ解散しましたか?
2016年12月31日です。1996年の森の脱退後も5人で活動を続け、約28年間のグループの歴史に幕を下ろしました。
Q7:森且行とSMAPが再結成する予定はありますか?
森を含む6人での再結成について、2026年11月現在、実現を告知する公式発表は確認できません。過去の再会や交流と、グループとしての再結成は区別して考える必要があります。
SMAP森くんこと森且行は、1988年に6人で結成されたSMAPの創設メンバーです。1996年5月、子どもの頃からの夢だったオートレーサーへの転身を選び、グループを脱退しました。
その後、SMAPは5人体制で活動を続け、『SMAP×SMAP』や「らいおんハート」「世界に一つだけの花」など、数々の実績を残しました。そして2016年12月31日に解散しています。
森は2017年に稲垣、草彅、香取と21年ぶりのメディア共演を果たし、2020年にはSG日本選手権で初優勝。2026年8月には大けがからの復帰後初優勝も達成しました。
SMAPの6人時代を知ることは、森且行の人生と、5人で歩んだSMAPの歴史の両方を理解することにつながります。別々の道を選んだ仲間たちが、それぞれの場所で実績を積み重ねてきたことこそ、森くんとSMAPの関係を振り返るうえで印象的な事実です。