衆議院議員総選挙の投票所で、候補者の名前を書く投票用紙とは別に、最高裁判所の裁判官の名前が並んだ用紙を渡され、「この裁判官は誰?」「何を基準に判断すればいいの?」と戸惑った経験はないだろうか。これは「最高裁判所裁判官国民審査」という制度で、国民が最高裁判所の裁判官を罷免すべきかどうか意思表示する重要な機会だ。
2026年11月現在、直近の第27回国民審査は、2026年2月8日の第51回衆議院議員総選挙と同日に実施されている。対象となったのは高須順一判事と沖野眞已判事の2人で、いずれも罷免されなかった。投票用紙に「×」を付ける意味、何も書かない場合の扱い、裁判官の経歴や過去の判例を確認する方法まで、初めての人にもわかるように解説する。
【まず理解】最高裁判所裁判官国民審査とは?選挙で裁判官を審査する理由
最高裁判所裁判官国民審査とは、最高裁判所の裁判官がその職責にふさわしい人物かどうかを、国民が直接審査する制度である。根拠となるのは日本国憲法第79条だ。
最高裁判所の裁判官は、原則として内閣によって任命される。その任命を国民が事後的にチェックできるよう、国民審査という仕組みが設けられている。
つまり、国民審査は裁判官を選ぶための選挙ではない。すでに任命されている裁判官について、職務を続けさせることが適切か、それとも辞めさせるべきかを判断する、いわば国民による解職制度である。
国民審査はいつ行われる?国民審査は、最高裁判所の裁判官が任命された後、初めて行われる衆議院議員総選挙の際に実施される。その後は、最初の審査から10年を経過した後、初めて行われる衆議院議員総選挙で再び審査を受ける。
ここで注意したいのは、最高裁判所に所属する裁判官全員が毎回審査対象になるわけではないという点だ。
対象になるのは、基本的に次のいずれかに該当する裁判官である。
- 最高裁判所に任命されてから、まだ一度も国民審査を受けていない裁判官
- 前回の国民審査から10年が経過し、再審査の対象となった裁判官
そのため、投票用紙に名前が印刷されている裁判官は、最高裁判所の全員ではなく、その選挙で審査を受ける必要がある人に限られる。
衆議院議員総選挙と国民審査は別の投票衆議院議員総選挙と国民審査は同じ日に行われるが、目的はまったく異なる。
衆議院選挙では、国会で活動する議員を選ぶ。一方、国民審査では、最高裁判所の裁判官を罷免する必要があるかどうかを判断する。
投票所も基本的に同じ場所だが、投票用紙は別々に用意されている。政党や候補者への支持と、裁判官に対する評価を混同しないことが大切だ。
【投票方法を完全解説】裁判官に×を付ける理由と白票・無記入の違い
国民審査で最も迷いやすいのが、投票用紙への記入方法だ。
通常の選挙では候補者名や政党名を書くが、国民審査では裁判官の名前が最初から印刷されている。投票者は、その名前の上にある記載欄に「×」を付けるか、何も書かないかを選択する。
「×」を付ける意味は罷免への賛成裁判官を辞めさせるべきだと判断した場合、その裁判官の名前の上にある欄に「×」を記入する。
この「×」は、裁判官の罷免を求める意思表示だ。単にその人物を支持しないという意味ではなく、最高裁判所の裁判官として職務を続けることに反対するという、明確な意思表示になる。
一方、罷免する必要はないと考える場合は、何も書かずに投票すればよい。
何も書かない場合は白票?実際の扱いここは特に間違えやすいポイントである。
国民審査では、裁判官の名前に何も記入しない投票は、法律上「罷免を可としない票」として扱われる。一般に白票と呼ばれることもあるが、通常の意味での棄権票とは異なる。
つまり、すべての裁判官の欄を空欄にして投票箱に入れた場合、対象となった全員について罷免を求めない意思表示をしたことになる。
「誰も知らないから何も書かない」という行動も、制度上は裁判官の罷免を求めない側の票として集計される。この点は、投票前に理解しておきたい。
投票したくない場合は、投票用紙を受け取らないか、受け取った後に投票箱へ入れず、係員に返却する方法がある。投票用紙を持ち帰ることは認められていない。
国民審査の投票方法を整理- ×を記入する:その裁判官の罷免を求める。
- 何も記入しない:その裁判官の罷免を求めない票として扱われる。
- 複数人のうち一人だけに×を付ける:可能。ほかの裁判官の欄は空欄で投票できる。
- ○や文字などを記入する:×以外の記号や文字を書き加えると無効になる場合があるため、指定された方法に従う。
- 投票自体をしたくない:投票用紙を受け取らないか、受け取った場合は係員に返却する。
特に覚えておきたいのは、白紙で投票することと、投票を棄権することは同じではないという点だ。
【2026年最新情報】第27回国民審査の対象裁判官と投票結果
2026年2月8日には、第51回衆議院議員総選挙と第27回最高裁判所裁判官国民審査が実施された。
今回の審査対象となったのは、2024年10月27日の前回国民審査後に最高裁判所判事へ任命された2人である。
- 高須順一(たかす・じゅんいち)判事:2025年3月27日任命
- 沖野眞已(おきの・まさみ)判事:2025年7月24日任命
いずれも2026年2月8日の審査で罷免されなかった。中央選挙管理会は2月13日付の官報告示で、その結果を公表している。
2026年の国民審査結果総務省の第27回国民審査結果調によると、裁判官別の投票結果は次のとおりだった。
- 高須順一判事:罷免を可とする票7,664,301票、罷免を可としない票46,489,132票。罷免可率14.15%。
- 沖野眞已判事:罷免を可とする票7,436,291票、罷免を可としない票46,717,272票。罷免可率13.73%。
国民審査全体の投票率は53.74%。投票者数は55,461,023人だった。前回の第26回国民審査の投票率53.64%と比較すると、わずかに上昇している。
なお、罷免可率とは、罷免を求める有効票が、罷免を求めない有効票と合わせた票数のうち占める割合である。裁判官の支持率や、投票者がどのような理由で×を付けたかを示す数字ではない。
2026年の結果から読み取れるのは、2人とも罷免に必要な票数には達しなかったという事実だ。
【裁判官の見分け方】高須順一・沖野眞已の経歴と過去の判例
裁判官の名前だけを見ても、その人物がどのような考え方を持ち、どのような仕事をしてきたのかはわからない。判断材料を集めるには、経歴と過去の裁判への関与を確認することが有効だ。
2026年の審査対象となった2人は、異なる専門的背景を持っている。最高裁判所の公式プロフィールと主要裁判一覧を基に、それぞれの経歴を整理する。
2026年の審査対象裁判官・経歴と関与した裁判| 項目 | 高須順一判事 | 沖野眞已判事 |
|---|---|---|
| 任命日 | 2025年3月27日 | 2025年7月24日 |
| 出身大学 | 法政大学法学部 | 東京大学法学部 |
| 主な経歴 | 弁護士、法政大学大学院法務研究科教授、日弁連司法制度調査会委員長など | 学習院大学、一橋大学、東京大学の教授、東京大学大学院法学政治学研究科長など |
| 主な専門的背景 | 弁護士実務、民事司法、民事裁判手続のIT化など | 法学研究、大学教育、民事法分野など |
| 審査前の主な関与裁判 | 2025年9月26日の衆議院小選挙区の選挙区割りの合憲性をめぐる選挙無効請求事件 | 2025年12月23日の液化石油ガス契約における消費設備費用等の条項をめぐる残存費用等請求事件 |
| 審査結果 | 罷免されず | 罷免されず |
高須順一判事は、法政大学法学部を卒業し、1988年に弁護士登録をした人物だ。
その後、法政大学大学院法務研究科教授、東京弁護士会法制委員会委員長、日本弁護士連合会司法制度調査会委員長などを歴任。京都大学大学院法学研究科の博士課程も修了し、2025年3月27日に最高裁判所判事へ任命された。
注目できる経歴の一つが、民事裁判手続のIT化に関する取り組みだ。弁護士実務と法学教育の両方に携わってきた点は、経歴を理解するうえでの判断材料になる。
最高裁判所の公式記録には、2025年9月26日の選挙無効請求事件への関与も掲載されている。この事件では、衆議院小選挙区の選挙区割りを定める公職選挙法の規定が憲法に適合するかが争われ、請求は棄却された。
ただし、この判決は小法廷の裁判官による合議で出されたものだ。判決の結論だけを見て、高須判事個人の政治的な立場を決めつけることはできない。
沖野眞已判事は大学教授として法学研究に携わってきた沖野眞已判事は、東京大学法学部を卒業後、同大学の助手を経て、筑波大学、学習院大学、一橋大学、東京大学で教育・研究に携わってきた法学者だ。
アメリカのヴァージニア大学ロースクールでLL.M.を取得した経歴もある。2025年には東京大学大学院法学政治学研究科長と法学部長を務め、同年7月24日に最高裁判所判事へ任命された。
最高裁判所の公式記録には、2025年12月23日の残存費用等請求事件への関与が掲載されている。
この事件では、液化石油ガスの供給契約を終了する消費者に対して、配管などの設置費用を支払わせる契約条項が、消費者契約法に照らして無効となるかが争われた。最高裁第三小法廷は、該当する条項が同法により無効となると判断し、破棄自判した。
この裁判は、消費者と事業者の契約関係における法的な保護を考えるうえで参考になる事例だ。
判例を読むときは裁判官個人の意見にも注目最高裁判所の判決は、複数の裁判官による合議で決まる。多数意見のほかに、裁判官が個別の意見や反対意見を示すこともある。
そのため、裁判の結論だけでなく、どの裁判官がどのような意見を示したかを確認することが大切だ。
最高裁判所の公式サイトでは、裁判官ごとのプロフィールと、関与した主要な裁判の事件名、判示事項、結果、意見などを確認できる。判決本文まで読めば、要約だけでは見えない判断の根拠も把握しやすくなる。
【判断基準を整理】国民審査で裁判官に×を付ける理由は何か
国民審査で最も難しいのは、投票方法よりも「どのような理由があれば×を付けるべきなのか」という判断そのものだ。
法律には、特定の判決を出した裁判官を罷免すべきだという一律の基準は設けられていない。投票者それぞれが、裁判官としての適格性を考えて判断する制度である。
ただし、判断材料を整理する際には、次のような観点が役立つ。
1. 判決の内容と法的な理由付け裁判官の判断を見るときは、最終的な結論だけでなく、その結論に至った理由を確認したい。
憲法上の権利、個人の自由、平等、行政権の範囲など、社会への影響が大きい問題について、どのような法律解釈を示したのかが重要な手掛かりになる。
自分の意見と結論が異なるという理由だけで評価するのではなく、法的な根拠や論理が適切かどうかを考えることが大切だ。
2. 少数意見・反対意見をどう示しているか最高裁判所では、全員一致で判断する事件もあれば、裁判官の間で意見が分かれる事件もある。
多数意見に賛成したかどうかだけでなく、反対意見や補足意見の内容にも目を向けたい。少数意見には、多数意見とは異なる憲法解釈や法律上の問題点が示されていることがある。
どのような考え方で法的な問題を整理しているのかを知るための重要な資料になる。
3. 経歴と専門性、裁判官としての姿勢裁判官になる前にどのような職務に携わってきたのかも判断材料の一つだ。
弁護士、検察官、裁判官、法学研究者など、経歴は人によって異なる。実務経験や研究分野を知ることで、どのような専門性を持っているのかを理解しやすくなる。
また、裁判官としての心構えや司法に対する考え方も、各裁判官の公式プロフィールや審査公報で確認できる。
4. 判断の独立性と公平性裁判官には、政治的な圧力や世論の人気に左右されず、法律と証拠に基づいて判断することが求められる。
そのため、特定の政党や政治家への賛否を、そのまま裁判官への評価に置き換えるのは適切ではない。
法律に基づく独立した判断を行っているか、当事者の主張を公平に扱っているかという観点から検討することが望ましい。
すべての判例を理解する必要はない。公式プロフィールと審査公報を読み、気になる判決を一つ確認するだけでも、名前だけで投票する状態から一歩進める。
【過去の結果と罷免条件】国民審査で裁判官が辞めさせられる可能性は?
国民審査の結果を理解するには、罷免が成立する条件と、これまでの歴史を知っておきたい。
罷免される条件は×の票が反対票を上回ること最高裁判所裁判官国民審査法第32条では、罷免を可とする投票の数が、罷免を可としない投票の数より多い場合、その裁判官は罷免されると定めている。
ただし、もう一つ条件がある。投票総数が、法律で定められた選挙人名簿登録者総数の100分の1に達しない場合は、罷免されない。
つまり、単に一定数の人が×を付けただけでは罷免は成立しない。罷免を求める票が、罷免を求めない票を上回る必要がある。
罷免が成立した場合、法定の手続きと訴訟期間などを経て罷免の効力が生じる。また、国民審査によって罷免された裁判官は、罷免の日から5年間、裁判官に任命されることができない。
1949年の制度開始から罷免された裁判官はいない国民審査は1949年に第1回が実施され、2026年2月の審査で通算27回となった。
これまでの歴史を振り返ると、国民審査によって実際に罷免された最高裁判所裁判官は一人もいない。
過去に罷免を可とする票の割合が最も高かった例として知られているのが、1972年の下田武三判事である。罷免可率は15.17%だった。
2026年の高須順一判事の14.15%、沖野眞已判事の13.73%も、比較的高い数字ではあるものの、過半数には届いていない。
罷免されないからといって制度に意味がないわけではない国民審査で罷免された裁判官がいないことから、「投票しても意味がない」と考える人もいるかもしれない。
しかし、この制度の意義は実際に罷免者を出すことだけではない。最高裁判所の裁判官が国民から評価を受ける機会を設け、司法のあり方について考えるきっかけをつくることにもある。
また、審査結果は裁判官ごとに公表される。罷免を求める票がどれほど集まったかは、国民が司法に対してどのような意思を示したかを把握する一つの材料になる。
ただし、罷免可率だけから個別の判決への賛否や、裁判官の能力を断定することはできない。投票結果と、その理由は区別して考える必要がある。
【選挙で裁判官がわからない人向け】よくある質問(FAQ)
Q1:選挙で裁判官がわからない場合、全員に×を付けないといけませんか?
A1:いいえ。全員に×を付ける必要はない。罷免すべきだと判断した裁判官にだけ×を記入すればよい。何も記入しなかった裁判官については、罷免を求めない票として扱われる。
Q2:国民審査で白票を出すと無効になりますか?
A2:いいえ。裁判官の欄に何も書かずに投票した場合は、罷免を可としない票として有効に扱われる。投票そのものを棄権したい場合は、投票用紙を受け取らないか、係員に返却する必要がある。
Q3:裁判官に×を付ける理由は、過去の判決への不満だけでもよいですか?
A3:法律上、×を付ける理由について一律の条件は設けられていない。ただし、一つの判決への賛否だけでなく、法律解釈、憲法判断、少数意見、経歴、裁判官としての公平性などを総合的に考えることが判断材料になる。
Q4:2026年の国民審査では誰が対象になりましたか?
A4:高須順一判事と沖野眞已判事の2人が対象になった。2026年2月8日に実施され、両判事とも罷免されなかった。
Q5:最高裁判所の裁判官の経歴や判例はどこで調べられますか?
A5:最高裁判所の公式サイトで裁判官ごとのプロフィールや主要裁判を確認できる。また、各都道府県の選挙管理委員会が発行する国民審査公報にも、審査対象者の経歴や裁判官としての心構えなどが掲載される。
最高裁判所裁判官国民審査は、衆議院議員総選挙と同時に実施される、国民が司法に意思表示できる制度だ。
投票方法は難しくない。辞めさせたい裁判官に「×」を記入し、罷免を求めない場合は何も書かずに投票する。何も書かない投票は棄権ではなく、罷免を求めない意思表示として扱われる。
2026年2月8日の第27回国民審査では、高須順一判事と沖野眞已判事の2人が対象となり、いずれも罷免されなかった。1949年の制度開始以来、罷免された裁判官はいないものの、国民が最高裁判所の判断や裁判官の適格性を考える機会として、国民審査は現在も続いている。
裁判官の名前がわからなくても、最高裁判所の公式プロフィールや審査公報、過去の判例を確認すれば、判断材料を集められる。すべての法律問題に精通する必要はない。経歴や判断の理由を一つずつ確認し、自分なりの基準で考えることが、国民審査に向き合う第一歩になる。
主な事実確認資料
- 日本国憲法第79条・最高裁判所裁判官国民審査法・投票方法。
- 最高裁判所公式プロフィール・高須判事と沖野判事の主要裁判一覧。
- 2026年第27回国民審査の官報告示・全国投票結果・過去の罷免実績。