平野兄弟は、長男・英樹、次男・歩夢、三男・海祝の3人兄弟です。全員がスケートボードやスノーボードに親しんで育ち、競技者として活動してきました。
北京2022では歩夢と海祝がそろって日本代表に選ばれましたが、長男の英樹も幼少期から競技に取り組み、弟たちが世界を目指すきっかけをつくった存在です。2026年4月15日には、3兄弟そろって東京都内のトークイベントに登場しています。
平野家の家族構成| 人物 | 家族内の関係 | 主な経歴・役割 |
|---|---|---|
| 平野英功(ひでのり) | 父親 | サーファー。息子たちの競技環境づくりを支えた |
| 平野富美子 | 母親 | 3兄弟の母親 |
| 平野英樹 | 長男 | プロスノーボーダー。弟たちの競技の先駆け |
| 平野歩夢 | 次男 | 北京五輪男子ハーフパイプ金メダリスト |
| 平野海祝 | 三男 | 北京五輪男子ハーフパイプ9位 |
新潟県が公開した北京五輪後の知事表敬訪問記録にも、父親の英功さんと母親の富美子さんの名前が記載されています。家族構成は両親と3人の息子という5人家族です。
平野英樹と平野英功は別人!名前の混同に注意検索時に注意したいのが、長男の「平野英樹」と父親の「平野英功」という名前の違いです。
- 平野英樹: 歩夢と海祝の兄にあたる長男。
- 平野英功: 3兄弟の父親。読みは「ひでのり」。
英樹さんは幼少期からスノーボードに取り組み、12歳でプロスノーボーダーになった経歴を持ちます。歩夢が競技を始めた背景にも、先に滑っていた兄の存在がありました。
平野歩夢と平野海祝の年齢差は約4歳歩夢と海祝の生年月日を比較すると、次のとおりです。
- 平野歩夢:1998年11月29日生まれ
- 平野海祝:2002年10月14日生まれ
2人の年齢差は、正確には3歳10か月15日です。
2026年11月5日時点では、歩夢が27歳、海祝が24歳。北京五輪当時は歩夢が23歳、海祝が19歳でした。
年齢は約4歳離れていますが、兄弟で同じ競技に挑戦し、国際大会で日本代表として並び立った経験を持っています。
【競技歴を解説】長男・英樹から始まった平野3兄弟の挑戦

平野家の競技歴を語るうえで欠かせないのが、兄弟の中で最初にスノーボードに取り組んだ英樹の存在です。
長男・平野英樹が競技の道を切り開く長男の英樹は、幼い頃から父親の影響を受けてサーフィンや横乗り系スポーツに親しんでいました。
その後、スケートボードやスノーボードに取り組み、ジュニア選手として早くから頭角を現します。
2007年当時、英樹は12歳でジュニア選手として注目されていました。日本テレビの特集でも、当時12歳でプロスノーボーダーになった経歴が紹介されています。
歩夢は兄の背中を追うようにして競技を始め、海祝も兄たちの影響を受けて成長しました。
次男・平野歩夢は4歳から世界の舞台へ歩夢は4歳でスケートボードとスノーボードを始めました。
小学校4年生でメーカーとのプロ契約を結び、早くからハーフパイプの有望選手として注目されます。
主な競技歴は以下のとおりです。
- 2014年:ソチ五輪男子ハーフパイプで銀メダル。
- 2016年:Winter X Games優勝。
- 2018年:平昌五輪で2大会連続の銀メダル。
- 2018年:Winter X Games、BURTON US OPEN優勝。
- 2019年:日本スケートボード選手権優勝。
- 2021年:東京五輪スケートボード男子パークに出場。
- 2022年:北京五輪男子ハーフパイプで金メダル。
- 2026年:ミラノ・コルティナ五輪男子ハーフパイプ7位。
ソチ五輪では15歳74日でメダルを獲得し、冬季五輪における日本人最年少メダリストとなりました。
夏のスケートボードと冬のスノーボードという異なる競技でオリンピックに出場したことも、歩夢の大きな特徴です。
三男・平野海祝もジュニア時代から実績を重ねる海祝がスノーボードに本格的に取り組み始めたのは12歳ごろです。
2014年ソチ五輪で兄の歩夢が銀メダルを獲得したことが、競技に向き合う大きな刺激になりました。
その後の主な実績は次のとおりです。
- 2017年:JOCジュニアオリンピックカップ優勝。
- 2018年:世界ジュニア選手権3位。
- 2020年:冬季ユースオリンピック銀メダル。
- 2021年:全日本ジュニア優勝。
- 2021年:全日本選手権3位。
- 2022年:北京五輪男子ハーフパイプ9位。
北京五輪直前にはX Games Aspenでも銅メダルを獲得。兄の歩夢と国際大会で同時に表彰台に立った経験もあります。
兄の実績を追いかけるだけではなく、自分自身のスタイルを磨きながら世界の舞台に進出した選手です。
【新潟県村上市が原点】平野兄弟を育てた父親と練習環境
平野兄弟が育ったのは、新潟県村上市です。
日本海に面したこの地域は、父親の英功さんがサーフィンに親しんでいた土地でもあります。
父親は自身の経験をもとに、息子たちが一年を通じてスポーツに取り組める環境づくりを進めました。
父・英功さんが整えたスケートボード環境日本テレビの2022年11月の特集によると、父親は村上市の体育館にスケートパークを整備するため、自己資金800万円を投じました。
当時は県内に十分なスケートボードの練習環境がなく、息子たちが競技を続けるための場所を確保する必要があったといいます。
また、長男の英樹は当時の厳しい練習環境について、リフト券を購入できず、歩いて山を登って滑ることを繰り返していたと振り返っています。
毎日200本滑っていたというエピソードからも、兄弟が幼少期から相当な練習量を積んでいたことが分かります。
夏はスケートボード、冬はスノーボード平野家の特徴は、季節に応じて競技を切り替える練習スタイルです。
夏場はスケートボード、雪が積もる冬場はスノーボードに取り組むことで、年間を通して横乗り系スポーツの技術を磨いてきました。
スケートボードで身につけるバランス感覚や空中動作への対応力は、スノーボードのハーフパイプにも通じる部分があります。
もちろん、両競技は同じものではありません。しかし、異なる環境で培った身体操作や空間認識を競技に生かせる点は、歩夢の二刀流にもつながる背景です。
兄弟同士の競争が成長につながった2026年4月15日のトークイベントで、歩夢は兄の英樹について、自分は兄についていく側で、兄が先頭を進んでくれていたと振り返りました。
日刊スポーツの報道では、3人は雪が降る寒い日にもスケートボードの練習を続け、毎日誰が1位になるかを競っていたと紹介されています。
歩夢が後に世界の頂点へ到達した背景には、幼い頃から兄弟同士で競い合える環境がありました。
【北京オリンピック2022】歩夢が金メダル、海祝が9位の快挙
2022年2月11日に行われた北京冬季オリンピック男子ハーフパイプ決勝は、平野兄弟にとって大きな節目となりました。
兄弟そろって決勝に進出し、歩夢は金メダル、海祝は9位という結果を残しています。
平野歩夢は96.00点で悲願の金メダル歩夢は決勝1本目で転倒したものの、2本目で91.75点を記録。
そして3本目に96.00点を獲得し、逆転で金メダルを手にしました。
この演技で大きな注目を集めたのが、トリプルコーク1440です。
縦3回転と横4回転を組み合わせた高難度の技で、当時の男子ハーフパイプにおける技術的な進化を象徴するパフォーマンスとなりました。
ソチ、平昌と2大会連続で銀メダルを獲得していた歩夢にとって、3度目の冬季五輪でつかんだ悲願の金メダルでした。
平野海祝は初出場で9位入賞弟の海祝も初めてのオリンピックで決勝に進出しました。
1本目に75.50点を記録し、最終的には9位となっています。
特に話題となったのが、7.4メートルと報じられた高さのあるエアです。
2本目と3本目は転倒しましたが、攻めの姿勢を貫いた演技は大きな注目を集めました。
JOCの大会報告によると、海祝は兄の金メダルを喜び、次の五輪でも兄弟でメダルを獲得したいという目標を語っています。
北京2022の男子ハーフパイプ成績| 選手 | 順位 | 最高得点 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 平野歩夢 | 1位 | 96.00点 | 金メダル |
| スコット・ジェームズ | 2位 | 92.50点 | 銀メダル |
| ヤン・シェレル | 3位 | 87.25点 | 銅メダル |
| 平野海祝 | 9位 | 75.50点 | 決勝進出 |
兄が世界の頂点に立ち、弟も初出場で決勝9位に入った北京五輪は、平野家の競技史を象徴する大会になりました。
【ミラノ・コルティナ五輪2026】平野歩夢は7位入賞!連覇を阻んだ大けが
2026年2月のミラノ・コルティナ冬季オリンピックで、歩夢は男子ハーフパイプに出場しました。
北京大会の金メダリストとして連覇を目指しましたが、最終順位は7位、得点は86.50点。メダル獲得には届きませんでした。
五輪直前のワールドカップで負傷大きな逆境となったのが、2026年1月17日のスイス・ラークスで行われたワールドカップです。
歩夢は競技中の転倒で複数箇所を骨折する大けがを負いました。報道では骨盤の右腸骨や鼻骨などの負傷が伝えられています。
五輪まで十分な時間が残されていない状況で、リハビリと競技復帰を進める必要がありました。
86.50点を獲得した決勝2本目2月13日(現地時間)の決勝では、1本目に転倒。
しかし、2本目では高難度の技を連続して成功させ、86.50点を記録しました。
3本目も攻めの演技を選択しましたが、着地で転倒。最終的に7位で競技を終えています。
テレビ東京の競技後インタビューでは、歩夢は次のように振り返りました。
本当にそれだけですね。無事生きて帰ってこれて良かったなっていう
加えて、大けがを抱えて臨んだ大会について、これまで以上にリスクを背負って挑む必要があったと説明しています。
7位でも評価される理由北京五輪の金メダリストが7位に終わったという順位だけを見ると、連覇を逃した大会という印象が強くなります。
しかし、競技の直前に大きなけがを負いながら決勝に進み、86.50点を記録したことには別の意味があります。
歩夢は負傷によって従来のコンディションを維持できない状況でも、世界トップレベルの技術を披露しました。
2026年大会は、単純に北京大会との順位を比較するだけでは評価できない内容だったといえます。
なお、同大会の男子ハーフパイプでは戸塚優斗が95.00点で金メダルを獲得しました。
【2026年11月最新】歩夢と海祝の現在、兄弟それぞれの進路
2026年11月現在、平野兄弟の競技活動にはそれぞれ異なる動きが見られます。
平野歩夢は2030年五輪も視野に現役続行への意欲2026年3月5日、歩夢は次回2030年大会について、4年後に向けて再び戦うことを想像できていると語りました。
加えて、2026年11月4日付のデイリースポーツの単独インタビューでは、競技者として「行けるところまで行き切って終わりたい」と意欲を示しています。
2030年のフランス・アルプス五輪も視野に入れながら、新しいビジョンも考えていく姿勢です。
また、全日本スキー連盟の2026/2027シーズン強化指定選手一覧では、歩夢はハーフパイプ男子の最高ランクにあたるS指定に選ばれています。
五輪7位という結果を受けても、トップレベルで競技を続ける環境に身を置いていることが分かります。
平野海祝は2026/2027シーズンの強化指定から外れる一方、海祝には異なる状況があります。
2026年7月16日、全日本スキー連盟が発表した2026/2027シーズンの強化指定選手一覧に、海祝の名前はありませんでした。
デイリースポーツの報道によると、海祝は2025/2026シーズンにけがの影響を受け、ミラノ・コルティナ五輪の代表からも外れていました。
前年に強化A指定だった選手が新シーズンの強化指定から外れたことは、競技活動を追ううえで重要な変化です。
ただし、強化指定から外れたことだけで、競技引退や選手活動の終了を意味するわけではありません。
2026年4月には3兄弟がそろってイベントに出演2026年4月15日には、歩夢、英樹、海祝の3人が東京都内のトークイベントにそろって出演しました。
歩夢は五輪だけが今後の進む道ではないという考えにも触れ、自身の成長や新しい挑戦について語っています。
英樹はプロスノーボーダーとして活動し、海祝も兄弟との思い出を語りました。
3人が同じ舞台に立ったことは、平野家の競技人生を振り返るうえでも象徴的な出来事です。
【ハーフパイプ平野兄弟に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:ハーフパイプの平野兄弟は何人ですか?
A1:3人です。長男が平野英樹、次男が平野歩夢、三男が平野海祝です。3人ともスケートボードやスノーボードに取り組んできました。
Q2:平野歩夢と平野海祝の年齢差は何歳ですか?
A2:約4歳です。歩夢は1998年11月29日生まれ、海祝は2002年10月14日生まれで、正確には3歳10か月15日離れています。
Q3:平野歩夢と平野海祝は北京五輪で何位でしたか?
A3:歩夢は男子ハーフパイプで96.00点を獲得して金メダル、海祝は75.50点で9位でした。
Q4:平野英樹は平野歩夢の父親ですか?
A4:違います。英樹は歩夢の兄です。父親の名前は平野英功(ひでのり)さんです。
Q5:平野歩夢は2026年ミラノ・コルティナ五輪で何位でしたか?
A5:男子ハーフパイプで86.50点を獲得し、7位に入賞しました。五輪直前の大けがを乗り越えて決勝に出場したことでも注目されました。
Q6:平野歩夢は2030年のオリンピックにも出場しますか?
A6:2026年11月時点では、2030年のフランス・アルプス五輪を視野に入れて競技を続ける意欲を示しています。ただし、出場が正式に決定したわけではありません。
平野歩夢、平野海祝、平野英樹は、新潟県村上市で育った3人兄弟です。
長男の英樹が競技の道を切り開き、次男の歩夢はソチ、平昌、北京、ミラノ・コルティナと4大会連続で冬季五輪に出場。北京2022では日本スノーボード界にとって歴史的な金メダルを獲得しました。
三男の海祝も北京五輪で決勝9位に入り、兄とともに世界の舞台で存在感を示しました。
2026年のミラノ・コルティナ五輪では、歩夢が大けがを乗り越えて7位入賞。海祝はけがの影響で五輪代表から外れ、その後の強化指定にも名前がありません。
一方、歩夢は2030年五輪を視野に競技への意欲を示しています。
平野兄弟を理解するうえで大切なのは、歩夢の金メダルだけでなく、英樹が築いた競技の原点、海祝が追い続けてきた挑戦、そして3人を支えた村上市での家族の歩みを合わせて見ることです。
それぞれが異なる道を歩みながらも、兄弟で培った競争心とスポーツへの情熱は、2026年以降の活動にもつながっていきます。
主な参考資料:日本オリンピック委員会(JOC)、全日本スキー連盟(SAJ)、新潟県、村上市、日本テレビ、日刊スポーツ、デイリースポーツ、テレビ東京、共同通信。