ホーム スポーツ 猫ひろしの国籍は2026年現在カンボジア!帰化の理由と五輪出場の真相を徹底解説

猫ひろしの国籍は2026年現在カンボジア!帰化の理由と五輪出場の真相を徹底解説

星野 匠 星野 匠 • 更新: • 公開: • 読了約 21 分
目次

お笑い芸人でマラソンランナーとしても知られる猫ひろしさんの国籍は、2026年11月現在、カンボジアです。2011年にカンボジア国籍を取得したことで日本国籍を失い、その後、2016年リオデジャネイロオリンピックではカンボジア代表として男子マラソンに出場しました。現在は日本の永住権を取得し、日本を生活と芸能活動の拠点にしていますが、永住権の取得と日本国籍への復帰は別の制度です。

なぜ日本生まれの猫ひろしさんがカンボジアへの帰化を選んだのでしょうか。また、2012年ロンドンオリンピックでは一度代表に選ばれながら、なぜ出場できなかったのでしょうか。2011年の国籍変更からリオ五輪、そして2026年の最新の活動まで、本人のインタビューや報道、公的な国籍法の規定をもとに整理します。

【2026年最新】猫ひろしの現在の国籍はカンボジア!日本の永住権との違い

猫ひろし国籍

最初に、最も気になる現在の国籍について確認しましょう。

猫ひろしさんは2026年現在、カンボジア国籍の人物です。日本に住んでいることや、日本の芸能活動を続けていることから、日本国籍に戻ったのではないかと考える人もいますが、国籍と居住資格は区別する必要があります。

2026年1月のラジオ出演でも「カンボジア人」と説明

2026年1月26日、猫ひろしさんはニッポン放送の「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」にゲスト出演しました。

番組では、カンボジア国籍を取得した猫さんについて、現在は何人なのかという話題が取り上げられました。本人は現在の国籍について「カンボジア人です」と説明しています。

同番組の公式ブログでも、現在の国籍はカンボジアであると紹介されています。これは、単に過去のプロフィールに記載されている情報ではなく、2026年の本人出演時に改めて示された内容です。

日本の永住権を取得しても日本国籍には戻らない

猫ひろしさんは、カンボジア国籍を取得した後、日本の永住権も取得しています。

2026年1月のスポーツニッポンの報道では、現在はカンボジア代表を退いており、日本の永住権を取得して芸能活動の拠点を日本に置いていると紹介されました。

ここで押さえておきたいのが、永住権と国籍の違いです。

  • 国籍:法律上、どの国の国民であるかを示す身分。
  • 永住権:外国籍の人が日本に在留し、原則として在留期間の制限なく生活できる資格。

つまり、カンボジア国籍を維持したまま日本に永住することは可能です。日本に住んでいるからといって、日本人になったわけではありません。

2026年7月のラジオ日本関連の報道でも、猫さんは日本の永住権を持ち、日本とカンボジアを行き来しながら活動していると紹介されています。

したがって、2026年の状況を整理すると、国籍はカンボジア、生活の拠点は日本、活動のつながりは日本とカンボジアの両方という関係になります。

【帰化の理由】猫ひろしが2011年にカンボジア国籍を取得したのはなぜ?

猫ひろしさんがカンボジアへの帰化を決意した最大の理由は、マラソンでオリンピックに出場するという夢を実現するためでした。

単なる芸能活動上の話題づくりだけではありません。本人が朝日新聞GLOBE+のインタビューで、国籍変更を考えるようになった背景や、カンボジアを選んだ経緯を詳しく語っています。

マラソンを始めたのは30歳を過ぎてから

猫ひろしさんは1977年8月8日生まれ、千葉県市原市出身のお笑い芸人です。

芸人として活動する一方、30歳を過ぎてから本格的にマラソンに取り組むようになりました。テレビ番組の企画をきっかけに長距離走に挑戦し、次第に競技者としての実力を伸ばしていきます。

2008年には東京マラソンで初めてフルマラソンを完走。2010年には2時間55分45秒を記録し、3時間を切るサブスリーランナーになりました。

芸人としての知名度だけでなく、競技者としても結果を出し始めた時期です。

カンボジアなら五輪出場の可能性があると考えた

国籍変更のきっかけとして、朝日新聞GLOBE+の2020年のインタビューでは、堀江貴文さんの出演番組で受けた助言が紹介されています。

芸人として話題をつくる方法を相談した際、外国の代表としてマラソンでオリンピックに出場するというアイデアを提案されたことが、発想の出発点になりました。

本人は当時の考えについて、次のように振り返っています。

「芸人なんで面白いかどうかで判断してるんで、『やります!』と言ったんです。」

加えて、カンボジアの男子マラソンの代表選考について調べたところ、当時の同国の上位選手の記録が自身のタイムと比較できる水準にあると知りました。

日本代表としてオリンピックに出場するには非常に高い競技水準が大切です。一方、カンボジアでは代表選考の状況が異なり、自分にも挑戦できる可能性があると考えたのです。

本人は批判される可能性も理解していました。それでも、自分の足で勝負するという考えから、カンボジア代表を目指す決意を固めました。

家族とも相談したうえでの国籍変更

国籍変更は本人だけの問題ではありません。家族の生活にも関係する大きな決断でした。

朝日新聞GLOBE+のインタビューによると、当時、妻は子どもを妊娠しており、家族とも相談したうえで決めたといいます。

その際、妻と子どもは日本国籍のままにすること、そしてカンボジアの人々に迷惑をかけないよう、正々堂々と代表の座を勝ち取ることを約束したと語っています。

つまり、家族全員でカンボジア国籍に変更したわけではありません。国籍を変更したのは猫ひろしさん本人です。

この背景を踏まえると、彼の帰化は競技人生を懸けた個人的な挑戦であり、家族の国籍や生活を一律に変更する選択ではなかったことが分かります。

【国籍変更の経緯】2011年から2026年までの重要な出来事を年表で整理

猫ひろしさんの国籍変更とオリンピック出場までの道のりは、2011年から2016年にかけて大きく動きました。その後も競技活動や日本での生活に変化があり、2026年には大学院修了という新たな節目を迎えています。

重要な出来事を時系列で整理すると、次のとおりです。

時期 出来事 内容・意味
1977年8月8日 誕生 千葉県市原市出身。後のお笑い芸人・マラソンランナー。
2008年 マラソンに本格挑戦 東京マラソンでフルマラソン初完走。
2010年 サブスリー達成 フルマラソンで2時間55分45秒を記録。
2011年11月9日 カンボジア国籍取得の発表 所属事務所が国籍取得を発表。ロンドン五輪を目指す。
2012年3月 ロンドン五輪代表に選出 カンボジア代表に選ばれたものの、参加資格の問題が発生。
2012年5月 ロンドン五輪出場不可 国際陸上競技連盟が参加資格を満たしていないと判断。
2013~2015年 競技活動を継続 東南アジア競技大会やアジア大会などにカンボジア代表として出場。
2016年5月31日 リオ五輪代表決定 カンボジア代表として男子マラソンへの出場が正式決定。
2016年8月21日 リオ五輪出場 男子マラソンを2時間45分55秒、139位で完走。
2020年代 日本の永住権を取得 日本を生活と芸能活動の拠点にする。
2024年 順天堂大学大学院に入学 スポーツ健康科学研究科で研究を開始。
2026年2~3月 大学院修士課程を修了 18年間の競技データなどを用いた研究をまとめる。
2026年7月 日本とカンボジアで活動 現地のランナーや子どもたちへの支援活動も継続。

なお、2011年11月9日については、所属事務所が国籍取得を発表した日として当時の日刊スポーツが報じています。一方、後年の報道には取得日を2011年10月28日と記載したものもあります。そのため、11月9日は少なくとも取得公表日として押さえておくと、日付の混同を避けられます。

この年表から分かるのは、国籍変更が一時的な芸能ニュースで終わらなかったことです。ロンドン五輪の出場断念後も競技を続け、4年後にリオ五輪出場を実現しています。

【ロンドンオリンピック】猫ひろしが代表に選ばれながら出場できなかった理由

猫ひろしさんの国籍変更をめぐる話題で、特に大きな議論を呼んだのが2012年のロンドンオリンピックです。

実は猫さんは、カンボジア代表として男子マラソンの代表選手に一度選出されていました。しかし、最終的に国際陸上競技連盟から参加資格を満たしていないと判断され、出場できなくなりました。

問題となったのは国籍変更後の参加資格

2012年当時、国際陸上競技連盟(IAAF、現在のワールドアスレティックス)は、国籍を変更した選手が新しい国の代表として国際大会に出場する際の資格について規定を設けていました。

当時の猫さんの場合、カンボジア国籍を取得してからロンドン五輪の開催までの期間が1年未満でした。

そのため、国籍取得後1年以上の継続した居住実績、または国際陸連理事会による特例承認などが問題になりました。

カンボジア側は、2009年からカンボジアに居住し、ビジネスもしていたと主張しましたが、国際陸連はその説明を受け入れませんでした。特例申請も認められず、2012年5月、出場資格を満たしていないという判断が確定しました。

代表選出と五輪出場資格は同じではない

ここで重要なのは、国内の代表選考で選ばれることと、国際大会に出場するための資格を満たすことは別問題だという点です。

猫さんはカンボジア国内で代表に選ばれていました。しかし、その選出があっても国際陸連の参加資格をクリアできなければ、オリンピックには出場できません。

また、当時の自己ベストは2012年2月の別府大分毎日マラソンで記録した2時間30分26秒でした。カンボジアには五輪参加標準記録に達する選手がいなかったため、代表選考では猫さんが選ばれた背景もあります。

日刊スポーツの2012年5月8日の報道では、国際陸連が最終判断を示し、カンボジア側もその決定を受け入れる意向を明らかにしたと伝えています。

国籍変更をめぐる批判と本人のその後

当時、日本国内では、オリンピック出場を目的に他国へ帰化することへの批判も起きました。

特に、カンボジアという国の代表枠を外国出身の選手が獲得することについて、競技の公平性や国籍の意味をめぐる議論が広がりました。

しかし、猫さんはロンドン五輪に出られなかったことを理由にマラソンをやめることはありませんでした。

2020年の朝日新聞GLOBE+のインタビューでは、マラソンによって国籍も含めて自分が変わったため、五輪に出られなかったからといって競技をやめるのはおかしいと考え、練習を続けたと振り返っています。

この判断が、後のリオ五輪出場につながりました。

【2016年リオデジャネイロオリンピック】カンボジア代表として念願の出場を実現

ロンドン五輪の出場が取り消された猫ひろしさんにとって、次の目標は2016年リオデジャネイロオリンピックでした。

4年間にわたって練習と競技活動を続けた結果、2016年にはカンボジア代表として男子マラソンに出場することが正式に決まりました。

2016年5月、カンボジア代表選考会で優勝

大きな転機となったのは、2016年5月8日に行われたカンボジアの五輪代表選考大会です。

猫さんはこの大会で優勝し、代表選出に大きく前進しました。その後、5月31日にはカンボジアオリンピック委員会によって代表選出が正式に決定したと日刊スポーツが報じています。

2012年のロンドン五輪では参加資格の問題がありましたが、リオ大会では国際オリンピック委員会への申請後、問題ないとの回答を得て出場が認められました。

リオ五輪男子マラソンで139位、2時間45分55秒を記録

2016年8月21日、猫ひろしさんはカンボジア代表としてリオ五輪男子マラソンに出場しました。

結果は2時間45分55秒、139位。順位だけを見れば上位とはいえませんが、4年前に失ったオリンピック出場の機会を、自らの努力で実現したレースでした。

本人はレースを完走し、競技場で喜びを表現。朝日新聞GLOBE+のインタビューでは、カンボジア代表として走ることへの責任感や、現地で受けた応援についても語っています。

また、東京新聞の報道では、完走後にカンボジアへの感謝を口にしたことも紹介されています。

リオ五輪出場が持つ意味

猫さんのリオ五輪出場は、単なる芸人の話題づくりとは異なる意味を持っています。

30歳を過ぎて競技を始め、サブスリーを達成し、国籍を変更して代表を目指し、最初の五輪出場を逃しても練習を継続しました。そして、次の大会で実際にオリンピックのスタートラインに立ったのです。

加えて、本人は朝日新聞GLOBE+のインタビューで、カンボジアの競技関係者や選手たちとの交流についても話しています。

リオ五輪をきっかけに、猫さんとカンボジアとの関係は競技上の代表選手という立場だけではなく、継続的な交流や支援へと広がっていきました。

【本名と現在の活動】タキザキクニアキ・瀧﨑邦明とは?2026年の近況も紹介

猫ひろしさんの名前についても、検索されることが多いポイントです。

本名はタキザキ・クニアキ

猫ひろしさんの本名は、タキザキ・クニアキです。

漢字表記については、過去の日刊スポーツなどの報道で「滝崎邦明」と記載され、近年の競技関連資料では「瀧﨑邦明」と表記されています。

「﨑」は通常の「崎」と異なる異体字です。表記が異なるからといって、別人を指しているわけではありません。

2010年の日刊スポーツの記事でも、猫さんの本名は滝崎邦明と紹介されています。また、2025年の陸上関連資料でも本名を瀧﨑邦明と記載しています。

2026年3月に順天堂大学大学院を修了

2026年の猫ひろしさんは、芸人やマラソンランナーとしての活動だけでなく、スポーツ科学の研究にも取り組んでいます。

2024年に順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科へ入学し、2026年2月には修士課程の修了が決まったことを報告。3月には大学院を無事修了したと明らかにしました。

スポーツニッポンの2026年2月23日の報道によると、研究テーマは、18年間の競技データと生理指標をもとに、年齢を重ねてもマラソンの競技力を維持・向上できた要因を運動生理学的に分析するという内容でした。

これは自身の競技経験を研究に結び付けたものです。年齢とともに最大酸素摂取量が低下する中で、どのように記録を維持・改善できるのかという課題に向き合っています。

2026年もマラソンとカンボジア支援を継続

2026年3月1日の東京マラソンにも出場し、2時間31分17秒で完走したことが報じられています。

また、同年7月のラジオ日本関連の報道では、カンボジアの代表選手や子どもたちにランニングシューズを届ける活動が紹介されました。

カンボジアではランニングシューズが高価なため、日本で使われなくなったシューズを集め、現地の選手や子どもたちに寄付しているといいます。一度に約40足をスーツケースに入れて自ら運ぶこともあるそうです。

かつてオリンピック出場を目指して国籍を変更した猫さんは、現在、競技者としてだけでなく、日本とカンボジアをつなぐ存在としても活動しています。

2026年の近況を見ると、国籍変更が単発の五輪挑戦で終わらず、長期的な競技活動や現地との交流につながっていることが分かります。

【よくある質問】猫ひろしの国籍に関する疑問(FAQ)

Q1:猫ひろしの国籍は2026年現在どこの国ですか?
A1:2026年現在、カンボジア国籍です。2026年1月のニッポン放送の番組でも、本人はカンボジア人であると説明しています。

Q2:猫ひろしはなぜカンボジアに帰化したのですか?
A2:マラソンでオリンピックに出場する夢を実現するためです。カンボジア代表としてなら、自身の競技力を生かして五輪出場を目指せる可能性があると考え、2011年に国籍を変更しました。

Q3:猫ひろしは2011年11月9日に日本国籍を離脱したのですか?
A3:2011年11月9日はカンボジア国籍取得が所属事務所から発表された日です。本人の意思で外国籍を取得した場合、日本の国籍法第11条第1項により日本国籍を失う仕組みになっています。

Q4:猫ひろしは日本国籍に戻ったのですか?
A4:2026年の公開情報では、カンボジア国籍を維持しています。日本の永住権を取得していますが、永住権は日本国籍とは異なります。

Q5:猫ひろしがロンドンオリンピックに出場できなかったのはなぜですか?
A5:2012年、国籍取得後の期間や居住実績など、国際陸上競技連盟が定める参加資格を満たしていないと判断されたためです。一度はカンボジア代表に選ばれましたが、最終的に出場できませんでした。

Q6:猫ひろしはリオデジャネイロオリンピックに出場しましたか?
A6:はい。2016年のリオ五輪男子マラソンにカンボジア代表として出場し、2時間45分55秒で139位となりました。

Q7:猫ひろしの本名は何ですか?
A7:タキザキ・クニアキです。漢字では「滝崎邦明」や「瀧﨑邦明」と表記されています。

Q8:猫ひろしは現在もカンボジア代表選手ですか?
A8:2026年の報道では、すでにカンボジア代表選手を退いています。ただし、日本とカンボジアを行き来しながらマラソンや現地支援活動を続けています。

猫ひろしさんの国籍は、2026年現在もカンボジアです。

2011年にオリンピック出場を目指してカンボジア国籍を取得し、日本国籍を失いました。2012年のロンドン五輪では国際陸上競技連盟の参加資格判断によって出場できませんでしたが、競技を続け、2016年にはリオデジャネイロ五輪の男子マラソンで139位完走を果たしました。

現在は日本の永住権を持ち、日本を生活と芸能活動の拠点にしています。一方、カンボジアとの関係も続いており、現地のランナーや子どもたちへの支援にも取り組んでいます。

2026年には順天堂大学大学院の修士課程も修了し、長年の競技経験をスポーツ科学の研究に結び付けました。

猫ひろしさんの国籍を理解するうえで大切なのは、「カンボジア国籍」と「日本の永住権」を混同しないことです。日本で暮らしていることと、日本国籍を持っていることは同じではありません。

国籍変更、ロンドン五輪の出場断念、リオ五輪での完走。その一連の歩みは、猫ひろしさんがマラソンを通じて選んだ人生そのものです。2026年以降も、競技者としての挑戦と日本・カンボジア双方での活動に注目が集まります。

主な根拠資料

- 朝日新聞GLOBE+:2020年の本人インタビュー。帰化の理由、ロンドン五輪、リオ五輪についての証言。
- 日刊スポーツ:2011年の国籍取得発表、2012年の出場資格問題、2016年のリオ五輪代表決定。
- 法務省・国籍法:外国籍を自ら取得した場合の日本国籍喪失に関する規定。
- ニッポン放送:2026年1月の本人出演と現在の国籍に関する紹介。
- スポーツニッポン、ラジオ日本:2026年の永住権、大学院修了、日カンボジア間の活動に関する報道。

同じカテゴリの記事

星野 匠
コンテンツディレクター 星野 匠
プロフィールを見る →

芸能・エンタメ取材16年。事務所の公式リリース、制作発表資料、配信サービスの告知を一次情報として確認し、確認できない情報は記事にしません。

おすすめの関連記事