永島昭浩は、1964年4月9日生まれ、兵庫県神戸市出身の元プロサッカー選手です。2026年11月現在62歳。現役時代のポジションはフォワード(FW)で、身長は182cm。日本代表として国際Aマッチにも出場しました。
Jリーグ開幕期にはガンバ大阪で活躍し、清水エスパルスを経てヴィッセル神戸へ移籍。1993年にはJリーグで日本人初のハットトリックを達成し、1994年にはJリーグオールスターのMVPを獲得しています。
現役引退後はサッカー解説者、スポーツキャスターとして活動。サッカー界の普及や組織運営にも関わっており、2026年現在も大阪府サッカー協会の会長などを務めています。
娘の優美は、2014年にフジテレビへ入社。『めざましテレビ』『めざまし8』などの看板番組で活躍し、2025年3月に同局を退社してフリーキャスターに転身しました。
親子はテレビでも共演しており、父の過保護な一面や、孫に対する愛情深い姿がたびたび話題になっています。
【経歴・年表】永島昭浩はガンバ大阪とヴィッセル神戸でどう活躍した?

永島昭浩の選手人生を語るうえで欠かせないのが、松下電器産業から始まったキャリアと、ガンバ大阪、清水エスパルス、ヴィッセル神戸での活躍です。
1983年に松下電器へ入団永島は高校卒業後の1983年、松下電器産業(現パナソニック)に入団しました。
当時のサッカー選手は、現在のようなプロ契約が一般化する前の時代を経験しています。永島も企業チームを出発点に、選手としての実力を磨いていきました。
その後、ガンバ大阪の前身となる松下電器のチームでプレーし、Jリーグ開幕期のクラブを代表するストライカーへと成長します。
ガンバ大阪時代に日本人初のハットトリック1993年、Jリーグが開幕すると、永島はガンバ大阪のFWとして存在感を発揮します。
特に注目されたのが、1993年6月5日の名古屋グランパス戦です。
この試合で永島は3得点を記録。Jリーグ日本人初のハットトリック達成者として歴史に名を残しました。
ガンバ大阪の公式ヒストリーにも、この記録がクラブの重要な歴史として掲載されています。
清水エスパルスを経てヴィッセル神戸へ1994年には清水エスパルスへ移籍。同年のJリーグオールスターサッカーでは決勝点を挙げ、MVPに選ばれました。
その後、永島のキャリアを語るうえで大きな転機となる出来事が起こります。
1995年1月17日の阪神・淡路大震災です。
神戸出身の永島は震災によって実家が全壊する被害を受けました。地元が大きな被害を受けるなか、街を元気づけたいという思いもあり、シーズン途中からJFLのヴィッセル神戸へ移籍しました。
Jリーグ公式の25周年記念インタビューでも、震災と神戸への移籍について本人が振り返っています。
1996年にはヴィッセル神戸がJFLで2位となり、Jリーグ入りを決定。永島は地元クラブの成長を支える存在になりました。
1997年には22得点を記録ヴィッセル神戸がJリーグに参入した1997年、永島は33歳でキャリアの大きなピークを迎えます。
リーグ戦全試合に出場し、22得点を記録。当時の日本人最多得点を挙げ、Jリーグフェアプレー個人賞も受賞しました。
2000年には現役を引退。最後の試合では京都パープルサンガ戦でVゴールを決め、自らの現役生活に花を添えています。
永島昭浩の経歴・関係者一覧| 人物・組織 | 関係・時期 | 主な実績・出来事 |
|---|---|---|
| 松下電器産業 | 1983年入団 | 選手としてのキャリアをスタート |
| ガンバ大阪 | 1990年代前半 | 日本人初のJリーグハットトリック |
| 清水エスパルス | 1994~1995年 | 1994年オールスターMVP |
| ヴィッセル神戸 | 1995~2000年 | 1997年にリーグ戦22得点 |
| 日本代表 | 1990~1991年 | 国際Aマッチ4試合出場 |
| 永島優美 | 長女 | フリーキャスターとして活動 |
| 孫娘 | 初孫 | 2024年に誕生 |
| 日本サッカー協会 | 引退後 | 日本代表OB・OG会会長などを歴任 |
Jリーグ公式データサイトによると、永島のJ1通算成績は165試合61得点。この数字はJ1リーグでの成績であり、日本サッカーリーグ時代の記録とは区別する必要があります。
【2026年最新】永島昭浩の現在は?サッカー解説者から協会会長へ
永島昭浩は2000年の現役引退後、サッカーに関わる仕事を続けてきました。
特に知名度を高めたのが、フジテレビのスポーツキャスターとしての活動です。
フジテレビのニュース番組でスポーツキャスターを担当永島は2000年代以降、フジテレビのスポーツ関連番組に出演してきました。
代表的な担当歴は次のとおりです。
- 『すぽると!』コメンテーター
- 『FNNスーパーニュース』スポーツキャスター
- 『FNNスーパーニュースWEEKEND』スポーツキャスター
- 『みんなのニュースWeekend』スポーツキャスター
- 欧州サッカー関連番組の解説
現役選手としての経験を生かし、試合の流れや選手の心理、得点につながるプレーなどを解説してきました。
2026年現在は大阪府サッカー協会会長2024年6月、永島は大阪府サッカー協会の会長に就任しました。
さらに2026・2027年度の大阪府サッカー協会公式役員名簿でも、会長として名前が掲載されています。
日本代表OB・OG会の会長も務めており、日本サッカー協会の復興支援部会長としても活動しています。
2026年9月には、JFA主催の「FUTURE LEGACY MATCH in MIYAGI 2026」でJAPAN DREAMの監督を担当しました。
このイベントは、震災の記憶や教訓を次世代へ伝えることを目的としたものです。阪神・淡路大震災を経験した永島自身が監督を務めたことにも意義があります。
また、2026年6月の北中米ワールドカップ期間には、日本代表の試合についてテレビ番組で解説を担当しました。
つまり、2026年の永島昭浩は、単に元サッカー選手としてテレビに出演するだけではありません。競技の普及、地域のサッカー環境づくり、震災復興支援にも携わる立場です。
【親子関係】永島優美と父・昭浩のテレビ共演が話題に
永島優美と父・昭浩は、以前から仲の良い親子として知られています。
2018年1月には、フジテレビ系『ダウンタウンなう』でバラエティー番組初共演を果たしました。
番組では、父親が娘を溺愛するあまり、恋愛の話題になると動揺する様子などが紹介されました。
優美の熱愛報道が話題になった際には、昭浩が娘の恋愛話に落ち着かない反応を見せたことも報じられています。
2025年には『踊る!さんま御殿!!』で親子共演2025年7月1日放送の日本テレビ系『踊る!さんま御殿!!』でも、親子で共演しました。
このとき優美は、父について、サッカー選手時代はスターだったものの、家庭でのキャラクターを考えると必ずしも格好いいとは思えない、という趣旨のコメントをしています。
また、子どもの頃には父親がサッカー選手であることを周囲から指摘されるのが苦手だったことも明かしました。
この話から見えてくるのは、単純な「有名人の父と娘」という関係だけではありません。
偉大な父親を持つことへの戸惑いと、家庭で接する父親への親しみが共存しているのです。
親子共演が伝える二人の関係テレビでのやり取りには、父親の過保護な性格を娘が遠慮なく指摘する場面がよく登場します。
しかし、娘が父親を一方的に否定しているわけではありません。
優美は父親との思い出を笑い話として紹介し、昭浩も娘との共演で普段とは異なる表情を見せています。
仕事ではそれぞれ独立したキャリアを築きながら、家族としては自然体で接している点が、永島親子の特徴です。
【衝撃エピソード】永島昭浩は娘・優美の初デートを尾行していた!
永島昭浩の父親としての性格を象徴するエピソードが、2026年4月に明らかになりました。
優美が日本テレビ系『踊る!さんま御殿!!』で語った、中学生時代の初デートにまつわる話です。
初めてのデートに父親が現れた優美によると、中学生の頃、初めて交際した相手とデートに出かけたことがあったそうです。
といっても、内容はランチを食べてカフェでお茶をするという、ごく普通の中学生らしいデートでした。
ところが、楽しい時間を終えて店の外に出たところ、そこに父親の昭浩が立っていたのです。
さらに驚いたのは、父親が優美の飲んでいたものまで把握していたことでした。
昭浩は娘に、飲んでいたものがロイヤルミルクティーだったかと尋ねたといいます。
優美は、デート中の様子を見られていたことに驚き、父親の行動を怖いと感じたそうです。
なぜ父親は尾行したのか?その理由は、娘が心配だったからでした。
優美自身が番組内で説明したところによると、昭浩は娘を心配して尾行していたとのことです。
父親としては、初めての交際相手と出かける娘のことが気になって仕方がなかったのでしょう。
しかし、娘からすれば、初めてのデートを父親に見られていたというのは相当に驚く出来事です。
このエピソードは、2026年4月8日の日刊スポーツでも詳しく紹介されました。
過保護な父親という一面この話が興味深いのは、永島昭浩の現役時代のイメージとのギャップです。
現役時代は強靱なフィジカルと得点力を武器に戦ったストライカーでした。
しかし家庭では、娘の初デートを心配して後を追いかける父親だったのです。
もちろん、尾行という行動を無条件に美談として扱うことはできません。娘のプライバシーという観点では、本人が驚いたのも自然な反応です。
それでも、優美がこの出来事をテレビで笑い話として紹介していることからは、現在も親子間で共有されている印象的な思い出であることがうかがえます。
【孫を溺愛】永島昭浩は初孫にどんな接し方をしている?
永島昭浩の父親としてのエピソードに加えて、2024年以降は祖父としての姿も話題になっています。
2024年1月に初孫が誕生永島優美は2024年1月12日、自身のSNSで第1子の出産を報告しました。
生まれたのは女の子です。
優美は2021年3月に結婚しており、2023年7月には第1子の妊娠を公表していました。
出産報告を受けた昭浩も、幼い頃の優美を肩車した写真を公開。娘が母親になったことへの驚きと喜びを伝えました。
これによって昭浩は祖父となり、初孫との生活が始まりました。
孫を歌やダンスであやす独特なスタイル2024年7月には、優美が父親と孫娘の様子をSNSで公開しました。
動画に映っていたのは、孫を抱っこしながら手を動かし、歌い踊る昭浩の姿です。
昭浩は「コモエスタセニョリータ」と歌いながら、独特の動きで孫をあやしていました。
ところが、そのあやし方に孫は泣き出してしまいます。
優美は父親の独特なあやし方に驚いた様子でしたが、さらに母親から、自分も幼い頃に同じ方法であやされていたと聞かされたそうです。
つまり、昭浩にとっては娘の子育て時代から続く、おなじみのあやし方だったのです。
このエピソードはENCOUNTや日刊スポーツでも報じられました。
2026年には孫への溺愛ぶりに娘が注意2026年4月16日、優美は横浜市内で開催されたアイ工務店の新CM発表会に出席しました。
そこで明かしたのが、父親と孫の食事をめぐるエピソードです。
昭浩は初孫がかわいくて仕方がなく、孫が欲しがる食べ物を与えようとすることがあるそうです。
しかし、まだ食べさせるべきではない食材もあるため、優美が慌てて止める場面が何度もあったといいます。
優美は、父親にはまだ子どもを預けたことがないと冗談交じりに話しました。
一方で、両親が初孫をかわいがってくれていることへの感謝も伝えています。
この発言はデイリースポーツなどが報道しました。
孫への愛情と子育てのルールは別問題このエピソードから分かるのは、昭浩が孫をかわいがっている一方、実際の子育てでは優美が親としての判断を担っているということです。
祖父母が孫をかわいがることと、親が食事や安全面のルールを決めることは別の話です。
永島家では、昭浩の愛情深い性格と、母親となった優美の責任感が、ユーモラスなやり取りとして表れています。
【プロの結論】永島昭浩はサッカー界でも家庭でも存在感のある父親
永島昭浩という人物を理解するには、3つの側面を押さえると分かりやすくなります。
第一に、Jリーグ初期を代表するストライカーであること。
ガンバ大阪での日本人初のハットトリック、清水エスパルスでのオールスターMVP、ヴィッセル神戸での22得点など、選手として確かな実績を残しています。
第二に、引退後もサッカー界に関わり続けていること。
スポーツキャスターや解説者として活動するだけでなく、2026年には大阪府サッカー協会会長やJFA復興支援部会長として、競技環境の整備や次世代への継承にも携わっています。
第三に、娘や孫を大切にする家族思いの一面があること。
初デートの尾行、テレビでの親子共演、孫をあやす姿、食べ物を与えようとして娘に止められるエピソード。どれも昭浩の家庭でのキャラクターを伝えています。
ネット上では「過保護な父親」という印象が先行しがちですが、実際には選手としてのキャリア、社会的な活動、家族との関係を分けて理解することが大切です。
【よくある質問】永島優美の父親に関するFAQ
Q1:永島優美の父親は誰ですか?
A1:元サッカー日本代表FWで、スポーツキャスター・サッカー解説者の永島昭浩です。ガンバ大阪、清水エスパルス、ヴィッセル神戸でプレーしました。
Q2:永島昭浩は現在何歳ですか?
A2:1964年4月9日生まれで、2026年11月現在62歳です。
Q3:永島昭浩は日本代表として何試合に出場しましたか?
A3:日本代表の国際Aマッチには4試合出場しています。
Q4:永島昭浩がガンバ大阪で達成した記録は何ですか?
A4:1993年6月5日の名古屋グランパス戦で3得点を記録し、Jリーグ日本人初のハットトリックを達成しました。
Q5:永島昭浩が娘の初デートを尾行したのは本当ですか?
A5:はい。2026年4月放送の『踊る!さんま御殿!!』で、優美本人が中学生時代のエピソードとして紹介しました。父親は娘を心配して後を追っていたそうです。
Q6:永島昭浩には孫がいますか?
A6:います。永島優美が2024年1月に第1子となる長女を出産しました。昭浩にとって初孫です。
Q7:永島昭浩は2026年現在もサッカー解説者ですか?
A7:はい。2026年6月にはワールドカップ関連のテレビ解説を担当。大阪府サッカー協会会長やJFA復興支援部会長など、サッカー界での活動も続けています。
永島優美の父親である永島昭浩は、Jリーグ初期に活躍した元日本代表FWです。
ガンバ大阪で日本人初のハットトリックを達成し、清水エスパルスではオールスターMVP、ヴィッセル神戸では1997年に22得点を記録。2000年の引退後もサッカー解説者やスポーツキャスターとして活躍してきました。
2026年現在は、大阪府サッカー協会会長やJFA復興支援部会長として競技の普及にも関わっています。
一方、娘の優美との関係では、初デートを尾行するほど心配性な父親という意外な一面もあります。初孫が生まれてからは、独特なダンスであやしたり、食べ物を与えようとして娘に注意されたりと、祖父としての愛情も隠しません。
永島昭浩は、サッカー界で実績を残した人物であると同時に、娘と孫を大切にする家族思いの父親でもあります。 2026年以降も、サッカー界での活動と家族とのエピソードの両方に注目が集まりそうです。
主要な参照資料・報道- Jリーグ公式データサイト、ガンバ大阪公式ヒストリー、Jリーグ25周年記念インタビュー。
- 日本サッカー協会の2026年イベント発表、大阪府サッカー協会の2026・2027年度役員名簿。
- 日刊スポーツによる2026年4月の初デート尾行報道、2025年の親子共演報道。
- デイリースポーツによる2026年4月の孫とのエピソード、ENCOUNTによる2024年の孫をあやす様子の報道。
- 2018年の親子初共演報道、2024年の出産報道。