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兼高かおるとは何者?経歴・独身の理由・基金の現在を2026年最新解説

室井 健太 室井 健太 • 更新: • 公開: • 読了約 21 分
目次

兼高かおる(かねたか・かおる)は、テレビ番組『兼高かおる世界の旅』で知られる日本の女性ジャーナリスト、旅行作家です。本名は兼高ローズ。1928年2月29日に兵庫県神戸市で生まれ、1959年から1990年まで31年間にわたり世界各地を取材し、訪問した国は150カ国以上に及びました。海外旅行がまだ一般的ではなかった時代に、世界の文化や暮らしを日本の家庭に伝えた先駆者です。

2019年1月5日に90歳で亡くなりましたが、その功績は2026年現在も受け継がれています。生涯独身だった理由や本人が語った結婚観、ジャパン・タイムズでの活動、2014年に設立した兼高かおる基金、関西看護医療大学への奨学金支援などをたどると、単なる旅行ジャーナリストではない彼女の人生が見えてきます。

【兼高かおるとは何者?本名・生い立ち・学歴と経歴】

兼高かおる

本名は兼高ローズ。神戸で生まれ、アメリカ留学を経てジャーナリストの道へ

1928年2月29日生まれ・兵庫県神戸市出身

兼高かおるは、1928年2月29日、兵庫県神戸市に生まれました。本名は兼高ローズです。

幼少期を東京で過ごし、1946年に東京都品川区にある香蘭女学校を卒業しました。

香蘭女学校は、英語教育にも力を入れていたミッション系の学校です。後輩には黒柳徹子がおり、兼高は在学中から後輩たちの憧れの存在だったことが、後年の人物紹介でも紹介されています。

少女時代から好奇心が旺盛で、外国の文化や生活に強い関心を持っていました。

その後、1954年にアメリカへ渡り、ロサンゼルス市立大学に留学します。

留学先ではビジネスを学びました。アメリカの豊かな文化や、多様な価値観に触れた経験は、その後の国際的な活動にもつながっていきます。

帰国後は、英語力を生かしてジャーナリストとして活動を開始。ジャパン・タイムズなどにフリーランスの記者として寄稿しました。

この時点では、後に日本を代表する紀行番組の顔になるとは、まだ誰も予想していなかったはずです。

1958年の世界早回り記録が転機に

兼高の人生を大きく変えた出来事が、1958年の世界早回りへの挑戦です。

スカンジナビア航空が主催した世界早回りに参加し、プロペラ機による世界一周を73時間9分35秒で達成。当時の世界新記録を樹立しました。

この挑戦によって知名度が高まり、海外を実際に取材して伝える仕事へと活動の幅が広がっていきます。

翌1959年には、TBS系列の紀行番組につながる海外取材活動が本格化しました。

兵庫県立美術館の「兵庫文学館」や兼高かおる基金の公式プロフィールにも、神戸での出生、香蘭女学校卒業、アメリカ留学、ジャーナリストとしての活動が記録されています。

【150カ国以上を取材!『兼高かおる世界の旅』の功績】

兼高かおるの名前を日本中に広めたのが、TBSの長寿紀行番組『兼高かおる世界の旅』です。

1959年に始まったこの番組は、1990年まで約31年間続きました。

当時は、一般の日本人が自由に海外旅行を楽しめる時代ではありませんでした。海外の情報を得る手段も限られており、外国の街並みや文化、食生活をテレビで見ること自体が大きな楽しみだったのです。

そんな時代に、兼高は自ら海外へ出向き、世界各地の実情を日本の視聴者に届けました。

兼高かおるは番組で何役を担当していた?

特筆すべきなのは、単に番組に出演していたわけではないことです。

兼高は現地での取材だけでなく、番組制作の中心的な役割も担っていました。

- 海外取材・現地での情報収集
- レポーター
- ナレーター
- ディレクター
- プロデューサー
- 現地との取材交渉や制作調整

基金の公式プロフィールによれば、場合によってはカメラマンの役割までこなしながら番組を制作していました。

取材スタッフは兼高、カメラマン、助手という少人数体制が基本だったと、T JAPANの関係者取材でも紹介されています。

現在のようにインターネットで現地情報を簡単に集められない時代に、自ら情報を探し、人と接触し、撮影するという仕事を続けていたのです。

150カ国以上という驚異的な取材実績

兼高が訪れた国の数は、少なくとも150カ国以上です。

資料によっては約160カ国と紹介されています。TBSの番組紹介や基金の公式情報では150カ国余り、兵庫文学館や新潮社のプロフィールでは160カ国以上という数字が使われています。

移動距離についても、約721万キロメートル、地球を約180周した計算とされています。

加えて、著名人へのインタビューも数多く行いました。

代表的な取材対象には、次の人物がいます。

- ジョン・F・ケネディ
- サルバドール・ダリ
- チャールズ皇太子(当時)
- アルベルト・シュバイツァー

また、1971年には南極点、1989年には北極点を取材しました。

単なる観光地紹介ではなく、世界の政治、文化、歴史、人々の生活に直接触れる取材だったことが、番組の大きな特徴です。

兼高かおるの語り口「山の手言葉」も人気の理由

番組の魅力は、海外の映像だけではありませんでした。

兼高の上品で柔らかな語り口も、多くの視聴者に親しまれました。

彼女の話し方は、一般に「山の手言葉」と表現されています。

丁寧で落ち着いた言葉遣いに加え、明瞭で知的な説明が特徴でした。

2021年のT JAPANの記事でも、兼高の声と山の手言葉は、番組を象徴するものとして取り上げられています。

当時の外交関係者からも、その柔らかく明晰な話し方が評価されていました。

【年表で振り返る兼高かおるの生涯と功績】

ここまでの経歴を、年代順に整理します。

時期 出来事 意義・実績
1928年2月29日 神戸市に生まれる 本名は兼高ローズ
1946年 香蘭女学校卒業 英語教育を受ける
1954年 ロサンゼルス市立大学に留学 国際的な視野を広げる
1958年 世界早回りに挑戦 73時間9分35秒の新記録
1959年 『世界飛び歩き』開始 海外取材番組の先駆け
1971年 南極点を取材 極地への取材を実現
1989年 北極点を取材 長年の海外取材の成果
1990年 『兼高かおる世界の旅』終了 約31年間の放送に幕
2007年 日本旅行作家協会会長に就任 旅行文化の発展に貢献
2011年 同協会名誉会長に就任 後進への指針を示す
2014年 兼高かおる基金を設立 医療を志す学生を支援
2019年1月5日 90歳で死去 生涯を閉じる

日本旅行作家協会の沿革によると、兼高は2007年から2011年まで会長を務め、その後は名誉会長となりました。

また、1989年には同協会賞を受賞しています。

彼女の活動はテレビ出演だけにとどまらず、旅行文化や紀行文学の発展にも影響を与えました。

【兼高かおるはなぜ結婚しなかった?生涯独身の理由と本人の発言】

兼高かおるについて検索されることが多いテーマの一つが、結婚や夫の存在です。

結論からいうと、兼高かおるは生涯独身で、結婚歴はありません。

夫や子供との家庭生活を築くことはありませんでした。

ただし、恋愛経験がなかったわけではありません。

本人が語った独身でいた理由

2017年2月に掲載された「週刊女性PRIME」のインタビューでは、兼高本人が独身であることについて語っています。

「『世界の旅』で青春をすべて使ってしまいましたから。でもね、“わが青春に悔いなし”です(笑)」

これは、彼女の人生観をよく表した言葉です。

『兼高かおる世界の旅』の仕事は、単に決まった時間にテレビ出演する仕事ではありませんでした。

年間の半分ほどを海外取材に費やし、日本に戻ってからも撮影素材の整理、編集、原稿作成、ナレーションなどが続きます。

次の取材先の準備も必要でした。

本人も、人生の多くを番組制作に費やしたことを振り返っています。

結婚願望がまったくなかったわけではない

興味深いのは、若い頃に恋愛や結婚を考えた経験もあったことです。

2017年のインタビューでは、10代の頃に出会った男性との交際やプロポーズについても語っています。

その男性から結婚を申し込まれ、母親に相談したところ、母親から即座に反対されたというエピソードです。

この経験だけを生涯独身の原因と考えることはできません。

その後も交際した相手はいたと、兼高かおるを紹介したレディ東京の連載で伝えられています。

ただ、本人の言葉や仕事への向き合い方を振り返ると、彼女にとって『世界の旅』が人生の中心的な存在だったことが分かります。

独身だったことと基金設立の関係

兼高は2017年のインタビューで、自身が独身であることに触れながら、残った財産を奨学金に役立てたいという考えも語りました。

その思いは、2014年に設立した兼高かおる基金の活動につながっています。

大切なのは、結婚しなかったことを単なる私生活の話で終わらせないことです。

彼女は自分の人生で得たものを、次の世代の教育や医療に役立てる形にしました。

家庭を持つこととは異なる形で、社会に何かを残す道を選んだのです。

【兼高かおる基金とは?設立理由と関西看護医療大学の奨学金】

兼高かおるの功績を語るうえで、忘れてはならないのが一般財団法人兼高かおる基金です。

この基金は2014年11月27日に設立されました。

設立の目的は、医師や看護師など、医療に携わる人材を育てることです。

なぜ旅行ジャーナリストが医療系の基金を設立したのか

基金の公式プロフィールには、設立の背景が説明されています。

兼高自身、幼い頃から医師になりたいという夢を持っていました。

実際、若い頃には医大への進学を希望していたことも、2017年のインタビューで語っています。

しかし、最終的にはアメリカ留学を経て、ジャーナリストという別の道を歩むことになりました。

それでも医療への関心は失われませんでした。

基金の代表理事による説明では、兼高には「一人でも多くの医者や看護師が育つ社会を創りたい」という思いがあったとされています。

その夢を自分自身が医師になる形ではなく、次世代の医療従事者を育成する形で実現しようとしたのです。

関西看護医療大学への奨学金支援

兼高かおる基金は、兵庫県淡路島にある関西看護医療大学の学生に対して奨学金を給付してきました。

同基金の公式ページでは、対象となる入学年度を2016年度から2025年度までと掲載しています。

2025年度の大学入学者選抜要項に記載された制度の概要は、次のとおりです。

項目 内容
奨学金名 一般財団法人兼高かおる基金奨学金
大学 関西看護医療大学
給付方式 給付型・返済不要
対象 経済的理由で修学が困難な新入生
選考 1年次前期定期試験の成績など
給付月額 5万円
給付期間 1年次後期から4年次までの3年半

特に注目したいのは、月額5万円という給付額です。

医療系大学では、授業料だけでなく実習に伴う費用なども学生の負担になります。

経済的な理由で進学や学業の継続を諦めざるを得ない学生にとって、こうした給付型奨学金は大きな支えになります。

なお、上記は2025年度の大学入試要項に記載された条件です。基金の現在の公開情報では、関西看護医療大学について2016~2025年度の入学者が対象とされています。2026年度の新入生にも同じ条件で募集されているという意味ではありません。

福島県立医科大学にも支援を拡大

基金の活動は関西看護医療大学だけにとどまりません。

2022年には、公立大学法人福島県立医科大学との奨学金給付に関する契約が締結されました。

基金の公式情報によると、2022年度から2026年度までの入学者が対象です。

これは、兼高が残した医療人材育成への思いが、淡路島からさらに広い地域へと引き継がれていることを示しています。

また、関西看護医療大学の2025年度事業報告書でも、兼高かおる基金奨学金が給付型奨学金制度として継続運用されていたことが確認できます。

【兼高かおるの現在は?2026年最新の活動と残された功績】

2026年11月時点

兼高かおるは、2019年1月5日、心不全のため90歳で亡くなりました。

そのため、2026年現在、本人が新たにテレビ出演や取材活動を行っているわけではありません。

しかし、基金や関係団体による活動を通じて、その名前と仕事は今も受け継がれています。

2026年の兼高かおる賞は市川紗椰が受賞

2026年6月には、一般社団法人日本旅行作家協会が第4回兼高かおる賞の受賞者を発表しました。

受賞者はタレントの市川紗椰です。

兼高かおる賞は、海外旅行ブームを牽引した兼高の業績をたたえ、その精神を後世に伝えるために創設された賞です。

評価の対象となるのは、単に旅行経験が豊富なことだけではありません。

- 企画力
- 行動力
- 表現力
- チャレンジ精神
- 好奇心
- 国際貢献
- 旅に関する活動

こうした要素を重視して受賞者が選ばれています。

これまでの受賞者には、ヤマザキマリ、山口智子、サヘル・ローズらがいます。

2026年の市川紗椰の受賞は、兼高の功績が現在の旅行文化や国際的な情報発信にもつながっていることを示す出来事です。

兼高かおるの収集品は野外民族博物館リトルワールドへ

兼高は、150カ国以上を訪問する中で、各国の文化や生活を伝える数多くの品々を収集していました。

これらのコレクションは、単なる旅行のお土産ではありません。

現地の生活様式や民族文化を知るための貴重な資料でもあります。

2025年には、一般財団法人兼高かおる基金が、愛知県犬山市の野外民族博物館リトルワールドへのコレクション移管を進めるため、クラウドファンディングを実施しました。

基金の公式発表によると、結果は次のとおりです。

- 支援者数:526人
- 寄付総額:11,720,000円
- 移管先:野外民族博物館リトルワールド

目標額を上回る支援が集まり、コレクションの保存・展示に向けた取り組みが進められています。

これは、兼高の取材活動が映像だけでなく、実物資料としても後世に残されることを意味します。

2026年も番組映像の再放送や関連企画が続く

2026年には、基金が関連企画を複数告知しています。

主なものは次のとおりです。

- 2026年4月29日~6月15日:松本市立博物館の特別展「旅心」で取材メモや旅道具などを紹介。
- 2026年5月26日:日比谷図書文化館で兼高かおるの旅をテーマにした講演会を開催。
- 2026年9月29日・30日:放送大学の番組で『兼高かおる世界の旅』に関連する映像を再放送する予定が告知された。

いずれも基金が公式に発信した企画です。

こうした動きを見ると、2026年の兼高かおるの現在を語るうえで重要なのは、本人の近況ではなく、残された映像、資料、そして旅の精神を次世代へどう伝えるかという点にあります。

【兼高かおるの功績をどう評価する?プロの結論】

兼高かおるの功績は、150カ国以上を旅行したという数字だけでは測れません。

本質的な価値は、海外旅行が一般的でなかった時代に、自分自身の目で見た世界を日本の人々に伝え続けたことにあります。

旅行番組をジャーナリズムへと高めた存在

現在の旅行番組では、観光名所、グルメ、ホテルなどを紹介する構成が一般的です。

しかし、兼高の番組はそれだけではありませんでした。

現地の人々の暮らし、歴史、宗教、社会事情にも目を向けていました。

2017年のインタビューでは、現地の一般の人々と交流することの大切さについても語っています。

華やかな観光地だけでなく、そこに住む人々の本音を知ろうとする姿勢が、取材の質を支えていたのです。

また、企画から取材、制作、ナレーションまで一貫して携わったことも重要です。

取材対象を自分で選び、自分で確かめ、自分の言葉で伝える。

この一連の仕事を長期間続けたことが、彼女独自の表現を生み出しました。

旅の経験を社会貢献へつなげたこと

もう一つの重要な功績が、兼高かおる基金です。

医師になりたかったという若い頃の夢を、奨学金という形で次の世代に託しました。

旅行ジャーナリストとして世界を見てきた彼女が、最終的に医療人材の育成や文化資料の保存に力を注いだことには、一貫した社会貢献への思いが感じられます。

旅で得た知識や経験を、自分だけの財産にせず、社会に還元する。

これこそが、兼高かおるの生涯から読み取れる大きな教訓です。

【兼高かおるに関するよくある質問(FAQ)】

Q1:兼高かおるの本名は何ですか?

A1:本名は兼高ローズ(かねたかローズ)です。1928年2月29日に兵庫県神戸市で生まれました。

Q2:兼高かおるは何カ国を訪問しましたか?

A2:150カ国以上です。資料によっては約160カ国と紹介されています。移動距離は約721万キロメートルで、地球約180周分に相当します。

Q3:兼高かおるは結婚していましたか?

A3:生涯独身で、結婚歴はありません。2017年のインタビューでは、『世界の旅』に青春を捧げたことを本人が振り返っています。

Q4:兼高かおるはいつ亡くなりましたか?

A4:2019年1月5日です。心不全のため90歳で亡くなりました。

Q5:兼高かおる基金はなぜ設立されたのですか?

A5:本人が若い頃に医師になる夢を持っていたことが背景にあります。医師や看護師を目指す学生を支援するため、2014年に設立されました。

Q6:関西看護医療大学の奨学金はいくらですか?

A6:2025年度の入学者選抜要項では、兼高かおる基金奨学金は月額5万円の給付型で、給付期間は1年次後期から4年次までの3年半とされています。基金の公開情報では、同大学の対象入学年度は2016~2025年度です。

Q7:2026年現在、兼高かおるの功績はどのように受け継がれていますか?

A7:兼高かおる賞、基金による奨学金、リトルワールドへの収集品移管、番組映像の再放送などを通じて継承されています。2026年の第4回兼高かおる賞は市川紗椰が受賞しました。

兼高かおるは、1928年に神戸で生まれ、香蘭女学校卒業後にアメリカへ留学し、ジャーナリストとして世界へ羽ばたいた人物です。

1959年から1990年まで続いた『兼高かおる世界の旅』では、150カ国以上を取材し、地球約180周分に相当する距離を移動しました。

生涯独身という生き方についても、本人は番組に青春を捧げたことを語っています。

そして、2014年には兼高かおる基金を設立。医師や看護師を目指す若者への奨学金支援という形で、自分が若い頃に抱いていた夢を次世代へ託しました。

2019年1月5日に90歳で亡くなった後も、その活動は終わっていません。

2026年には兼高かおる賞の第4回受賞者が決まり、貴重な収集品の保存や番組映像の継承も進んでいます。

世界を見て、知り、伝える。そして、その経験を次の世代に手渡す。

兼高かおるの生涯は、旅を仕事にした一人の女性の物語であると同時に、好奇心と行動力が社会に何を残せるのかを教えてくれる人生でもあります。

主な根拠資料: TBS、一般財団法人兼高かおる基金、兵庫県立美術館・兵庫文学館、日本旅行作家協会、関西看護医療大学、週刊女性PRIME、T JAPANの公式情報・取材記事。

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室井 健太
コンテンツディレクター 室井 健太
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