反天連(はんてんれん)とは、1984年に結成された「反天皇制運動連絡会」の略称です。天皇制の廃止を掲げ、昭和天皇の死去をめぐる社会状況への対抗を出発点として、集会やデモ、機関紙の発行、靖国神社への抗議行動などを展開してきました。
約37年間にわたって活動した反天連は、2021年に解散しています。しかし、2019年の平成から令和への代替わり反対運動や、2021年まで発行された機関紙『反天皇制運動 Alert』、そして2026年現在も続く反天皇制・反靖国をめぐる市民運動を理解するうえで、その歴史は重要な意味を持っています。
【基礎知識】反天連とは?正式名称・結成目的と団体の特徴

反天連の正式名称は、反天皇制運動連絡会です。
1984年に結成された、天皇制に反対する市民運動の連絡組織で、略称の「反天連」は正式名称の冒頭部分から取られています。
国立国会図書館の典拠データにも、団体名として「反天皇制運動連絡会」が登録されています。これは、同団体が実際に出版活動を行い、資料を残してきたことを示す記録の一つです。
反天連が掲げた基本理念反天連の中心的な主張は、天皇制そのものを政治・社会制度として問い直し、最終的には廃止を目指すことでした。
特に重視していた論点は次のとおりです。
- 天皇制と国民主権の関係
- 生まれによって特別な身分が保障される制度への批判
- 象徴天皇制と民主主義・基本的人権の関係
- 天皇制と日本の侵略戦争・植民地支配の歴史
- 靖国神社と国家による戦没者追悼の問題
- 皇室儀礼と政教分離、憲法との関係
重要なのは、反天連が単に個々の天皇や皇族への反感を表明する団体ではなかったことです。
同団体は、戦後の日本国憲法で定められた象徴天皇制についても批判の対象としました。
天皇個人の言動と、天皇という地位を制度として維持することは別の問題である、という考え方が、その主張の根底にありました。
反天連は政党や行政機関とは異なる市民運動団体反天連は、特定の政党や政府機関ではありません。
独自の機関紙やパンフレットを発行し、天皇制に関する問題提起を続けるとともに、ほかの市民団体や運動グループと連携して行動していました。
また、反天連の歴史を追う際には、同団体と、より広い反天皇制運動全体を区別する必要があります。
反天連が解散したことは、天皇制に反対するすべての運動が終了したことを意味しません。
【歴史を時系列で解説】反天連は1984年にどのように結成されたのか
結成の背景は昭和天皇の「Xデー」への対抗反天連が発足した1984年、日本では中曽根康弘政権による「戦後政治の総決算」が政治的なスローガンとして掲げられていました。
日米同盟の強化、靖国神社への公式参拝をめぐる議論、国家意識の再編などが政治課題となっていた時期です。
反天連の2016年の第10期への呼びかけ文書では、結成の目的を、昭和天皇の「Xデー」状況と対決すること、そして大衆的な政治闘争として反天皇制運動を目指すことだったと説明しています。
ここでいう「Xデー」とは、昭和天皇の死去を指す運動側の表現です。
つまり、反天連の結成時点では、天皇制に関する抽象的な制度論だけではなく、昭和天皇の死去に伴って起こり得る社会的な自粛や国家的な追悼、天皇を中心とする社会的統合への対抗が大きな課題でした。
2026年に掲載された社会運動史研究の書評でも、1984年の結成について、天皇制廃止や憲法違反の制度批判そのものよりも、来るべきXデーへの準備と対決が当初の結集軸だったと紹介されています。
1989年から1990年にかけて運動が広がる1989年1月、昭和天皇が亡くなり、社会は大きな転換期を迎えました。
その後、平成への改元、新天皇の即位、大嘗祭など、皇室をめぐる一連の儀式が行われます。
反天連は、この時期の天皇制をめぐる社会的な動きに対し、反対運動を展開しました。
当時の反天皇制運動では、天皇の死去に伴う自粛、追悼のあり方、戦争責任、天皇制と国家の関係などが主要な争点となっていました。
反天連の2016年の活動方針文書も、1989年の昭和天皇のXデーと新天皇の即位・大嘗祭への反対運動が、全国化・大衆化したことを振り返っています。
反天連の歴史を整理した年表| 時期 | 出来事 | 意味・背景 |
|---|---|---|
| 1984年 | 反天皇制運動連絡会が発足 | 昭和天皇のXデーへの対抗を結集軸とする |
| 1989年 | 昭和天皇の死去 | 自粛や追悼、戦争責任などが争点に |
| 1990年前後 | 即位・大嘗祭をめぐる反対運動 | 代替わりに伴う国家的儀式への異議 |
| 2016年6月 | 第10期が始動 | 月刊紙『反天皇制運動 Alert』の刊行開始 |
| 2018年8月 | 代替わり問題のパンフレットを発行 | 生前退位や象徴天皇制の再編を批判 |
| 2019年4〜5月 | 反天WEEKを実施 | おわてんねっとによる代替わり反対運動 |
| 2021年 | 反天連が解散 | 長年の団体活動に終止符 |
| 2021年5月 | 機関紙の刊行記録が終了 | 国立国会図書館の書誌記録上の終刊時期 |
| 2026年 | 関連資料の保存と別団体による活動が継続 | 反天連そのものの再結成とは区別される |
この年表から分かるのは、反天連が昭和から平成への移行期だけの一時的な抗議団体ではなかったことです。
象徴天皇制が定着した後も、天皇制の政治的・社会的な役割を問題にしながら活動を続けていました。
【主張と活動内容】反天連は何を批判し、どのような運動を行ったのか
1.天皇制廃止を目指す政治・社会制度への批判反天連の主張で最も重要なのが、天皇制の廃止です。
日本国憲法第1条では、天皇は日本国および日本国民統合の象徴と定められています。
一方、反天連は、この象徴という立場自体が、国民の平等や民主主義とどのように両立するのかという問題を提起していました。
特に問題視したのが、天皇という地位が選挙や個人の意思によって決まるものではなく、皇位継承制度によって特定の家系に引き継がれる点です。
同団体の主張では、こうした制度は生まれによる身分の違いを維持するものであり、個人の尊厳や平等という原則との間に矛盾があるとされていました。
これは反天連側の政治的・思想的立場であり、天皇制をめぐる法的・政治的議論には異なる見解も存在します。
2.靖国神社への抗議行動反天連の活動を理解するうえで外せないのが、8月15日前後の反靖国行動です。
靖国神社は、戦没者を祭神として祀る神社です。
その参拝や国家との関係をめぐっては、政教分離、戦争責任、歴史認識などの問題が長年議論されてきました。
反天連は、靖国神社をめぐる国家的な追悼や戦争の記憶の扱いを批判し、反靖国行動に参加していました。
2016年の『反天皇制運動 Alert』に収録された活動記録には、反天連も参加する実行委員会による8月15日の反靖国行動が記されています。
2017年の機関紙にも、8月15日の集会やデモに関する報告が掲載されています。
同団体にとって靖国神社への抗議は、単独の宗教問題ではなく、天皇制、国家による戦没者追悼、日本の戦争責任を結び付けて考える活動の一部でした。
3.天皇の代替わりに反対する活動反天連は、天皇の交代に伴う国家的な儀式にも異議を唱えてきました。
特に大きな活動となったのが、2019年の平成から令和への代替わりです。
2016年7月、明仁天皇(当時)の生前退位の意向が報道されると、反天連はこれを天皇制の再編という観点から批判しました。
その後、退位特例法、即位の儀式、大嘗祭などについて、憲法や国民主権との関係を問題視する声明や論考を発表しました。
2018年8月15日には、パンフレット『Alert!!! 「代替わり」状況へ』を発行しています。
この資料には、反天連が2016年以降に発表した声明や主張、天皇の生前退位、即位、大嘗祭、改元などをめぐる議論がまとめられています。
4.機関紙『反天皇制運動 Alert』による情報発信
『反天皇制運動 Alert』
2016年6月〜2021年5月・刊行記録
反天連が発行していた月刊紙。天皇制をめぐる政治・社会問題、声明、集会情報、活動報告などを掲載していた。
反天連の活動を知るうえで、機関紙は非常に重要な一次資料です。
国立国会図書館の書誌情報によると、『反天皇制運動 Alert』は第X期・反天皇制運動連絡会が編集・発行し、2016年6月から2021年5月まで刊行されました。
0号から特別58号までの記録があり、刊行頻度は月刊、現在の刊行状態は終了となっています。
この機関紙は、反天連がどのような問題を重視し、時代ごとの政治状況をどう捉えていたのかを追うための貴重な資料です。
【2019年の重要な転換点】反天連の代替わり反対運動と「おわてんねっと」
「終わりにしよう天皇制!『代替わり』反対ネットワーク」の結成2019年の代替わりをめぐって、反天連はほかの運動団体と連携しました。
その際に結成されたのが、「終わりにしよう天皇制!『代替わり』反対ネットワーク」です。
略称は「おわてんねっと」。
反天連は統一共産同盟などとともに、このネットワークを結成しました。
警察庁が公表した令和元年版『焦点』でも、この活動について具体的に記録されています。
反天WEEKの開催2019年4月27日から5月1日までの5日間、反天連などが関わる「おわてんねっと」は「反天WEEK」と称する集会・デモを実施しました。
目的は、天皇制の廃絶を訴え、代替わりに伴う一連の儀式に反対することでした。
その後、秋に行われた即位礼正殿の儀や大嘗宮の儀などに際しても、同ネットワークは東京都内で集会やデモを行っています。
警察庁の記録には、2019年10月22日の「おわてんねっと」のデモで、警備中の警察官に暴行を加えた参加者3人が公務執行妨害罪で逮捕されたとの記載もあります。
これは当該デモに関する警察庁の記録であり、反天連の全活動や参加者全体を同一視するものではありません。
反天連とおわてんねっとの関係ここで整理しておきたいのが、両者の違いです。
| 名称 | 位置付け | 主な役割 |
|---|---|---|
| 反天連 | 反天皇制運動連絡会 | 長期的な反天皇制運動 |
| おわてんねっと | 複数団体によるネットワーク | 2019年の代替わり反対運動 |
| 統一共産同盟 | 運動に参加した団体 | おわてんねっとの共同活動 |
| 反靖国行動実行委員会 | 反靖国行動の実行組織 | 靖国神社や国家追悼をめぐる抗議 |
このように、反天連は単独で活動するだけでなく、課題に応じて複数の団体と連携していました。
そのため、当時の反天皇制運動をすべて反天連の単独活動と捉えるのは正確ではありません。
【2021年に解散】反天連が活動を終えた経緯と理由
反天連は2021年に正式に解散した反天連は、1984年の発足から長年にわたって活動した後、2021年に解散しました。
団体自身の資料を保存する「Archives of 反天連」では、1984年の第1期から2021年の第X期まで活動し、解散したグループとして紹介されています。
つまり、反天連は現在も存続している団体ではありません。
解散前に表れていた運動上の課題解散を理解するための重要な資料が、2021年3月2日発行の『反天皇制運動 Alert』57号です。
この号は誌面上で「最終号」と明記されています。
そこには、長年の運動を振り返る文章が掲載されており、反天連が直面していた課題が読み取れます。
特に注目されるのは、天皇制についての批判的な分析や情報発信を続けてきた一方で、天皇制に反対する声が30年前より大きくなったとはいえず、むしろ小さくなっているという問題意識です。
また、社会で生じる不満や不平等への反発が、天皇制そのものへの批判には結び付きにくいという分析も示されています。
これは、反天連自身が運動の広がりについて厳しい認識を持っていたことを示す資料です。
解散の理由は何だったのか反天連の解散については、次の3点を分けて理解する必要があります。
第一に、団体としての活動に区切りが付いたこと。
2021年に解散した事実は、団体自身のアーカイブによって確認できます。
第二に、運動の大衆化が課題だったこと。
2021年の最終号では、反天皇制を掲げる声が以前より大きくなっていないという自己評価が記されています。
第三に、解散の背景を一つの理由だけで説明することはできないこと。
解散に関する詳細な経営的・組織的事情を網羅した公表資料は、保存されている主要なアーカイブからは読み取れません。
そのため、運動の広がりにくさが解散の背景を考える重要な手掛かりであることと、それが唯一の解散理由だったと断定することは区別すべきです。
機関紙の終了も重要な節目国立国会図書館の記録では、『反天皇制運動 Alert』の刊行期間は2016年6月から2021年5月です。
一方、2021年3月発行の57号には「最終号」と記されています。
このため、通常号の最終号と、書誌記録上の特別号を含む刊行終了時期は区別して理解する必要があります。
反天連の活動を振り返る際には、解散年だけでなく、こうした出版記録も重要な手掛かりになります。
【2026年最新情報】反天連の現在の活動と反天皇制運動の行方
反天連そのものは現在活動しているのか2026年11月時点で、反天連は2021年に解散した団体として位置付けられています。
現在、かつての反天連が第11期として活動を再開したことを示す公表資料は確認できません。
したがって、2026年に開催される反天皇制関連の集会や反靖国デモを、すべて反天連の活動と説明するのは誤りです。
ただし、反天連の解散後も、天皇制や靖国神社をめぐる問題提起は別の団体や市民運動によって続けられています。
「反天ジャーナル」は2026年も更新されている
反天ジャーナル
天皇制を知る・考えるための情報サイト
天皇制に関する一次資料、論考、批評、運動情報などを掲載している。
反天連の歴史を調べる際に重要なのが、現在も情報を発信している「反天ジャーナル」です。
このサイトには「Archives of 反天連」という資料保存ページがあり、反天連が発行したニュースレターやパンフレットを公開しています。
一方、反天ジャーナル自身の説明では、発行主体は目的を共有する有志による「反天ジャーナル」編集委員会です。
つまり、反天連の資料を保存・紹介していることと、反天連という団体が再結成されていることは別問題です。
2026年9月時点でも同サイトには新しい記事が掲載されており、天皇制や靖国神社に関する議論が続いています。
2026年の反靖国行動にも注目2026年7月10日には、「国家・天皇による『慰霊・追悼』を許すな!反『靖国』行動」という呼びかけが反天ジャーナルに掲載されました。
呼びかけ主体は「国家・天皇による『慰霊・追悼』を許すな!反『靖国』行動実行委員会」です。
参加を呼びかけている団体には、アジア連帯講座、研究所テオリア、市民の意見30の会・東京、立川自衛隊監視テント村、靖国・天皇制問題情報センターなどがあります。
呼びかけ文では、靖国神社と国家による追悼、戦争責任、軍事政策、天皇制の関係などが論点として掲げられています。
この2026年の活動は、反天連そのものの活動ではなく、別の実行委員会と参加団体によるものです。
この区別は、現在の反天皇制運動を正しく理解するうえで欠かせません。
反天皇制運動 Alertと現在の運動は何が違う?| 比較項目 | 反天連の活動 | 2026年の関連運動 |
|---|---|---|
| 組織 | 反天皇制運動連絡会 | 複数の市民団体・実行委員会 |
| 状態 | 2021年に解散 | 個別団体が活動を継続 |
| 情報発信 | 機関紙 Alert | 反天ジャーナルなど |
| 主な論点 | 天皇制廃止、代替わり、靖国問題 | 靖国、戦争責任、天皇制、国家による追悼 |
| 活動の形 | ニュースレター、集会、デモ | 集会、デモ、声明、資料公開 |
この比較から分かるのは、一つの団体が解散しても、その団体が取り上げていた社会問題まで消滅するわけではないということです。
反天連の歴史は、1980年代から2020年代にかけて、天皇制をめぐる批判や市民運動がどのように展開してきたのかを考える材料になっています。
【プロの結論】反天連の歴史から読み取れる3つの要点
反天連を理解する際には、単に「天皇制に反対していた団体」と説明するだけでは不十分です。
その活動には、戦後日本の政治構造、象徴天皇制、戦争責任、国家的追悼、民主主義と平等をめぐる議論が重なっています。
特に重要なのは次の3点です。
1.反天連は昭和天皇のXデーを見据えて結成された
1984年の結成時点では、昭和天皇の死去に伴う社会的変化への対抗が大きな結集軸でした。1989年以降の活動は、その問題意識が実際の政治・社会運動へ展開した過程として理解できます。
2.反天連の批判対象は戦前の天皇制だけではなかった
戦後の象徴天皇制についても、国民主権や個人の平等との関係を問い続けました。これは同団体の思想的な特徴です。
3.2021年の解散と2026年の関連運動は分けて考える必要がある
反天連という組織は解散しました。しかし、資料の保存や、別の団体による反靖国行動、天皇制をめぐる議論は続いています。
反天連を調べる読者にとって、最も重要なのは、団体の歴史と現在の関連運動を混同しないことです。
【反天連に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:反天連とは何の略ですか?
反天連は「反天皇制運動連絡会」の略称です。1984年に結成された、天皇制の廃止を掲げる市民運動団体でした。
Q2:反天連はなぜ天皇制に反対していたのですか?
天皇という地位が特定の家系に継承される制度と、国民主権や個人の平等との関係に問題があると考えていたためです。また、戦争責任や靖国神社、国家による追悼のあり方なども批判していました。
Q3:反天連は2021年に解散したのですか?
はい。団体自身のアーカイブでは2021年に解散したと記録されています。機関紙『反天皇制運動 Alert』も2021年に刊行を終了しています。
Q4:反天連は靖国神社でデモを行っていたのですか?
はい。反天連は8月15日前後の反靖国行動に参加していました。靖国神社と国家による戦没者追悼、戦争責任などを問題として取り上げていました。
Q5:反天連は2026年も活動していますか?
反天連そのものは2021年に解散しており、2026年に再結成されたことを示す公表資料は確認できません。ただし、別の市民団体や実行委員会による反靖国行動や天皇制に関する議論は続いています。
Q6:反天皇制運動 Alertは現在も発行されていますか?
いいえ。国立国会図書館の書誌情報では、2016年6月から2021年5月までの刊行記録があり、現在は刊行終了となっています。過去の号は反天連のアーカイブで保存されています。
反天連(反天皇制運動連絡会)は、1984年に結成され、昭和天皇のXデーをめぐる社会状況への対抗から活動を開始した市民運動団体です。
天皇制廃止を掲げ、象徴天皇制への批判、靖国神社への抗議、代替わり反対運動、機関紙による情報発信などを行ってきました。
2019年には「おわてんねっと」と連携して代替わり反対運動を展開しましたが、2021年に団体としての活動を終えています。
2026年現在、反天連そのものは存続していません。一方、反天ジャーナルによる資料保存や、別の市民団体による反靖国行動などは続いています。
反天連の歴史を調べる際は、次の資料を確認すると理解が深まります。
- 国立国会図書館: 反天皇制運動連絡会の団体典拠情報と機関紙の書誌情報
- Archives of 反天連: 1984年から2021年までの活動資料
- 警察庁『令和元年版 焦点』: 2019年の代替わり反対運動に関する公的記録
- 反天ジャーナル: 2026年の天皇制・靖国神社問題に関する論考や運動情報
反天連を知ることは、一つの市民運動団体の沿革を知るだけでなく、戦後日本における天皇制、民主主義、戦争責任をめぐる議論の変遷を理解することにもつながります。