遠藤聖大(えんどう・しょうた)
元大相撲力士・年寄北陣
- 生年月日:1990年10月19日
- 出身地:石川県鳳珠郡穴水町
- 身長:184cm
- 体重:144kg(協会登録値)
- 所属:追手風部屋
- 最高位:小結
- 年寄名:北陣
遠藤聖大は、石川県穴水町で生まれました。小学1年生から相撲を始め、地元の金沢学院東高校(現・金沢学院大学附属高校)を経て、日本大学に進学しています。
大学時代には相撲部で活躍し、4年生のときに全日本相撲選手権大会で優勝。アマチュア横綱の称号を獲得しました。国体成年Aでも優勝するなど、学生相撲界で確かな実績を残しています。
こうした実績を引っ提げて追手風部屋に入門した遠藤は、2013年3月場所で初土俵を踏みました。学生時代から培った技術と基礎体力が、プロ入り後の急速な出世を支えました。
なお、現在の日本相撲協会のプロフィールでは、年寄・北陣聖大として登録されています。本名と現役時代の四股名が同じだったため、引退後は年寄名跡に由来する北陣の名前で活動しています。
【経歴・成績】西小結まで上り詰めた遠藤の相撲人生

遠藤の現役時代を語るうえで欠かせないのが、初土俵から新入幕までの異例のスピードです。
2013年3月に幕下付け出しでデビューすると、同年7月場所には新十両として14勝1敗を記録し、十両優勝を達成。さらに9月場所で新入幕を果たしました。初土俵から所要3場所での入幕は、当時の昭和以降の最速記録として大きな話題になりました。
髷を結う前のざんばら髪で幕内の土俵に上がる姿も注目を集め、実力と人気を兼ね備えた新星として相撲界に登場しました。
遠藤の主な経歴・成績一覧日本相撲協会の公式プロフィールおよび当時の報道を基に整理
現役時代の通算成績は、527勝494敗88休(75場所)。幕内では69場所を務め、480勝482敗73休を記録しました。
三賞は殊勲賞1回、敢闘賞1回、技能賞4回の合計6回。横綱に勝利した証である金星も7個獲得しています。一方、幕内優勝はありません。優勝経験の有無だけでは測れない、上位での安定した存在感が遠藤の持ち味でした。
特に注目したいのは、金星7個という数字です。横綱と対戦する機会が多い上位の番付で、実際に勝利を積み重ねた証拠でもあります。最高位は小結でしたが、横綱や大関を相手に正面から勝負する姿勢は、多くの相撲ファンに印象を残しました。
【得意技を分析】遠藤の四つ相撲はなぜ評価されたのか?
遠藤の相撲は、単純な押し相撲ではありません。日本相撲協会が公表している得意技は、突っ張り・左四つ・寄りです。
立ち合いでは突きや押しで相手の体勢を崩し、組み合った後は左四つから寄り切る。相手の体格や出方に応じて攻め方を変えられる点が、遠藤の技術的な強みでした。
1.左四つからの組み立て四つ相撲とは、互いにまわしを取り合って組み合う相撲のことです。遠藤は左四つを得意とし、相手との間合いを詰めながら有利な体勢を作る技術に長けていました。
特に評価されたのは、無理に力で押し込むのではなく、重心の低さを生かして相手の動きを制御するところです。足腰の柔軟性や基礎的な動作が、組んでからの安定感につながっていました。
2.突っ張りと寄り切りを組み合わせる攻撃遠藤は子どもの頃から突き押しを得意としていましたが、大学進学後は四つ相撲を取る機会が増えたとされています。
そのため、立ち合いから突き押しで相手を後退させる攻めと、組んでから寄る攻めの両方を使える力士になりました。相手が距離を取れば押し、組めば四つで攻めるという選択肢を持っていたことが特徴です。
3.土俵際の足さばきと正攻法遠藤は土俵際での足さばきにも定評がありました。体勢が崩れた場面でも足を使って残し、逆転の機会をうかがう技術は、柔軟な下半身に支えられていました。
また、奇襲的な変化に頼らず、正面から相手に向かう取り口も評価されていました。勝敗だけでなく、どのように勝負するかという点でも、遠藤の相撲には一貫性がありました。
こうした特徴は、技能賞4回という実績にも表れています。遠藤の魅力は単純なパワーではなく、相手の動きを読み、組み手と足運びを組み合わせて勝負する技術にあったのです。
【結婚・妻・子供】2019年の結婚発表と家族構成
遠藤聖大は2019年5月に一般女性と結婚しています。結婚が公になったのは同年10月11日。神奈川県相模原市で行われた秋巡業の際、本人が報道陣に明かしました。
当時28歳だった遠藤は、人気力士として女性ファンからも高い支持を集めていましたが、結婚相手については一般女性であること以外、詳しい情報を公表していません。
結婚発表までの経緯2019年10月11日の日刊スポーツなどの報道によると、遠藤と妻の出会いは知人の紹介でした。
2019年3月の春場所後には師匠の追手風親方に結婚の意向を伝え、5月に妻を部屋へ連れて行って紹介。同じ月に部屋を出て、夫婦での生活を始めていました。
つまり、10月に突然結婚したわけではありません。実際の入籍は5月で、約5か月後に本人が公表したという経緯です。
結婚について遠藤は、妻に支えてもらっていることや、幸せな家庭を築きたいという思いを語りました。一方で、相手の年齢や職業については明かさず、挙式や披露宴も行わない意向を示していました。
「芸能人じゃないからね、力士は。土俵の上で頑張っている姿を見せられればいい」
これは2019年10月11日の結婚報道で伝えられた遠藤の言葉です。私生活を必要以上に表に出さず、力士としての仕事で評価されたいという考えがうかがえます。
妻はどんな人?名前や顔写真は公表されている?妻は知人の紹介で知り合った一般女性です。本人が結婚を公表した際も、年齢や職業などの詳細は明らかにしていません。
そのため、インターネット上で見かける妻の職業や顔写真、詳しいプロフィールについては、本人が公表した情報と区別する必要があります。著名人の配偶者や関係者と結び付ける未確認情報も、本人の発表や信頼できる報道による裏付けがなければ事実とは扱えません。
遠藤は結婚当初から公私を分ける姿勢を示しており、妻のプライバシーを守る形で家庭生活を送っていると考えられます。
長男はいつ誕生した?現在の子供は何人?遠藤には子供がいます。長男は2020年11月に誕生したと伝えられています。
この時期の遠藤は、2020年11月場所で初日から4連勝するなど好調なスタートを切り、最終的に8勝7敗で勝ち越しました。長男の誕生は、現役生活を続けるなかで父親になった大きなライフイベントでした。
加えて、2025年11月のデイリースポーツの引退会見報道では、遠藤が1男1女の父親であることも紹介されています。したがって、現在公に報じられている家族構成は妻と長男、長女です。
ただし、子供の名前や生年月日、顔写真、学校などの詳細は広く公表されていません。引退会見では、子供と走り回りたいという趣旨の話もあり、現役時代には難しかった家族との時間への思いも伝わってきます。
【引退の理由】遠藤はなぜ35歳で現役生活に幕を下ろしたのか?
遠藤が引退を決断した最大の背景には、長年苦しんできた両膝の故障があります。
学生時代から膝の大きなけがを経験しており、現役中も慢性的な痛みを抱えながら土俵に立ち続けていました。2015年春場所には左膝の前十字靱帯断裂などの大けがを負っています。
2025年の両膝手術から引退まで2025年7月10日、遠藤は右膝の手術を受けました。名古屋場所を全休した後、9月には左膝も手術することになり、秋場所も休場しました。
2場所連続の全休によって番付は大きく下がり、2025年九州場所では東幕下3枚目となりました。2013年の名古屋場所から長く守ってきた関取の座も失うことになり、競技生活を続けるうえで大きな転換点を迎えました。
なお、現役最後の出場場所となった2025年5月の夏場所では、9勝6敗と勝ち越しています。最後まで土俵で勝負する姿勢を見せていたことも、遠藤らしい現役生活の締めくくりでした。
そして2025年11月1日、日本相撲協会の理事会で引退と年寄「北陣」の襲名が承認されました。
引退会見で語った心境2025年11月9日、遠藤は福岡市内で引退会見を開きました。長年応援してきたファンに感謝を伝えるとともに、現役生活を振り返っています。
「悔いは一切ないです。本当に、いっぱいいっぱい、やりきりました」
日刊スポーツなどの報道によると、遠藤は当初、手術後も土俵復帰を目指してリハビリを続けていました。しかし、その過程で徐々に気持ちが変化し、引退を決断したと説明しています。
本人は、現役時代の最後まで故郷・石川県のファンや会場からの声援を力にしていたことにも触れました。特に、2025年5月場所の千秋楽は、もしかすると最後の一番になるかもしれないと感じながら土俵に上がっていたそうです。
引退を単なる成績の低下によるものと捉えるのは正確ではありません。長年の故障、手術後の回復、今後の生活や指導者としての役割などを考えたうえでの決断でした。
【プロの結論】遠藤聖大の引退が相撲界に残したもの
遠藤のキャリアを振り返ると、特筆すべきなのは、単なるスピード出世や人気だけではありません。学生相撲で培った技術をプロの土俵で発揮し、けがと向き合いながら幕内で69場所を務め上げたことです。
最高位は小結でしたが、金星7個、技能賞4回という数字は、上位力士に対しても通用する技術を持っていたことを示しています。優勝回数だけで力士の価値を測るのではなく、対戦相手の強さや取り口、長期間にわたる幕内での活躍も評価する必要があります。
また、引退後の北陣親方の活動には、現役時代の経験を次の世代へ伝えるという新しい役割があります。自身が経験した膝の故障や体づくりの難しさは、力士を指導するうえでも貴重な知見になるはずです。
特に注目したいのは、本人が指導に説得力を持たせるため、自身の体を使って経験を積み重ねようとしている点です。過去の実績に頼るのではなく、現在の体の状態や稽古の感覚を確かめながら、後進の育成に生かそうとしています。
今後の北陣親方を評価する際には、現役時代の番付だけでなく、次の3点を見ると活動の実態を理解しやすくなります。
- 指導者としての実績:追手風部屋でどのような力士の育成に携わるか。
- 相撲界での活動:本場所の業務やテレビ解説、ファン向けイベントなどでどのような役割を担うか。
- 自身の競技経験の還元:けがの予防や四つ相撲の技術を次世代にどう伝えていくか。
遠藤聖大のキャリアは、土俵での成功だけで完結していません。現役時代に磨いた技術と、長年のけがを通して得た経験を、今度は指導者として相撲界に還元していく段階に入っています。
【遠藤聖大の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:遠藤聖大は2026年現在、何をしていますか?
A1:年寄・北陣として追手風部屋に所属し、後進の指導、本場所の警備業務、テレビ解説などに携わっています。2026年10月にもイベントのトークショーに出演しています。
Q2:遠藤聖大の最高位は何ですか?
A2:最高位は小結です。2018年5月場所に西小結として新三役に昇進しました。その後も複数回、小結を務めています。
Q3:遠藤聖大の妻は誰で、子供は何人いますか?
A3:2019年5月に一般女性と結婚しました。妻の名前や詳しいプロフィールは公表されていません。2025年の報道では、子供は長男と長女の1男1女と紹介されています。
Q4:遠藤聖大はなぜ引退したのですか?
A4:慢性的な両膝の故障が大きな理由です。2025年7月に右膝、9月に左膝の手術を受け、リハビリを続けるなかで引退を決断しました。
Q5:遠藤の引退相撲はいつ開催されますか?
A5:2027年1月30日に両国国技館で開催予定です。現役最後の髷姿を披露する断髪式も行われます。
Q6:遠藤聖大の現役時代の通算成績は?
A6:日本相撲協会の公式プロフィールによると、527勝494敗88休(75場所)です。幕内では480勝482敗73休、金星7個、技能賞4回を記録しました。
遠藤聖大は石川県穴水町出身の元小結で、2013年の初土俵から2025年11月の引退まで、約12年半にわたって活躍しました。
現役時代には、左四つを中心とした四つ相撲と突っ張りを武器に、527勝494敗88休という成績を残しています。西小結への昇進、金星7個、技能賞4回など、実力面でも確かな足跡を刻みました。
私生活では2019年5月に一般女性と結婚し、現在は1男1女の父親です。家族の詳細を公にしない姿勢も、現役時代から一貫しています。
2026年現在は年寄・北陣として追手風部屋で後進の育成に取り組み、本場所の警備やテレビ解説、イベント出演など活動の幅を広げています。
そして2027年1月30日には、両国国技館で引退相撲が予定されています。ファンにとっては、力士・遠藤の姿に別れを告げ、北陣親方の新しい歩みを見届ける機会となるでしょう。
土俵で培った技術と、けがを乗り越えようとした経験を次世代へ伝えること。それが、これからの北陣親方に期待される大きな役割です。
主な参照資料:日本相撲協会公式サイト、石川県広報資料、日刊スポーツ、スポニチアネックス、デイリースポーツ、藍野大学短期大学部の公式発表。 (出典: 遠藤 聖 大(Yahoo!ニュース))