2014年の中咽頭がんを克服した坂本さんに、再び大きな病気が見つかったのは2020年6月です。本人が後年の自伝的連載で明かしたところによると、ニューヨークの病院で検査を受け、直腸がんと診断されました。
当初は放射線治療と抗がん剤による治療を進めていました。しかし、治療を続けてもがんが消えず、同年11月から12月にかけて日本で受けた検査によって、肝臓やリンパ節への転移が判明します。
その後、治療方針を見直すため別の医療機関で診察を受け、さらに肺への転移も確認されました。本人の回顧録では、病状について医師から厳しい見通しを告げられたことも記されています。
2021年1月21日、commmonsを通じて直腸がんを公表坂本さんが直腸がんを公にしたのは、2021年1月21日です。所属レーベルcommmonsが公式サイトに「音楽家 坂本龍一についてのご報告」を掲載しました。
この発表では、2014年の中咽頭がんは治療によって克服していたこと、そして前年に新たな直腸がんが見つかったことが説明されています。すでに手術を終え、治療を続けている状況も伝えられました。
同日、坂本さん本人もメッセージを発表しています。特に印象的だったのが、今後の人生と病気に向き合う姿勢を表した次の言葉です。
「これからは『がんと生きる』ことになります。」
加えて、もう少しだけ音楽を作りたいという希望も伝えました。病気を隠して活動を続けるのではなく、治療を受けながら可能な範囲で仕事を続けるという考えを示したのです。
なお、2021年1月の公式発表では、直腸がんの具体的なステージや転移先、手術時間などは公表されていません。こうした詳細は、翌2022年に本人が自らの連載で明らかにしていきました。
坂本龍一のがん闘病・公表を時系列で整理この年表から分かるのは、直腸がんの発見から公式発表まで約7か月の時間があったことです。また、2021年1月の公表時点ですでに手術を終えており、治療が進行していたことも要点です。
【ステージ4の真相】肝臓・リンパ・両肺への転移と20時間の手術
坂本龍一さんの闘病を語るうえで、大きな転機となったのが2022年6月の告白です。それまで所属先の公式発表では詳細が伏せられていた病状について、本人が『新潮』の連載で具体的に説明しました。
明らかになったのは、直腸がんが肝臓、リンパ節、肺へと転移していたこと、そして自身の病状がステージ4だったという事実です。
ステージ4と診断された背景ステージ4とは、がんが原発した場所から離れた臓器などに遠隔転移している状態を含む進行度です。国立がん研究センター中央病院の大腸がんに関する解説でも、他臓器への転移が認められる場合をステージ4と説明しています。
坂本さんの場合、最初に発生した直腸のがんに加え、肝臓やリンパ節への転移が確認され、その後、肺にも病変が見つかりました。本人が連載でステージ4と明かしたのは、こうした病状を踏まえたものです。
20時間に及んだ大手術とは?特に注目されたのが、2021年1月に受けた大規模な外科手術です。
坂本さんの回顧録によると、手術では直腸の原発巣と肝臓・リンパ節などの転移病巣を切除。さらに大腸を約30センチ切除する必要がありました。
当初予定されていた手術時間は約12時間でしたが、実際には約20時間に及びました。新潮社も、本人の連載開始時に直腸の原発巣と複数の転移巣を取り除く20時間の手術を経験したと紹介しています。
手術の規模だけでなく、その後の回復にも大きな負担が伴いました。坂本さんは手術前から体力や免疫力の低下を見越して準備していたことなどを、自らの文章で振り返っています。
両肺への転移と2021年10月・12月の手術直腸がんの手術を終えた後も、闘病は続きました。
2021年10月と12月には、両肺に転移したがんの摘出手術を受けています。これらの手術についても、2022年6月に始まった『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』の中で明かされました。
この期間には大小合わせて6回の手術を経験したことも公になっています。新潮社の連載紹介や当時の報道によれば、直腸の原発巣だけでなく、転移した腫瘍に対しても複数回の治療が必要でした。
手術によってすべての病巣がなくなったわけではなく、その後も薬物による治療を続ける状況だったと報じられています。
ここで押さえておきたいのは、坂本さんの闘病が一度の大手術で終わるものではなかったことです。原発巣の治療、転移病巣への対応、肺の手術と、状況に応じて治療を重ねていく長い過程でした。
【闘病中も創作を続けた】『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』に残された思い
坂本龍一さんの闘病を理解するうえで欠かせないのが、2022年6月7日に発売された『新潮』2022年7月号から始まった連載『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』です。
この連載は、2009年に刊行された自伝『音楽は自由にする』の続編にあたります。聞き手を務めたのは、旧知の編集者・鈴木正文さん。2009年以降の音楽活動や社会活動、病気との向き合い方、人生観などを本人の言葉で振り返る企画でした。
連載は2022年7月号から2023年2月号まで全8回にわたって掲載され、2023年6月21日には単行本として刊行されました。
なぜ「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」というタイトルなのかタイトルには、残された時間を意識する坂本さんの心境が込められています。
満月はおよそ1か月に一度訪れます。その回数を数えることは、残りの人生の時間を考えることにもつながります。
新潮社が掲載した連載開始時のコメントで、坂本さんは70歳を迎えた自分の状況を見つめながら、敬愛するバッハやドビュッシーのように最後まで音楽を作りたいという願いを語りました。
「最後の瞬間まで音楽を作れたらと願っています。」
この言葉は、単に病気と闘うという姿勢ではなく、限られた時間の中で何を残すかという創作者としての思いを表しています。
病気と向き合いながら発表した作品坂本さんは直腸がんを公表した後も、音楽や舞台芸術に関わり続けました。
代表的な仕事の一つが、アーティストの高谷史郎さんと共同制作したシアターピース『TIME』です。新潮社も、闘病中に発表した作品の一つとして紹介しています。
また、2023年1月17日にはアルバム『12』を発表しました。自身の誕生日に届けられたこの作品は、晩年の坂本さんの音楽的な思考や感覚を伝える重要な作品です。
加えて、2022年12月には最後のピアノソロ演奏を収録。後に映画『Ryuichi Sakamoto | Opus』として公開されることになる演奏記録も残しました。
闘病記録であると同時に、音楽家の自伝でもある『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』が特別な意味を持つのは、病気の記録だけに終わっていない点です。
YMOでの活動、『戦場のメリークリスマス』や『ラストエンペラー』の映画音楽、舞台作品、環境問題や平和問題への取り組みなど、坂本さんが歩んできた道のりも記されています。
新潮社の書籍紹介では、創作を支える哲学や社会活動、家族への思い、病気と共に生きることなどが主要なテーマとして挙げられています。
そのため、この本は坂本さんのがんの経緯を知る資料であると同時に、最晩年の創作姿勢を理解するための重要な記録でもあります。
【2023年3月28日】坂本龍一の逝去と2026年現在の状況
坂本龍一さんは、2023年3月28日、71歳で逝去しました。
訃報が公表されたのは同年4月2日です。株式会社キャブとエイベックス・エンタテインメント株式会社が連名で公式発表を行い、2020年6月に見つかったがんの治療を受けながらも、体調の良い日は自宅のスタジオで創作活動を続けていたことを明らかにしました。
発表文では、最期まで音楽と共にある日々だったことが伝えられています。また、本人の強い意志により、葬儀は近親者のみで執り行われたことも報告されました。
逝去の原因は公式発表でどう説明されている?2023年4月2日の公式発表は、坂本さんががんの治療を受けていたことと、2023年3月28日に亡くなったことを伝えています。
ただし、同発表では死因を医学的に特定する説明は記載されていません。そのため、がんの治療歴と逝去の事実を区別して理解する必要があります。
本人の自伝的連載をまとめた書籍には、最晩年の様子や闘病の記録が収録されています。坂本さんが亡くなる直前までどのように過ごしていたのかを知るには、本人の文章と公式発表を合わせて読むことが重要です。
2026年現在、坂本龍一のがんはどうなっている?2026年11月現在、坂本龍一さんはすでに逝去しており、現在の病状や治療状況は存在しません。
したがって、「坂本龍一のがんは治ったのか」「現在もステージ4なのか」という検索に対しては、2014年の中咽頭がんは寛解した一方、2020年に発見された直腸がんは転移を伴うステージ4として本人が公表し、その後も治療が続いたという経過を理解する必要があります。
2026年時点で確認できる重要な記録は、2014年と2021年の所属先による発表、2022年から2023年にかけての本人の連載、そして2023年4月の訃報です。
また、2023年6月に刊行された『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』や、2024年に発売された最後のピアノソロ作品『Opus』など、本人が残した作品を通じて、その最晩年の活動に触れることができます。
【情報検証】坂本龍一のがんに関する噂と事実の違い
坂本さんの闘病については、発表された時期や治療の詳細が異なるため、情報が混同されやすい部分があります。特に注意したいのは、最初の中咽頭がんと後年の直腸がんの関係です。
2014年のがんが再発したということ?2014年の中咽頭がんについては、2021年のcommmons公式発表で治療を経て克服したと説明されています。その後に見つかったのは直腸がんです。
したがって、同じ部位のがんが再発したと単純に説明するのは正確ではありません。本人と所属先が公表した情報に沿えば、2014年の中咽頭がんと2020年の直腸がんは、それぞれ別の発症として整理する必要があります。
2021年の直腸がん公表時点でステージ4だった?2021年1月の公式発表では、直腸がんの発見と手術の成功、治療継続が伝えられましたが、ステージについての説明はありませんでした。
ステージ4だったことや肺への転移などが本人の言葉で詳しく明かされたのは、2022年6月に始まった『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』でのことです。公表時期の違いを理解しておくと、報道内容の食い違いを避けられます。
がんになった原因は判明している?坂本さん本人や所属先の公表資料では、個人的ながんの発症原因を特定した説明は確認できません。生活習慣や特定の出来事を原因と結び付けることもできません。
また、2014年の中咽頭がんと2020年の直腸がんが、医学的にどのような関係にあったのかについても、本人が公表した内容を超えて断定することはできません。
病気の真相を知るために最も参考になるのは、公式発表と本人の著作です。ネット上の断片的な情報だけで発症原因や治療の詳細を決めつけないことが大切です。
【坂本龍一のがん】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:坂本龍一さんは何のがんを患っていましたか?
A1:2014年に中咽頭がん、2020年6月に直腸がんと診断されました。2014年の中咽頭がんは治療によって寛解しましたが、直腸がんは肝臓やリンパ節、肺への転移が明らかになりました。
Q2:坂本龍一さんのがんはステージ4だったのですか?
A2:はい。2022年に始まった『新潮』の連載『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』で、本人がステージ4であることを明かしています。
Q3:坂本龍一さんは両肺にもがんが転移していたのですか?
A3:はい。本人は2021年10月と12月に、両肺に転移したがんの摘出手術を受けたことを公表しています。
Q4:20時間の手術とは何の手術ですか?
A4:2021年1月に受けた直腸がんの原発巣と転移病巣を切除する大規模な手術です。大腸を約30センチ切除し、予定の約12時間を大幅に超える約20時間を要しました。
Q5:坂本龍一さんが亡くなったのはいつですか?
A5:2023年3月28日です。71歳でした。訃報は4月2日に所属先などから公式発表されました。
Q6:坂本龍一さんは2026年現在も闘病中ですか?
A6:いいえ。2023年3月28日に逝去しています。2026年現在は、本人の著作や音楽作品、映像作品などを通して、その人生と創作活動を振り返ることができます。
坂本龍一さんのがん闘病は、2014年の中咽頭がんの公表から始まり、治療による寛解を経て、2020年の直腸がん発見、ステージ4への進行、複数回の手術へと続きました。
特に重要なのは、2021年1月のcommmonsによる公式発表と、2022年から2023年にかけて本人が執筆・確認した『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』です。前者は病気の公表時点での状況を、後者は転移や手術、創作を続けた日々を伝える記録となっています。
約20時間の手術や両肺への転移という厳しい状況に直面しながらも、坂本さんは『TIME』やアルバム『12』などの作品を残しました。そして2023年3月28日、71歳でその生涯を閉じました。
2026年現在、坂本龍一さんのがんについて知ることは、単に病歴や死因を調べることではありません。病気と向き合いながら、自分に残された時間をどのように使い、何を創り続けたのかを知ることでもあります。
本人が残した『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』には、最晩年の思考や創作への情熱が記録されています。病気の経緯を正しく理解したうえでこの作品に触れることが、坂本龍一という音楽家をより深く知る手がかりになるはずです。
「Ars longa, vita brevis.」
芸術は長く、人生は短し。
坂本さんが愛したこの言葉は、逝去から3年余りが経過した2026年現在も、その音楽とともに残り続けています。
主な参照資料:commmons公式発表(2014年・2021年)、新潮社『新潮』連載紹介・書籍情報、国立がん研究センター中央病院、nippon.com、2023年4月2日の所属先訃報。