WANDS時代の上杉昇を知る人にとって、現在の姿は大きな変化を感じさせるものだろう。長髪とバンダナでステージに立っていた青年は、ソロ活動を始めてからスキンヘッドにした時期もあり、さらに猫騙ではネイティブ・アメリカンをモチーフにした衣装やメイクを取り入れた。
2026年6月の集英社オンラインのインタビューでは、こうした変化について本人が説明している。スキンヘッドにしたのは、ビリー・コーガンへの憧れと、頭に入れたタトゥーを見せたかったことが理由だった。加えて、WANDS時代のイメージから離れ、新しい音楽を確立したいという思いもあったという。
若い頃と現在の違いを比較| 比較項目 | 若い頃・WANDS時代 | 現在・ソロ活動期 |
|---|---|---|
| 音楽性 | ポップロックからオルタナティブ・ロックへ | ジャンルに限定されない表現 |
| 髪型 | リーゼント、襟足を伸ばした長髪、ロン毛とバンダナ | スキンヘッドにした時期など変化を重ねる |
| ステージ衣装 | ロックミュージシャンらしいスタイル | 独自の衣装やビジュアル表現 |
| 活動形態 | WANDSのボーカリスト | ソロアーティスト、ライブ中心 |
| 代表的な音楽活動 | WANDSのヒット曲を発表 | ソロ作品、ライブ、海外公演 |
| WANDSの楽曲との関係 | 自分の音楽性との違いに葛藤 | 自分の歌として再び歌う機会が増加 |
出典:集英社オンライン2026年6月16日掲載インタビュー、上杉昇公式プロフィール。
WANDSの曲を再び歌うようになった理由興味深いのは、現在の上杉がWANDS時代の楽曲に対して以前とは違う考え方を持っていることだ。
2026年の集英社オンラインの取材で、上杉は以前はWANDSの曲を歌うことに抵抗があったものの、最近はライブで歌う機会も増えたと明かしている。
特に「世界が終るまでは…」については、自分が作詞し歌った曲でありながら、すでに自分の手を離れて独り歩きしている作品だという認識を示した。
海外公演では、アニメ『SLAM DUNK』を通じて曲を知った中国の観客が、日本語の歌詞を一緒に歌うこともあるという。かつて自分の音楽性との違いに苦しんだ作品が、国や世代を超えて愛されている。その事実を受け止められるようになったことは、現在の上杉を理解するうえで大切な変化だ。
2026年最新活動!デビュー35周年に向けた動き上杉昇は2026年5月24日に54歳を迎えた。そして12月4日には、1991年のデビューから35周年という大きな節目を迎える。
公式サイトの発表や出演情報から、2026年の活動を整理すると次のようになる。
- 1月31日:山口県のボートレース下関で「ミュージックフェス&トークライブ」に出演。
- 5月:ファンクラブ会員限定のミニライブ・トークイベントや、最新DVDの先行試写会・トークイベントを東京・大阪で開催。
- 6月6日:「FUJI 24hオールナイトフェス」への出演が公式サイトで告知された。
- 7月:スペシャルディナーショーなどの活動情報を公開。
- 10月17日:沖縄・那覇TopNoteでアコースティックライブ「Glacierite OKINAWA 2026」を開催。
- 10月20日:ZIGGYの森重樹一のYouTube番組にゲスト出演。デビュー秘話やビーイング時代の話を披露し、「BIRDS ON STRINGS」のスペシャルセッションも行った。
- 11月8日:大阪・ボートレース住之江でスペシャルライブに出演予定。
- 11月16日:横浜BUNTAIで開催される横浜ビー・コルセアーズ対川崎ブレイブサンダース戦のハーフタイムに出演予定。「世界が終るまでは…」を披露する。
- 11月22日:福岡県のボートレース芦屋でスペシャルライブに出演予定。
- 12月4日:デビュー35周年を迎える。
また、11月3日には公式サイトでファンクラブ限定プレミアムライブの開催も発表された。35周年を記念するプロジェクトは2026年から2028年にかけて展開される予定で、節目の年を単発の記念公演だけで終わらせない動きも見えている。
これらの情報は、本人の公式サイトの出演スケジュール、ニュース、プロフィールに掲載されたものだ。特に11月8日、16日、22日の公演は、11月5日時点で発表されている今後の出演予定に当たる。
2025年には日本テレビ系『THE MUSIC DAY 2025』に出演し、「世界中の誰よりきっと」を約32年ぶりにテレビで歌唱した。さらに初のアジアツアーも開催。かつての代表曲を再び届けながら、ソロアーティストとして海外にも活動の場を広げている。
WANDSのヒット曲だけに依存するのではなく、自分自身の音楽を追求しながら、過去の作品とも新しい関係を築いている。現在の上杉昇の活動には、若い頃から続く音楽へのこだわりが一貫して表れている。
【プロの結論】若い頃の上杉昇を知ると、WANDS時代の歌が違って聴こえる
上杉昇の若い頃を振り返って見えてくるのは、単なる成功物語ではない。
15歳でロックに目覚め、16歳でバンドを結成し、17歳でライブ活動を始め、18歳でオーディションに挑戦。19歳でWANDSとしてデビューした。これだけを見ると、順調な音楽人生に思える。
しかし、その成功の裏には、好きな音楽を表現したいという思いと、商業的に求められる音楽との葛藤があった。
特に重要なのは、WANDS脱退を単なる人気絶頂期の離脱として捉えないことだ。上杉は成功を手放してでも、自分の音楽を追求する道を選んだ。柴崎浩とのal.ni.co、2002年からのソロ活動、猫騙での挑戦は、その選択の延長線上にある。
若い頃の写真に映るリーゼントや長髪、襟足へのこだわりも、現在まで続く自己表現の一部として捉えると意味が変わってくる。
そして2026年、54歳になった上杉は、かつて距離を置いていたWANDSの楽曲を再び歌い、35周年を迎えようとしている。過去を否定するのでも、過去の栄光にとどまるのでもない。自分の人生を通じて生まれた歌を、現在の自分の声で届けているのだ。
若い頃の上杉昇を知ることは、懐かしい90年代を振り返るだけではない。なぜ彼がWANDSを離れ、なぜ今も歌い続けているのかを理解するための手がかりになる。
【上杉昇の若い頃】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:上杉昇は若い頃、どこで育った?
上杉昇は1972年5月24日に埼玉県川越市で生まれた。11歳だった1983年に横須賀市へ移り住み、横須賀市立諏訪小学校、横須賀市立常葉中学校で学んだ。10代の青春時代を横須賀で過ごしている。
Q2:上杉昇がロックに目覚めたのは何歳?
15歳だった1987年。ガンズ・アンド・ローゼズの映像を見たことがきっかけだった。特にアクセル・ローズに憧れ、歌手を目指すようになった。
Q3:上杉昇がWANDSを脱退した理由は?
自分が追求したいハードロックと、WANDSに求められるポップな音楽路線との違いが大きな理由。本人は2026年のインタビューで、次のシングル候補曲が初期のデジタルポップ路線に戻る内容だったことも、脱退を決意した理由として説明している。その後、柴崎浩とal.ni.coを結成した。
Q4:上杉昇は現在もソロ活動をしている?
はい。現在はソロアーティストとしてライブやイベント、海外公演などに出演している。2026年はデビュー35周年の年であり、11月以降も複数のイベント出演が公式に発表されている。
Q5:上杉昇の若い頃の髪型は何が特徴的だった?
中学時代のリーゼント、WANDS前期の襟足を伸ばしたスタイル、後期の長髪とバンダナが代表的。ソロ活動を始めた2002~2003年頃にはスキンヘッドにした時期もあり、音楽性の変化に合わせて外見も変えてきた。
上杉昇の若い頃は、横須賀で過ごした10代、15歳でのロックとの出会い、18歳でのオーディション、19歳でのWANDSデビューという歩みで形作られていた。
WANDS時代の長髪やバンダナ姿は、90年代を代表するロックボーカリストのビジュアルとして今も印象に残る。一方で、本人のインタビューからは、その華やかな成功の裏に音楽的な葛藤があったことも分かる。
1997年のWANDS脱退、al.ni.co結成、2002年のソロ活動開始を経て、2026年にはデビュー35周年を迎える。2025年のテレビ出演やアジアツアー、2026年のライブ・イベント活動からも、現在進行形のシンガーとして歩み続けていることが分かる。
若い頃の写真を見る際には、髪型だけでなく、その時期にどのような音楽を目指していたのかにも注目したい。リーゼントも長髪もスキンヘッドも、上杉昇というアーティストが自分自身を表現してきた歴史の一部だからだ。
2026年12月4日の35周年を経て、どのような作品やステージを見せてくれるのか。横須賀のロック少年から始まった上杉昇の音楽人生は、今も続いている。
主な参照資料
- 上杉昇 OFFICIAL WEBSITE「BIOGRAPHY」「LIVE」「NEWS」
- 集英社オンライン(2026年6月16日)上杉昇のWANDS脱退に関する前後編インタビュー
- 週プレNEWS(2016年6月17日)WANDS脱退の経緯に関する本人インタビュー
- WANDS OFFICIAL WEBSITE「BIOGRAPHY」
- 横浜ビー・コルセアーズ公式サイト(2026年9月14日)出演発表