乙事主の読み方は「おっことぬし」です。『もののけ姫』に登場する猪神で、鎮西(九州地方)の猪神たちを率いる王として登場します。
日本テレビの「金曜ロードショー」がスタジオジブリと実施した公式Q&Aでも、乙事主の年齢は500歳と紹介されています。比較すると、犬神のモロは300歳。乙事主はモロより200歳年上の存在です。
乙事主の基本プロフィール- 名前:乙事主
- 読み方:おっことぬし
- 種族:猪神
- 年齢:500歳
- 立場:鎮西の猪神の王・一族の長老
- 外見:白い体毛、巨大な体、4本の牙
- 視力:老齢によって目が見えない
- 声優:森繁久彌
- 登場作品:1997年公開『もののけ姫』
乙事主の特徴は、ほかの猪神と一線を画す白い巨体と、上下に並ぶ4本の牙です。多くの猪神が茶色系の毛並みであるのに対し、乙事主は白い姿をしています。その外見からも、群れの頂点に立つ特別な存在であることが伝わってきます。
乙事という名前の由来は長野県の地名?名前の由来については、長野県諏訪郡富士見町にある「乙事(おっこと)」という地名との関連が指摘されています。同じ地域には、作品に登場する烏帽子や甲六と共通する地名もあります。
ただし、これは地名との関連から生まれた説であり、宮崎駿監督やスタジオジブリが公式に命名の由来として確定した情報ではありません。名前の読み方と、名前が付けられた理由は分けて理解する必要があります。
【外見・性格・強さ】白い猪神はなぜ500年生きた長老なのか

乙事主は、一般的な猪とは比較にならないほど巨大な体を持っています。4本の牙は威圧感があり、登場した瞬間から一族の王としての存在感を放っています。
一方、500歳という年齢は身体にも影響しています。乙事主は目が見えません。サンが「乙事主さまの目になりに行きます」と語る場面からも、その視力の問題が物語上の重要な特徴になっていることが分かります。
しかし、視力を失っていても弱々しい存在ではありません。優れた嗅覚や気配を察知する能力を持ち、周囲の状況を鋭く読み取ります。人間たちの偵察にも気づくなど、老齢を補って余りある感覚を備えています。
乙事主の性格は誇り高く、仲間思い乙事主の性格を理解するうえで重要なのは、単なる好戦的な猪神ではないという点です。
アシタカからナゴの守の最期を聞いた際、乙事主は人間であるアシタカに礼を述べます。自分たちの仲間を殺した人間側の人物であっても、仲間の最期を伝えてくれたことには感謝するのです。
また、アシタカに対しては森から去るよう忠告します。人間を敵と見なしていても、無意味に命を奪うことを望んでいるわけではありません。
その一方で、乙事主には強い誇りと頑固さもあります。モロが人間の石火矢に対抗する難しさを説明しても、猪神の一族として正面から戦う姿勢を崩しません。
つまり、乙事主の長所と短所は表裏一体です。仲間を守ろうとする責任感と誇りが、最後には一族を危険な戦いへ導く判断にもつながってしまいます。
乙事主の強さはどれほど?乙事主の強さは、身体能力だけでなく、感覚能力や精神的な統率力にも表れています。
- 攻撃力:巨大な体と4本の牙を生かした圧倒的な突進力。
- 防御力:人間の攻撃を受けても、重傷を負いながら移動を続ける生命力。
- 感覚能力:視力を失っていても、嗅覚や気配を察知する能力で周囲を把握する。
- 統率力:大勢の猪神を率いて戦いに臨む長老としての威厳。
巨大な岩を砕くほどの力も描かれていますが、石火矢を中心とする人間の武器には苦戦します。乙事主が弱いのではなく、自然界の神としての力と、人間が技術によって生み出した武器の力が正面から衝突しているのです。
【人物相関・関係性】乙事主とモロ、シシ神、ナゴの守の関係
乙事主の物語は、単独の猪神の戦いとして見るだけでは十分に理解できません。モロとの過去、ナゴの守との一族の絆、シシ神との関係が重なることで、終盤の悲劇が成立しています。
主要な登場人物との関係を整理すると、次のようになります。
| 登場人物・存在 | 乙事主との関係 | 物語上の意味 |
|---|---|---|
| モロの君 | 旧知の間柄。かつて親密な関係にあった | 人間への対抗姿勢は共通するが、戦い方について意見が異なる |
| シシ神 | 森に存在する生と死を司る神 | 傷ついた乙事主の命を最終的に奪う |
| ナゴの守 | 同じ猪神の一族の仲間 | 人間との戦いによって命を落とし、タタリ神になった存在 |
| サン | 乙事主を支える森の仲間 | 傷ついた乙事主をシシ神のもとへ導く |
| アシタカ | 人間でありながら対話できる相手 | ナゴの守の最期を伝え、乙事主から感謝される |
| エボシ御前 | 人間側の敵対者 | 石火矢を用いて猪神たちと戦う |
| 地走り(ジバシリ) | 猪の毛皮をかぶった人間たち | 乙事主がタタリ神へ変貌するきっかけを作る |
乙事主とモロの関係には、映画本編だけでは分かりにくい興味深い裏設定があります。
モロの声を担当した美輪明宏は、文藝春秋digitalに寄稿した文章で、宮崎駿監督から「遠い昔、モロと乙事主は良い仲だった」と説明されたことを明かしています。
この設定は、終盤でモロが理性を失いかけた乙事主に声をかける場面にも関係しています。美輪は、かつて愛しく思っていた乙事主への憐憫と、現在の状況を見過ごせない気持ちが重なったと振り返っています。
つまり、2人は単に森を守るために協力する神同士ではありません。かつて親密だったからこそ、相手の変化を見ているモロの感情には、怒りだけではない複雑さがあるのです。
なお、2人が別れた具体的な理由や、過去の詳しい経緯は作品内では説明されていません。
乙事主とシシ神の関係は?シシ神は、森に生きる者たちの命を与えることも奪うこともできる存在です。乙事主にとっては、傷を負った身体を癒やしてもらうために向かう対象でもありました。
ただし、シシ神は人間や動物の願いをすべて聞き入れる存在ではありません。命を救うこともあれば、命を奪うこともあります。
乙事主の最期も、このシシ神の性質を理解するうえで重要な場面です。シシ神は乙事主の傷を治して戦場に戻すのではなく、その命を吸い取ります。
この行動の具体的な動機は映画の中で明言されていません。シシ神を単純に慈悲深い救済者として捉えると、乙事主の最期を正しく読み取れなくなります。
【悲劇の真相】乙事主がタタリ神になった理由とは?
仲間を失い、自身も重傷を負った猪神の長老乙事主がタタリ神へ変貌していく背景には、人間と猪神の戦いがあります。
エボシ御前率いる人間たちは、石火矢を使って森の神々に攻撃を仕掛けます。猪神たちは一族の誇りを懸けて戦いますが、人間の武器の前に次々と倒れていきます。
乙事主自身も深い傷を負い、サンに助けられながらシシ神のもとへ向かうことになります。
この段階で乙事主が抱えているのは、身体的な苦痛だけではありません。仲間を守れなかった悔しさ、一族の衰退への危機感、人間への怒りが積み重なっています。
決定的なきっかけは猪の毛皮をまとった人間たちシシ神のもとへ向かう途中、乙事主は猪神たちの毛皮をまとった人間の地走りに囲まれます。
視力を失っている乙事主は、周囲に現れた姿を見て、死んだはずの仲間たちが帰ってきたと勘違いします。
そして、次のように叫びます。
「もどってきた!黄泉の国から戦士たちが帰ってきた!」
仲間が帰ってきたと信じた乙事主にとって、それは一瞬の希望でした。しかし、実際には仲間の毛皮を利用した人間たちです。
その事実に直面した乙事主は、悲しみと怒り、恐怖に飲み込まれていきます。身体にまとわりつく黒い触手のようなものが広がり、タタリ神へ変貌していくのです。
タタリ神になる理由は憎しみだけではない乙事主の変貌を、人間への怒りだけで説明するのは十分ではありません。
重要なのは、死への恐怖と仲間を失った絶望です。モロは以前、ナゴの守がタタリ神になった理由について、死を恐れたことを示唆しています。自分自身も死を見つめているというモロの言葉は、乙事主の運命を理解する手がかりになります。
また、乙事主は一族の誇りを守るために戦ってきました。その一族が殺され、しかも毛皮という形で利用されている現実は、彼の精神を決定的に追い詰めます。
つまり、乙事主のタタリ神化は、次の3つの要素が重なった結果として理解できます。
- 身体的な苦痛:人間との戦いで受けた深い傷。
- 精神的な絶望:仲間を大量に失い、一族の未来を見失ったこと。
- 死への恐怖と憎しみ:仲間の毛皮をまとった人間たちに囲まれ、怒りと恐怖が限界に達したこと。
富山大学の藤田秀樹による『もののけ姫』論でも、作品全体は人間文明と自然との対立、そして古い神々が力を失っていく転換期を描いたものとして分析されています。乙事主が危惧する一族の弱体化も、こうした作品の主題と深く結び付いています。
【最期を解説】乙事主はシシ神に殺された?悲しい結末の真相
乙事主の最期は、『もののけ姫』の中でも特に印象的な場面の一つです。
タタリ神になりかけた乙事主は、サンを巻き込みながらシシ神の池へたどり着きます。サンは乙事主を止めようとしますが、彼の暴走を抑えることはできません。
モロが最後の力を振り絞ってサンを救う乙事主の身体は、タタリ神のような姿へと変化していきます。サンもその中に巻き込まれ、危険な状態になります。
そこへ現れたモロは、最後の力を振り絞って乙事主に立ち向かいます。目的は乙事主を倒すことだけではなく、自分の娘として育てたサンを取り戻すことでした。
この場面では、かつて親密だった2人の関係も重なります。モロは乙事主の変貌を見届けながら、サンを守るために行動します。かつての関係への感情と、母としての責任が同時に表れた場面です。
シシ神が乙事主の命を奪うその後、シシ神が池に姿を現します。
シシ神は乙事主に近づき、その命を吸い取ります。乙事主は命を失い、物語から退場します。サンを守るために行動したモロも、力尽きて倒れてしまいます。
ここで押さえたいのは、乙事主がシシ神によって元の健康な猪神に戻ったわけではないという点です。シシ神は命を与えるだけでなく奪う存在であり、乙事主の最期はその両面を象徴しています。
また、シシ神が乙事主の命を奪った理由について、作中で明確な説明はありません。タタリ神の暴走を止めるためだったのか、命の循環の一部だったのか、あるいは別の意味があるのかは、観客が考える余地として残されています。
乙事主の最期が伝えるもの乙事主は、最初から悪意に満ちた存在だったわけではありません。仲間を思い、誇りを持ち、最後まで一族の未来を守ろうとしていました。
しかし、守ろうとしたものを失い、怒りと恐怖に支配されたことで、かつての自分を失ってしまいます。
この展開は、冒頭に登場したナゴの守とも重なります。人間によって傷つけられた神が、苦しみと憎しみに支配され、タタリ神へ変貌していくという構造です。
乙事主の悲劇は、自然と人間の対立が、双方に取り返しのつかない傷を残すことを示しています。
【声優・名言】乙事主を演じた森繁久彌と印象的なセリフ
声優は名優・森繁久彌乙事主の声を担当したのは、俳優の森繁久彌です。
ディズニーの公式作品紹介ページにも、森繁久彌が乙事主役として掲載されています。宮崎駿が原作・脚本・監督を担当し、スタジオジブリが制作した作品の主要キャストの一人です。
森繁久彌の演技で印象的なのは、500歳という長い年月を生きた存在にふさわしい重厚な声です。若い猪神たちとは異なる落ち着きと威厳があり、仲間への思いやりや長老としての責任感も伝わってきます。
一方、仲間が帰ってきたと思い込む場面では、希望に満ちた声が一転して悲劇へと向かいます。こうした感情の変化が、乙事主の最期をより印象深いものにしています。
乙事主の名言とセリフに込められた意味乙事主のセリフには、長老としての誇りや仲間への愛情、そして人間への怒りが表れています。特に注目したいのは次の場面です。
1.「ありがとうよ、お若いの」
アシタカからナゴの守の最期を聞いたときの言葉です。敵対する人間であっても、仲間の最期を伝えてくれたことに感謝する姿勢が表れています。乙事主の度量の広さを感じさせるセリフです。
2.「たとえ、我が一族ことごとく滅ぶとも人間に思い知らせてやる」
モロが戦いを思いとどまるよう説得しても、乙事主は一族の誇りを優先します。勝ち目が厳しいことを理解しながらも、戦いを選ぶ覚悟が込められています。
3.「黄泉の国から戦士たちが帰ってきた」
最期へ向かう途中、猪の毛皮をまとった人間たちを仲間だと思い込んだときの言葉です。仲間が戻ってきたという希望が、残酷な現実によって打ち砕かれる瞬間を象徴しています。
乙事主の名言を通して見えてくるのは、単純な勇ましさではありません。仲間を大切にする心と、一族の誇りを守ろうとする意志、そしてその信念が悲劇へつながる皮肉です。
【乙事主とは】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:乙事主の読み方は「おっことぬし」で合っていますか?
A1:はい。「おっことぬし」と読みます。『もののけ姫』に登場する鎮西の猪神の王です。
Q2:乙事主は本当に500歳ですか?
A2:はい。日本テレビの金曜ロードショーが紹介したスタジオジブリ公式Q&Aで、500歳という設定が明かされています。
Q3:乙事主とモロは恋人同士だったのですか?
A3:宮崎駿監督は、モロを演じた美輪明宏に、2人は昔良い仲だったという設定を伝えています。具体的な別れの理由は明かされていません。
Q4:乙事主はなぜタタリ神になったのですか?
A4:人間との戦いで重傷を負い、仲間を失った悲しみや怒り、死への恐怖に支配されたためです。猪の毛皮をまとった人間たちを仲間と誤認したことが、変貌の決定的なきっかけになりました。
Q5:乙事主は最後にどうなりましたか?
A5:タタリ神へ変貌しかけた状態でシシ神のもとへたどり着き、シシ神に命を吸い取られて亡くなります。
Q6:乙事主の声優は誰ですか?
A6:森繁久彌です。重厚で威厳のある声が、500歳の猪神の長老という役柄に深みを与えています。
乙事主は『もののけ姫』に登場する500歳の猪神で、読み方は「おっことぬし」です。白い巨体と4本の牙を持ち、鎮西から一族を率いてシシ神の森へやって来た長老です。
モロとはかつて親密な関係にあり、ナゴの守とは同じ猪神の一族として深い絆を持っていました。人間に対する怒りを抱きながらも、アシタカの誠実さを認める度量の広さも備えています。
しかし、人間との戦いで仲間を失い、自身も深い傷を負ったことで、怒りと死への恐怖に支配されていきます。最終的にはタタリ神へ変貌しかけ、シシ神に命を奪われるという悲しい最期を迎えました。
乙事主の物語を理解するうえで大切なのは、彼を単なる人間の敵や暴走する怪物として見ないことです。彼は一族を守ろうとした長老であり、誇りと愛情を持った神でした。その存在が憎しみによって変わってしまう過程こそ、『もののけ姫』が描く自然と人間の対立の深刻さを物語っています。
2026年に改めて作品を見直す際には、乙事主とモロの過去、ナゴの守との絆、そしてシシ神との最後の対面に注目すると、物語の悲しさと奥行きをより深く感じられるはずです。
主な事実確認資料
- スタジオジブリ・金曜ロードショー公式Q&A
- ディズニー公式『もののけ姫』作品・キャスト情報
- 美輪明宏による文藝春秋digital寄稿
- 富山大学人文学部紀要・藤田秀樹「『異類異形』のカーニヴァル」