大久保さんの妻は、大久保莉瑛(おおくぼ・りえ)さんです。旧姓は林田とされ、1983年に長崎県で生まれました。
婦人公論のプロフィールによると、短期大学を卒業した後、全日空のグラウンドスタッフとして勤務していた経歴があります。
ここで注意したいのが、インターネット上で見かける「元CA」という情報です。莉瑛さん本人のインタビューでは、ANAの客室乗務員ではなく、伊丹空港でグラウンドスタッフとして働いていたと説明されています。
大久保さんがスペインのマジョルカへ移籍することになった際、仕事を辞めて一緒にスペインへ渡りました。
結婚は2002年ではなく2004年12月結婚時期については、検索結果や一部のプロフィールで2002年と記載されることがあります。しかし、莉瑛さん自身のプロフィールや夫婦インタビューでは、2004年に結婚したことが明記されています。
大久保さん本人も、マジョルカへの移籍を機に結婚したことを語っており、当時22歳でした。
そのため、結婚時期は2004年12月と整理するのが適切です。
2008年にはサッカースタジアムで結婚式2人の結婚にまつわるエピソードとして知られるのが、2008年1月5日に行われたスタジアムウエディングです。
挙式の舞台となったのは、神戸市の御崎公園球技場(当時のホームズスタジアム神戸、現在のノエビアスタジアム神戸)内の施設でした。
加えて、スタジアムでは夫人側のチームとのセレモニーマッチも実施されました。
一般的なホテルや結婚式場ではなく、サッカー場を舞台にした式は、プロサッカー選手である大久保さんらしいエピソードです。
【2】妻との馴れ初めは国見高校!父親との意外な関係

大久保さんと莉瑛さんが知り合ったのは、高校時代です。
2人は長崎県のサッカー名門校として知られる国見高校の同級生でした。
ただし、最初から恋愛関係だったわけではありません。
莉瑛さんの話によると、2人が知り合う前から、大久保さんは彼女の父親や弟とサッカーを通じて接点がありました。
莉瑛さんの弟は大久保さんの高校の1学年後輩。弟を通じて大久保さんの存在を知っていたといいます。
実際に親しくなったのは高校3年生の終わりごろでした。
面白いのは、2人の友人関係が恋愛のきっかけになったことです。
莉瑛さんの親友と大久保さんの親友が交際することになり、その縁で2人も親しくなりました。
莉瑛さんは2024年のCHANTO WEBのインタビューで、当時の出会いを「あまりもの同士がくっついたんですよ(笑)」と振り返っています。
妻の父親は大久保嘉人のサッカー指導者2人の関係を語るうえで欠かせないのが、莉瑛さんの父親です。
父親はサッカー指導者で、大久保さんが中学生時代に所属していたサッカーアカデミーの指導者でした。
また、大久保さんが通っていた国見中学校のライバルにあたる島原第一中学校の監督でもありました。
つまり、大久保さんは高校時代に妻と知り合うより前から、将来の義父とサッカーを通じてつながっていたのです。
この関係は、2022年のTOKYO FMの番組でも紹介されています。
莉瑛さん自身も、2024年のインタビューで父親が現在も中学生を指導していると明かしました。
高校卒業後は遠距離恋愛に高校卒業後、2人はそれぞれ異なる進路を選びます。
大久保さんは2001年にセレッソ大阪へ加入し、プロサッカー選手としてのキャリアをスタートさせました。
一方、莉瑛さんは福岡の短期大学へ進学。その後、全日空に就職して大阪勤務となりました。
交際初期は遠距離恋愛だったため、会う時間を確保することも簡単ではなかったようです。
莉瑛さんは夫婦対談で、大久保さんがプロ入りした当時は生活環境が変わり、何度も別れを考えたことを率直に話しています。
それでも関係が続いた背景には、莉瑛さんの父親が2人の関係を見守っていたこともありました。
大久保さんにとって、莉瑛さんは単なる高校時代の恋人ではなく、プロとしての人生を歩み始めた時期から関わってきた存在だったのです。
【3】大久保嘉人の家族構成と4人の息子を時系列で整理
大久保家は、嘉人さん、莉瑛さん、そして4人の息子からなる6人家族です。
息子たちの名前には、それぞれ色を連想させる漢字が使われています。
4人の息子の名前と誕生年| 続柄 | 名前 | 誕生年 |
|---|---|---|
| 長男 | 碧人(あいと) | 2005年 |
| 次男 | 緑二(りょくじ) | 2010年 |
| 三男 | 橙利(とうり) | 2012年 |
| 四男 | 紫由(しゆう) | 2017年 |
四男の誕生については、FC東京が2017年3月31日に公式発表しています。母子ともに健康であることも発表されました。
大久保さんは当時、4人目の子供を迎えられた喜びをコメントしています。
また、四男の名前は紫由と命名されました。長男から四男まで、色にちなんだ名前が並ぶのも大久保家ならではの特徴です。
長男・碧人さんと三男・橙利さんはスペインへ4人の息子たちはサッカーに親しんで育ちました。
特に注目されたのが、長男の碧人さんと三男の橙利さんです。
長男は高校卒業後の2024年3月、プロサッカー選手を目指してスペインへ渡りました。
続いて三男も同年9月にスペインへ渡航。父親がかつてプレーした国で、それぞれサッカーに挑戦する道を選びました。
長男の碧人さんについては、海外サッカー留学をサポートするGXAの紹介記事でも、スペインでプロを目指す決意が取り上げられています。
親の実績を引き継ぐというより、異国の環境で自分自身のサッカー人生を切り開こうとする挑戦です。
大久保嘉人は子供のサッカーをどう見守っている?大久保さんはJ1通算191得点を記録した日本屈指のストライカーですが、息子たちにも同じ道を歩むことを強制しているわけではありません。
4人の子供それぞれの意思や挑戦を大切にしていることが、家族のインタビューや海外移住に関する発言から伝わってきます。
2021年には、セレッソ大阪での単身赴任中に三男の橙利さんが父親についていくことを希望し、大阪で父子2人暮らしを経験しました。
大久保さんは料理や洗濯、弁当作りにも取り組み、その経験を著書『俺は主夫。職業、現役Jリーガー』にまとめています。
2022年の婦人公論の夫婦対談でも、莉瑛さんは子供たちと父親の生活について語っています。
【4】2015年の妻の闘病と家族全員の丸刈りに込められた思い
大久保家の歴史の中でも、2015年は大きな転機となった年です。
莉瑛さんが妊娠を機に病気と診断され、抗がん剤治療を受けることになりました。
妻が診断された部分胞状奇胎とは莉瑛さんは四男を妊娠する前に流産を経験しています。
2024年のCHANTO WEBのインタビューで、当時の経緯を本人が詳しく説明しました。
妊娠6週の段階で、部分胞状奇胎という異常妊娠と診断され、妊娠を継続できないことが分かったといいます。
その後、掻爬手術を受けましたが、子宮内に組織が残り、hCGというホルモンの値が下がらない状態になりました。
そこで抗がん剤治療が必要になりました。
莉瑛さんによると、治療は1週間の抗がん剤投与と1週間の自宅療養を繰り返す方法で、合計3クール実施。治療開始から約1か月半で数値が下がったそうです。
大久保嘉人が息子3人と丸刈りにした理由2015年10月、大久保さんは自身のSNSに、3人の息子たちと一緒に丸刈りにした写真を投稿しました。
丸刈りにした理由は、妻を勇気づけるためでした。
抗がん剤治療の副作用で髪の毛が抜ける可能性があると聞き、莉瑛さんが不安を感じるのではないかと考えた大久保さん。
そこで、息子たちと相談し、自分たちも丸刈りにすることを決めました。
当時の報道によると、大久保さんは14年ぶりに丸刈りにしたとされています。
2015年10月のデイリースポーツやJ-CASTニュースも、この出来事を報じました。
莉瑛さん本人が振り返った家族の支えこのエピソードについて、2024年に莉瑛さん自身が改めて振り返っています。
治療前に家族がそろって丸刈りになった姿を見て、心から笑顔になれたといいます。
夫は私にどう寄り添うか考えて行動してくれたのかなと思います。
加えて、莉瑛さんは、この経験を通じて子供たちにも大切なことが伝わったと話しています。
誰かがつらいときに、周囲の人が何をできるのかを考えて行動することです。
また、息子たちが将来、自分の家族や大切な人を持ったときにも、この経験が役立ってほしいという思いを語っています。
四男の誕生につながった家族の歩み闘病を経験した後、2017年3月31日に四男の紫由くんが誕生しました。
FC東京の公式発表では、母子ともに健康と報告されています。
2015年の闘病と流産を経て、家族に新しい命が加わったことは、大久保家にとって大きな出来事だったはずです。
なお、莉瑛さんは2024年にも本人としてインタビューに登場し、家族やサッカースクールの運営について語っています。
【5】妻・莉瑛さんが運営するBtrece(ベトレーセ)とは?
大久保さんの妻を語るうえで、もう一つ重要なのがサッカースクール「Btrece(ベトレーセ)」です。
このスクールは大久保さんがプロデュースする子供向けのサッカースクールで、長崎と福岡を中心に活動しています。
Btreceの名前に込められた意味Btreceは、スペイン語をもとにした造語で、「輝ける13番」という意味が込められています。
13番は、大久保さんが国見高校や日本代表、Jリーグのクラブなどで着用してきた思い入れのある背番号です。
妻の出身地とされる長崎県島原市に2014年11月に開校したことでも知られています。
サッカーを通じて子供たちに夢や目標を持つきっかけを届けたいという思いが込められた活動です。
スクール設立を提案したのは莉瑛さん興味深いのは、スクールを開くことを最初に提案したのが大久保さんではなく、莉瑛さんだったという点です。
2024年11月のCHANTO WEBのインタビューで、莉瑛さんは夫の引退後のセカンドキャリアを考え、サッカーに関われる環境を用意しておきたいと思ったと説明しています。
加えて、莉瑛さんの父親からも、夫の引退後について考えるよう助言されていたそうです。
スクールの運営では、コーチとのミーティングやイベントの企画・管理などを担当しています。
単に大久保さんの名前を冠したスクールというだけではなく、妻自身が運営面を担う事業になっています。
Btreceが大切にしているのは技術だけではない公式サイトでは、幼児や小学生を対象に、サッカーを始めたい子供から経験者まで幅広いコースを展開しています。
特徴的なのは、技術だけでなく、人間性や思いやりを育てることも重視している点です。
莉瑛さんもインタビューで、子供たち全員が活躍できるチームづくりや、サッカーを楽しみ続けられる環境づくりを目指していると話しています。
大久保さんの現役時代の経験と、4人の息子を育ててきた莉瑛さんの子育て経験が、スクール運営に生かされているのです。
2026年もBtreceの公式サイトでは長崎・福岡のスクール情報やジュニアユースの募集などが掲載されています。
【6】2025年のスペイン移住発表!2026年現在の大久保家
2025年1月10日に一家でスペイン移住を発表2025年1月10日、大久保さんは自身のInstagramで、同年4月から家族でスペインへ移住することを発表しました。
移住の理由は、スペインに渡っていた長男と三男の挑戦を近くで支えたいという思いに加え、自分自身も新しいことに挑戦したいという決意でした。
大久保さんは、かつてマジョルカでプレーした経験があり、スペインは本人にとっても思い入れのある国です。
2025年1月のMBSのインタビューでは、移住について次のように語っています。
旅行じゃなくて移住。今までやったことないこと、いろいろチャレンジしてみたい。
また、家族が移住に反対しなかったかという質問に対し、妻も行きたいと言っていたことを明かしています。
家族全員の意思が重なった決断だったことが分かります。
移住の準備では莉瑛さんが大きな役割を担当2026年2月の小学館「@DIME」のインタビュー記事では、移住準備における莉瑛さんの働きも紹介されました。
大久保さんによると、最初は日本から息子たちを応援する予定でしたが、莉瑛さんが家族でスペインに行くことを提案。
加えて、実際の移住準備では、妻が弁護士と相談しながらビザの手続きを中心となって進めたそうです。
海外移住には、子供の学校や住居だけでなく、家族全員の滞在資格という問題もあります。
大久保さんがサッカーや新しい挑戦に集中できる背景には、こうした妻の実務的な支えもありました。
2026年現在はバルセロナを拠点に新たな挑戦2025年4月2日に日本を出発した大久保家は、スペインのバルセロナを新たな生活拠点としました。
2025年4月の報道では、大久保さんが現地でスペイン語を勉強する姿も紹介されています。
加えて、2026年3月にはスポニチが、大久保さんがスペインのクラブのクラブダイレクターとして、日本人ストライカーの育成プロジェクトを始めることを報じました。
単に息子たちのサッカー留学に同行するだけではなく、自分自身も指導者や育成事業に関わる新たなキャリアを築いています。
2026年6月には、日本テレビ系『アナザースカイ』でも、スペインに移住した大久保家の生活が取り上げられました。
番組には莉瑛さんや息子たちも登場し、家族6人で暮らすバルセロナでの日常が紹介されました。
高校時代から大久保さんを知る莉瑛さんが、現役引退後の夫の変化について語ったことも注目されました。
【プロの結論】大久保嘉人の嫁は単なるサポート役ではない
大久保嘉人さんと莉瑛さんの関係を振り返ると、妻が夫を一方的に支えるという単純な構図ではないことが分かります。
2人は高校時代に出会い、遠距離恋愛、海外移籍、子育て、妻の闘病、夫の現役引退、そしてスペイン移住という人生の節目を共有してきました。
特に注目したいのは、莉瑛さんが自分の意思で家族の進路や事業に関わっていることです。
- Btreceの開校を提案し、運営を担う。
- 4人の息子の子育てをしながら、夫のキャリアを考える。
- スペイン移住を提案し、ビザ取得などの実務を進める。
これらは、妻が夫の活動にただ同行しているのではなく、家族の将来を一緒に考え、具体的な行動に移してきたことを示しています。
莉瑛さん自身が2024年のインタビューで語った夫婦観も印象的です。
結婚とは、見つめ合うのではなく同じ方向を向いて歩くことだ。
これは莉瑛さんの父親が話した言葉として紹介されたものです。彼女は、その考え方が自分たち夫婦に重なると振り返っています。
【大久保嘉人の嫁に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:大久保嘉人の嫁の名前は何ですか?
A1:大久保莉瑛(おおくぼ・りえ)さんです。旧姓は林田とされ、1983年に長崎県で生まれました。
Q2:大久保嘉人と妻はいつ結婚しましたか?
A2:2004年12月です。2002年とする情報もありますが、妻本人のプロフィールや夫婦インタビューでは2004年と紹介されています。
Q3:妻の父親はどんな人物ですか?
A3:サッカー指導者です。大久保さんが中学生時代に所属していたサッカーアカデミーの指導者で、当時のライバル校の監督でもありました。
Q4:大久保嘉人の子供は何人ですか?
A4:4人です。長男・碧人さん、次男・緑二さん、三男・橙利さん、四男・紫由くんの4兄弟です。
Q5:妻の病気は何だったのでしょうか?
A5:2015年に部分胞状奇胎と診断され、hCG値が下がらなかったため抗がん剤治療を受けました。莉瑛さん本人が2024年のインタビューで当時の経緯を説明しています。
Q6:妻を励ますために丸刈りにしたのは本当ですか?
A6:本当です。2015年10月、大久保さんは3人の息子と一緒に丸刈りにしました。抗がん剤治療による脱毛への不安を少しでも和らげたいという思いからでした。
Q7:大久保嘉人の嫁は現在何をしていますか?
A7:サッカースクールBtrece(ベトレーセ)の運営に携わっています。また、2025年4月からは家族でスペイン・バルセロナに移住しています。
Q8:大久保嘉人の家族は現在どこに住んでいますか?
A8:2026年現在、家族6人でスペイン・バルセロナを生活拠点としています。息子たちのサッカーへの挑戦を支えながら、大久保さんも現地でサッカー指導や育成事業に取り組んでいます。
大久保嘉人さんの妻は、国見高校時代の同級生である大久保莉瑛さんです。2人は高校卒業前後に親しくなり、遠距離恋愛を経て2004年12月に結婚しました。
妻の父親が大久保さんの中学生時代のサッカー指導者だったという縁もあり、2人の関係にはサッカーを通じたつながりが深くあります。
4人の息子に恵まれた一方、2015年には莉瑛さんの闘病という困難も経験しました。夫と3人の息子が丸刈りになって妻を励ましたエピソードは、家族の支え合いを象徴する出来事として知られています。
その後、妻が提案したサッカースクールBtreceの運営や、2025年のスペイン移住など、家族は新しい挑戦を続けています。
2026年現在の大久保家を理解するうえで大切なのは、莉瑛さんが夫のキャリアを支えるだけでなく、自身も事業や家族の将来を主体的に考えてきたという点です。高校時代から続く夫婦の関係は、スペインという新しい舞台でも続いています。