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羽月隆太郎のプロフィール・経歴を徹底整理|2026年現在の状況と判決まで解説

室井 健太 室井 健太 • 更新: • 公開: • 読了約 16 分
目次

羽月隆太郎(はつき・りゅうたろう)さんは、宮崎県宮崎市出身の元プロ野球選手です。2000年4月19日生まれで、2026年11月現在は26歳。右投左打の選手として、広島東洋カープで内野手を中心にプレーし、俊足を生かした代走や守備面でもチームに貢献してきました。

2018年のドラフト会議で広島から7位指名を受け、2019年にプロ入り。2025年には自己最多の74試合に出場するなど活躍しました。一方、2026年には指定薬物エトミデートの使用をめぐる事件で有罪判決を受け、球団との契約も解除されています。ここでは、基本プロフィールや選手としての歩み、年度別成績、2026年の現在までを時系列で整理します。

【プロフィール一覧】羽月隆太郎の生年月日・年齢・出身地・投打は?

羽月隆太郎

羽月隆太郎さんの基本プロフィールを確認すると、宮崎県宮崎市で生まれ、鹿児島県の神村学園高校を経てプロ野球選手になった経歴が分かります。

日本野球機構(NPB)の選手情報では、ポジションは内野手、投打は右投左打とされています。身長は168cm、体重は70kgです。

  • 名前:羽月隆太郎(はつき・りゅうたろう)
  • 生年月日:2000年4月19日
  • 年齢:26歳(2026年11月5日現在)
  • 出身地:宮崎県宮崎市
  • 身長:168cm
  • 体重:70kg
  • 投打:右投左打
  • ポジション:内野手(外野守備にも対応した経験あり)
  • 出身高校:神村学園高等部
  • ドラフト:2018年広島東洋カープ7位指名
  • プロ入り:2019年
  • 最終所属球団:広島東洋カープ
  • 現在の立場:元プロ野球選手

羽月さんの特徴として知られていたのが、小柄な体格を生かした機動力です。50メートル走5秒7という俊足は高校時代から注目され、プロ入り後も代走や盗塁の場面で持ち味を発揮しました。

また、右投左打というスタイルも特徴の一つです。左打者として打席に立ちながら、守備では内野を中心にプレー。登録上のポジションと実際に対応できる守備位置を区別すると、選手としての役割をより正確に理解できます。

【学生時代からプロ入りまで】宮崎市出身の羽月隆太郎が歩んだ野球経歴

宮崎県で野球を始め、神村学園へ進学

羽月さんは宮崎県宮崎市で生まれ、小学生のころから野球に取り組みました。日刊スポーツの2018年のドラフト関連取材によると、小学2年生のときに軟式野球を始め、中学時代には宮崎リトルシニアでプレーしています。

その後、鹿児島県の神村学園高等部に進学。高校では1年生の夏からレギュラーとして活躍しました。

特に注目されたのが、2年生の夏に出場した甲子園です。2017年の第99回全国高等学校野球選手権大会では、神村学園の一員として2試合に出場。三塁打2本を含む4安打、2打点を記録しました。

体格の大きさで勝負するタイプではなく、コンパクトな打撃とスピードを組み合わせたプレースタイルが特徴でした。高校時代から走力と打撃技術を備えた選手として評価されていたことが、後のプロ入りにもつながっています。

2018年ドラフト7位で広島東洋カープに指名

高校卒業を控えた2018年、羽月さんはNPBドラフト会議で広島東洋カープから7位指名を受けました。

当時の日刊スポーツの報道では、羽月さんはプロでの目標としてトリプルスリーを掲げ、特に盗塁数を伸ばしたいという意欲を示していました。

広島は伝統的に機動力を重視するチームです。走力を持ち味とする羽月さんにとって、チームカラーとの相性も期待されるポイントでした。

2019年に入団し、背番号69でプロ生活をスタート。高校卒業後に大学へ進学するのではなく、早い段階からプロの環境に身を置く道を選びました。

【プロ野球選手としての経歴】広島での一軍デビューと年度別成績

2020年に一軍デビュー

羽月さんが一軍公式戦に初出場したのは2020年8月7日の阪神戦です。プロ2年目での一軍デビューとなり、初出場の試合から2安打3打点を記録しました。

その後も出場機会を重ね、2021年には39試合、2022年には44試合に出場。打率もそれぞれ.255、.245を記録し、一軍戦力として経験を積んでいきました。

代走の切り札として存在感を発揮

羽月さんの持ち味が特に表れたのは、走塁面です。

2023年には一軍50試合に出場して14盗塁を記録。2024年も53試合で12盗塁を挙げました。打撃成績だけでは測れない、試合終盤の走塁や相手バッテリーへのプレッシャーという面で役割を担っていました。

2025年には自己最多の74試合に出場し、打率.295、17盗塁を記録。出場試合数、打率、盗塁数はいずれもキャリアの中で高い水準となり、打撃面でも成長を見せていました。

羽月隆太郎の主なキャリアと転換点
時期 出来事 主な内容・実績
2000年 誕生 4月19日、宮崎県宮崎市で生まれる。
2017年 高校2年生 神村学園の遊撃手として夏の甲子園に出場。
2018年 ドラフト指名 広島東洋カープから7位指名。
2019年 プロ入り 広島東洋カープに入団。
2020年 一軍デビュー 8月7日の阪神戦で初出場。2安打3打点。
2023年 走塁面で活躍 一軍50試合で14盗塁。
2025年 自己最高のシーズン 74試合、打率.295、17盗塁。
2026年1月27日 逮捕 指定薬物エトミデートの使用をめぐり逮捕される。
2026年2月24日 球団との契約解除 広島東洋カープが選手契約を解除。
2026年5月15日 有罪判決 拘禁刑1年、執行猶予3年の判決。
2026年5月29日 判決確定 控訴期限までに控訴せず、判決が確定。

NPB公式の年度別成績によると、羽月さんの一軍通算成績は277試合出場、98安打、打率.243、1本塁打、34打点、51盗塁です。

2025年の成績は、通算成績と比較しても重要な意味を持ちます。プロ入り後に積み重ねてきた走塁能力に加え、打率.295という数字を残したことで、攻撃面でも貢献できる選手として期待が高まっていた時期でした。

【内野手・外野手としての特徴】羽月隆太郎のプレースタイルと強み

登録上のポジションは内野手

羽月さんについて調べると、内野手と外野手の両方の表記を目にすることがあります。

NPBの公式選手情報で登録されているポジションは内野手です。一方、選手紹介では外野も守れるユーティリティー性が取り上げられており、複数の守備位置に対応できることが特徴の一つでした。

したがって、内野手と外野手という表記は必ずしも矛盾しません。公式登録上のポジションと、実際に守ることができるポジションは異なる場合があるためです。

最大の武器は俊足と機動力

羽月さんを語るうえで欠かせないのが、走力です。

高校時代から50メートル走5秒7の俊足で知られ、プロでも盗塁を重ねてきました。通算51盗塁という数字からも、走塁が選手としての大きな武器だったことが分かります。

代走として起用される選手には、単に速く走るだけではなく、投手の動きや捕手の送球、試合展開を読む能力も求められます。限られた出場機会で結果を出すことが必要なため、専門的な準備と判断力が欠かせません。

羽月さんは2023年と2024年に二桁盗塁を記録し、2025年には17盗塁まで伸ばしました。出場機会を増やしながら走塁でも貢献していた点は、プロ野球選手としての実績を評価する際に押さえておきたい部分です。

【2026年現在の状況】広島との契約解除と有罪判決までの経緯

羽月さんの2026年を語るうえでは、選手としての成績だけでなく、指定薬物エトミデートをめぐる事件についても整理する必要があります。

2026年1月27日に指定薬物使用の疑いで逮捕

2025年12月16日ごろの出来事をめぐり、広島県警は2026年1月27日、羽月さんを医薬品医療機器法違反の疑いで逮捕しました。

対象となったのは指定薬物のエトミデートです。いわゆる「ゾンビたばこ」と呼ばれることもある薬物で、医療目的以外での使用などが問題となっていました。

逮捕当初、羽月さんは使用した覚えがないとして容疑を否認したと報道されています。その後、2月17日に同法違反の罪で起訴されました。

2月24日に広島東洋カープとの契約を解除

広島東洋カープは2026年2月25日付の公式発表で、羽月さんとの選手契約を前日の24日に解除したと明らかにしました。

球団は逮捕・起訴を受けて事実確認を行い、重大な事案と判断したと説明しています。これにより、羽月さんは広島の所属選手ではなくなり、自由契約選手として公示されました。

2025年には自己最多の74試合に出場し、17盗塁を記録していただけに、球団との契約解除は選手として大きな転換点となりました。

5月15日に拘禁刑1年・執行猶予3年の判決

2026年5月15日、広島地方裁判所で初公判が開かれました。羽月さんは起訴内容を認め、裁判は即日結審。裁判所は拘禁刑1年、執行猶予3年の有罪判決を言い渡しました。

日刊スポーツやスポニチなどの報道によると、羽月さんは2025年12月16日ごろ、自宅でエトミデートを使用した罪に問われていました。

その後、控訴期限の5月29日までに控訴しなかったため、判決は確定しています。

なお、2026年9月16日には、羽月さんにエトミデートを譲り渡した罪に問われた男性にも、拘禁刑2年、執行猶予4年の判決が言い渡されました。こちらは譲渡した側に対する別の裁判であり、羽月さん本人の判決とは区別する必要があります。

【2026年11月の現在】元プロ野球選手としての近況と今後の見通し

2026年11月5日現在、羽月さんは広島東洋カープとの契約を解除された元プロ野球選手です。少なくとも広島への復帰や、他のNPB球団との新たな選手契約を示す公式発表は確認されていません。

TikTokなどを通じた近況の発信

2026年には、羽月さんのSNSを通じた発信も報道されています。

週刊女性PRIMEの2026年10月21日付の記事では、前日の10月20日に本人の公式TikTokライブ配信が行われたことが紹介されました。記事では、宮崎弁での雑談や日常的な話題を取り上げています。

こうした配信活動は、現在の本人の公の発信として確認できる情報の一つです。ただし、SNSで活動していることと、野球選手として復帰することは別の問題です。

プロ野球への復帰は決まっているのか

羽月さんの野球界復帰については、今後の動向を見守る必要があります。

プロ野球では、選手の技術や身体能力だけでなく、所属球団や関係者との信頼関係、競技団体の規定、社会的信用なども重要です。特に今回のように有罪判決が確定したケースでは、競技への復帰を考える際にも複数の課題が生じます。

2025年に残した打率.295、17盗塁という数字は、選手としての能力を示す記録です。一方で、その実績だけで将来の契約や復帰が決まるわけではありません。

2026年11月時点では、野球界への復帰が決定したという事実はなく、本人の今後の活動についても、正式な発表と個人のSNS発信を分けて受け止める必要があります。

【情報の整理】羽月隆太郎について間違えやすいポイント

羽月さんについて検索すると、プロフィール、選手成績、事件、現在の活動など、異なる時期の情報が同時に表示されます。情報を正しく理解するためには、次の点を区別することが大切です。

2026年現在も広島の現役選手なのか

現在は広島東洋カープの現役選手ではありません。2026年2月に球団との選手契約が解除されています。

内野手なのか外野手なのか

NPBの公式登録ポジションは内野手です。外野も守れるユーティリティー性を持っていたため、紹介記事によっては内野手・外野手の両方が記載されます。

逮捕時の否認と裁判での認否は同じなのか

逮捕当初は容疑を否認していたと報道されましたが、2026年5月15日の初公判では起訴内容を認めています。逮捕時の対応と裁判での認否は、時点が異なる情報として整理する必要があります。

プロ野球選手としての実績はどう評価できるのか

選手時代の実績としては、一軍通算277試合、51盗塁、2025年の打率.295などが客観的な記録として残っています。競技者としての実績と、2026年に発生した法的問題は、それぞれ別の事実として捉えることが適切です。

【羽月隆太郎のプロフィールと現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:羽月隆太郎の生年月日と年齢は?
A1:2000年4月19日生まれです。2026年11月5日現在、26歳です。

Q2:羽月隆太郎の出身地はどこ?
A2:宮崎県宮崎市です。高校は鹿児島県の神村学園高等部に進学しました。

Q3:羽月隆太郎は右投左打?
A3:右投左打です。NPBの選手情報にも右投左打と記載されています。

Q4:羽月隆太郎の所属球団はどこだった?
A4:広島東洋カープです。2018年のドラフト7位で指名され、2019年に入団しました。2026年2月に契約解除されています。

Q5:羽月隆太郎のプロ野球通算成績は?
A5:NPB公式記録では、一軍通算277試合、98安打、打率.243、1本塁打、34打点、51盗塁です。

Q6:羽月隆太郎は現在もプロ野球選手として活動している?
A6:2026年11月現在、プロ球団との選手契約が確認されていない元プロ野球選手です。10月には本人のTikTokライブ配信が報道されていますが、野球選手としての復帰が発表されたわけではありません。

Q7:羽月隆太郎の2026年の判決内容は?
A7:指定薬物エトミデートの使用をめぐる医薬品医療機器法違反の罪で、2026年5月15日に拘禁刑1年、執行猶予3年の判決を受けました。5月29日までに控訴しなかったため、判決は確定しています。

羽月隆太郎さんは、2000年4月19日生まれ、宮崎県宮崎市出身の元プロ野球選手です。神村学園高校で甲子園を経験し、2018年のドラフト7位で広島東洋カープに入団しました。

プロ入り後は俊足を武器に一軍で活躍し、通算51盗塁を記録。特に2025年は74試合に出場して打率.295、17盗塁という自己最高の成績を残しました。

しかし、2026年1月の逮捕、2月の球団との契約解除、5月の有罪判決確定によって、プロ野球選手としてのキャリアは大きな転換を迎えました。

現在の羽月さんを理解するには、宮崎での野球の始まり、高校時代の甲子園出場、広島で積み重ねた成績、そして2026年に起きた出来事を時系列で把握することが欠かせません。

今後については、本人からの正式な発表や公的な情報を基準に見守ることが重要です。選手時代の実績を正確に記録するとともに、現在の立場や法的な経緯も区別して理解することが、羽月隆太郎という人物の経歴を正しく捉えることにつながります。

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コンテンツディレクター 室井 健太
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