村主章枝のグラビアは何を見せた?2016年週刊ポスト全8ページと2026年の現在を解説
フィギュアスケート元日本代表の村主章枝さんが2016年4月25日発売の「週刊ポスト」で披露した大胆なグラビアが、あらためて注目されています。掲載されたのは、袋とじ全8ページ、写真9枚という撮り下ろし企画。ベッドでのヌードカットや、鍛えられた腹筋が印象的な下着姿など、現役時代とは異なる表現者としての一面を見せました。
撮影前の1か月間には食事制限とトレーニングを実施。本人は当時の公式ブログで、もう一度同じ機会があるとは限らないからこそ写真を残したかったという思いを明かしています。一方、2026年の村主さんは米国テキサス州ダラスを拠点にフィギュアスケートの指導を行い、映画プロデューサーとしても活動しています。グラビアの内容、撮影の背景、当時の評判、そして現在までの歩みを整理します。
【2016年の全貌】村主章枝の週刊ポストのグラビアは全8ページ・写真9枚
村主章枝さんのグラビアが掲載されたのは、2016年4月25日発売の「週刊ポスト」です。当時35歳だった村主さんにとって、初めて挑戦する本格的なグラビア撮影でした。
当時のAmeba Newsの報道によると、誌面には「フィギュア女王 衝撃スクープ袋とじ撮り下ろし 村主章枝『全裸ヌード』」という刺激的な見出しが付けられ、袋とじ部分は全8ページ、写真は合計9枚という構成でした。
袋とじの紹介文では、現役時代に「氷上のアクトレス」と呼ばれた村主さんの表現力と、鍛えられた身体の美しさが強調されています。
掲載された写真の主な特徴当時の掲載内容を紹介した報道によると、写真にはベッドの上で全裸になった姿や、下着姿でたたずむカットなどが含まれていました。
特に注目されたのは、競技生活で培われた身体のラインです。下着姿の写真では、腹筋の輪郭がはっきりと分かるほど引き締まった身体が印象的に紹介されました。
フィギュアスケートでは、ジャンプやスピンだけでなく、身体の動き、姿勢、指先まで使った表現が大切です。村主さんのグラビアにも、そうした長年の競技経験を感じさせる身体表現が反映されていました。
2017年の写真集『月光』とは別の作品検索時に注意したいのが、2016年の「週刊ポスト」と2017年の写真集『月光』を混同しないことです。
『月光』は講談社から2017年2月に発売された写真集で、2016年4月の週刊ポスト掲載企画とは別の撮影・出版プロジェクトです。三宅島の自然や月明かりを背景にした芸術性の高い作品で、こちらにもヌード写真が収録されました。
したがって、2016年の袋とじ全8ページ・写真9枚という情報を、2017年の写真集のページ数や写真点数と混同しないことが大切です。
【撮影理由を検証】本人コメントと撮影前1か月の食事制限
村主さんがグラビアに挑戦した理由を知るうえで重要なのが、2016年4月25日に公開された本人の公式ブログです。
「週刊ポスト」の発売日に合わせて投稿された記事では、撮影前の準備について、食事制限を行いながらストイックなトレーニングを続けていたことを説明しています。
本人が明かした撮影への思い本人のコメントで特に印象的なのは、今回の機会を一度きりかもしれないものとして受け止め、記録に残したいと考えていた点です。
「もう次はないかもしれないので、残したかった気持ちがあります。」
この言葉から読み取れるのは、単に露出の多い写真を撮影するという目的だけではなく、35歳の自分の姿を一つの作品として残したいという意識です。
本人は撮影前の1か月間、食事制限とトレーニングに取り組んだことも公表しています。競技生活を長く続けてきたアスリートらしく、撮影に向けても身体づくりを重視していたことが分かります。
企画の出発点はアスリートの肉体美2017年2月に出演したフジテレビ系「ダウンタウンなう」では、村主さん自身が週刊誌の撮影について振り返っています。
当初の話は、アスリートとして鍛えられた身体の美しさを撮影するというものでした。ところが、実際に出来上がった写真は本人の想像よりもセクシーな印象になったと説明しています。
この写真が講談社の担当者の目に留まり、後の写真集『月光』につながっていきました。
つまり、2016年のグラビアは最初から写真集の発売を前提とした企画ではありません。アスリートの身体表現を撮影する仕事が、別の作品へと発展した経緯があります。
【当時の評判】村主章枝のグラビア画像に寄せられた反応とは?
2016年の掲載後、村主さんの写真は芸能ニュースやスポーツ系メディアでも取り上げられました。
4月26日のCYCLEの報道では、本人がブログに掲載した写真とともに、ファンから寄せられた感想が紹介されています。35歳とは思えない美しさ、ウエストからヒップにかけてのライン、長い髪の印象など、外見や身体の美しさを評価する声が目立ちました。
女性読者からも注目された理由Ameba Newsが紹介した反応には、女性読者が袋とじを開けて写真を見たという感想もありました。
単に男性向けのセクシーな企画として受け止められたわけではなく、鍛えられた身体や写真の仕上がりそのものに関心を持った読者もいたことがうかがえます。
また、RBB TODAYも2016年4月28日に、村主さんの写真に対する「艶やか」「綺麗」といった反応を紹介しました。掲載後の本人の発信にも注目が集まり、グラビアをきっかけに新しい一面が知られるようになりました。
2017年の写真集『月光』では評価が分かれた一方、翌2017年に発売された写真集『月光』については、別の評価も生まれています。
J-CASTニュースが2017年2月28日に報じたところによると、発売後のAmazonの商品ページに寄せられた33件のレビューのうち、13件が星1つでした。主な不満は、フルヌードという宣伝から期待した露出度と実際の作品との違いや、価格、写真の背景などに関するものでした。
ただし、これは2016年の週刊ポストの袋とじに対する評価ではありません。2017年の別作品に寄せられたレビューです。
この違いは重要です。週刊ポストのグラビアでは、当時の報道で写真の美しさを称賛する反応が紹介されました。一方、写真集では購入者が期待した作品像との違いが議論になりました。
作品の評判を判断するときは、掲載媒体と発売時期を分けて見る必要があります。
【経歴・年表】トリノ五輪4位からグラビア、引退後の活動まで
村主章枝さんのグラビアを理解するには、競技生活の実績と引退後のキャリアも押さえておきたいところです。
村主さんは1980年12月31日生まれ。2002年ソルトレークシティ五輪で5位、2006年トリノ五輪で4位に入賞し、2003年には日本人初のISUグランプリファイナル優勝を果たしました。
2014年11月に33歳で現役を引退。その後は振付師として活動し、写真撮影や映画制作にも挑戦するようになりました。
村主章枝の主な経歴と転換点| 時期 | 出来事 | 主な内容・意味 |
|---|---|---|
| 1980年12月31日 | 誕生 | 神奈川県出身。6歳からフィギュアスケートを始める。 |
| 2002年 | ソルトレークシティ五輪 | 女子シングル5位入賞。 |
| 2003年 | GPファイナル優勝 | 日本人初の同大会優勝を達成。 |
| 2006年 | トリノ五輪 | 女子シングル4位。メダルまであと一歩に迫る。 |
| 2014年11月 | 現役引退 | 33歳で競技生活に区切りをつける。 |
| 2016年4月25日 | 週刊ポスト掲載 | 袋とじ全8ページ、写真9枚のグラビアに挑戦。 |
| 2017年2月 | 写真集『月光』発売 | 三宅島で撮影された芸術性の高いヌード作品を収録。 |
| 2019年以降 | 映画プロデューサーとして活動 | 映像制作チームとの縁から映画制作に参加。 |
| 2025年2月 | 関東弁護士会連合会のインタビュー | 米国での指導活動や映画制作について本人が説明。 |
| 2026年2月 | テレビ番組で近況を紹介 | ダラスを拠点とするコーチ活動と映画プロデューサー業が報じられる。 |
競技成績の詳細は日本オリンピック委員会の選手紹介や、関東弁護士会連合会の本人インタビューでも確認できます。
特にトリノ五輪の4位は、村主さんのキャリアを語るうえで欠かせない実績です。本人は後年のインタビューで、トリノでは自分のできることを出し切ったもののメダルに届かず、次の五輪を目指す気持ちにつながったと振り返っています。
引退後のグラビアや映画制作への挑戦は、こうした競技生活の延長にある新しい表現活動として捉えることもできます。
【2026年現在】村主章枝はダラスのコーチ兼映画プロデューサー
2026年現在の村主さんは、現役時代とは大きく異なる環境で活動しています。
2026年2月13日放送のフジテレビ系「あの金どこいった?」に出演した際の報道によると、米国テキサス州ダラスを拠点に、約20人の生徒を指導するフィギュアスケートのコーチとして活動しています。
フィギュアスケートの指導者としての現在村主さんは選手引退後、振付師としての経験を積んできました。振付師はプログラムの構成や動きのつなぎ、演技全体の表現を考える仕事です。一方、コーチはジャンプやスピンなど、技術的な精度を高める指導を担います。
この役割の違いについて、村主さんは2025年2月に掲載された関東弁護士会連合会のインタビューで、料理に例えながら説明しています。
同インタビューでは、約20人の生徒を指導しており、ダラスやテキサス州オースティン、オハイオなどでも教えていると語っていました。
2025年のインタビューではラスベガスを活動拠点として説明していましたが、2026年2月の報道ではダラスに拠点を移したと紹介されています。活動地域が広がり、指導環境も変化してきたことが分かります。
映画プロデューサーとして8作品を制作村主さんのもう一つの仕事が映画プロデューサーです。
関東弁護士会連合会のインタビューによると、映画制作を始めたきっかけは、長年の夢だったアイスショーの開催計画でした。ショーを記録するために映像制作チームを集めたものの、新型コロナウイルスの流行によって開催が難しくなりました。
そこで映像チームから映画制作を提案され、映画の世界に参加することになったといいます。
最初の数年間は短編作品を中心に制作し、2023年には長編作品にも挑戦しました。2026年2月のスポニチ報道では、これまでに8本の映画を制作し、『Son of Sehba』で映画賞も獲得したと紹介されています。
現場作業もこなす映画制作の仕事興味深いのは、村主さんがプロデューサーという肩書だけにとどまらず、撮影現場の実務にも携わっていることです。
2026年2月のテレビ出演では、出演者の送迎や食事の手配、マイク係なども担当すると説明。小規模な制作会社であるため、撮影に関わる幅広い仕事を引き受けていると明かしました。
また、特殊メークとボディースーツを着用し、女優の代役としてモンスター役を演じた経験も紹介されています。
今後の目標として、映画ではカンヌで賞を獲得できるような作品を作ること、スケートではアイスショーを実現することを挙げています。
競技者、振付師、指導者、映画プロデューサーと、活動の幅を広げているのが2026年の村主さんです。
【プロの結論】村主章枝のグラビアは競技人生とは別の表現への挑戦だった
2016年のグラビアを単なる大胆な芸能活動として見ると、村主さんが挑戦した理由の一部しか見えてきません。
本人の発言やその後の活動を振り返ると、共通しているのは、これまで培ってきた表現力を異なる分野で生かそうとする姿勢です。
氷上の表現力を写真という媒体に移したフィギュアスケートは、音楽に合わせて身体を動かし、観客に物語や感情を伝える競技です。村主さんは長年、技術だけではなく、演技を通じて何を伝えるかを重視してきました。
2016年のグラビアでは、競技で培った身体づくりやポージングを写真という静止した媒体に移しています。
加えて、2017年の写真集『月光』では、本人が選んだ楽曲をテーマに、三宅島の自然や月明かりを取り入れた作品を制作しました。早稲田大学のインタビューでは、写真集の撮影で3,000~4,000枚ほどの動きのある写真を撮ったことも明かしています。
この数字は2016年4月の週刊ポストの撮影ではなく、後に写真集『月光』につながった別の撮影についてのものです。両者を区別すると、村主さんがどのように作品づくりを考えていたのかが分かります。
グラビアの情報を調べるときの3つの判断基準村主章枝さんのグラビア画像や撮影情報を探す場合は、次の3点を押さえておくと情報を整理しやすくなります。
- 掲載媒体:2016年4月の「週刊ポスト」なのか、2017年発売の写真集『月光』なのかを区別する。
- 撮影時期:週刊ポスト撮影前の1か月間の準備と、写真集撮影に向けた約2か月半の身体づくりを混同しない。
- 本人の意図:露出の多さだけではなく、アスリートとしての身体表現や作品として残したいという本人の思いにも注目する。
こうした視点で見ると、2016年のグラビアは競技生活を終えたアスリートが、別の表現方法に挑戦した一つの転換点だったことが理解できます。
【村主章枝のグラビア】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:村主章枝のグラビアは何年の週刊ポストに掲載されましたか? A1:2016年4月25日発売の「週刊ポスト」です。袋とじ全8ページに撮り下ろし写真9枚が掲載されました。
Q2:村主章枝のグラビアは全部で何枚の写真がありますか? A2:2016年の週刊ポストの袋とじには9枚の写真が掲載されたと当時の報道で紹介されています。
Q3:撮影前に食事制限をしていたのは本当ですか? A3:本人が2016年4月25日の公式ブログで公表しています。撮影前の1か月間、食事制限とストイックなトレーニングに取り組んでいました。
Q4:グラビア撮影を引き受けた理由は何ですか? A4:本人は、今回のような機会はもうないかもしれないので、自分の姿を記録として残したかったという思いを語っています。当初の企画テーマはアスリートの肉体美でした。
Q5:2017年の写真集『月光』は週刊ポストと同じ作品ですか? A5:別作品です。『月光』は講談社から2017年2月に発売された写真集で、三宅島の自然や月明かりを背景に撮影されました。
Q6:村主章枝は2026年現在、何をしていますか? A6:2026年2月の報道では、米国テキサス州ダラスを拠点に約20人の生徒を指導するフィギュアスケートのコーチとして活動するほか、映画プロデューサーも務めています。
Q7:村主章枝はいつフィギュアスケートを引退しましたか? A7:2014年11月です。当時33歳で、ソルトレークシティ五輪5位、トリノ五輪4位などの実績を残して競技生活に区切りをつけました。
村主章枝さんの2016年のグラビアは、「週刊ポスト」の袋とじ全8ページ、写真9枚という内容でした。撮影前には1か月間の食事制限とトレーニングを行い、本人は貴重な機会を記録として残したいという思いを明かしています。
当時の反響では、鍛えられた身体や写真の美しさを評価する声が報じられました。その後の写真集『月光』では、さらに芸術性を重視した作品づくりに取り組んでいます。
そして2026年、村主さんはダラスでのフィギュアスケート指導と映画制作という二つの分野で活動しています。トリノ五輪4位という実績を持つ元トップアスリートが、競技生活を終えた後も表現者として新しい道を切り開いている姿は印象的です。
2016年のグラビアを振り返ることは、単に過去の写真を確認することではありません。氷上で培った表現力を写真、そして映画へと広げてきた村主章枝さんのキャリアを理解する手がかりにもなっています。今後の映画作品やアイスショーへの挑戦にも注目したいところです。