西川きよしと西川ヘレンの間に生まれた子供は、長男・西川忠志、次男・西川弘志、長女・西川かの子の3人です。
つまり、息子は2人、娘は1人という構成です。
西川家の家族関係
西川きよし × 西川ヘレン
1967年9月結婚
長男
西川忠志
俳優・吉本新喜劇
次男
西川弘志
元俳優・飲食店経営
長女
西川かの子
タレント
3人とも芸能一家に生まれましたが、現在の活動分野はそれぞれ異なります。
2026年1月には、忠志が自身のSNSで福岡から帰省した弘志、かの子とのきょうだい3ショットを公開しました。
投稿では、忠志が58歳、弘志が56歳、かの子が52歳になる年だと紹介。久しぶりに3人がそろった姿が報じられ、家族の交流が続いていることが伝わりました。
【2026年最新】西川きよしの息子2人は現在何をしている?
長男と次男の現在を比較すると、芸能界に残った忠志と、飲食業へ転身した弘志という違いがはっきりしています。
長男・西川忠志は吉本新喜劇で活躍
西川忠志(にしかわ・ただし)
1968年4月20日生まれ・大阪府出身
吉本新喜劇の座員。2025年には「2代目・吉本新喜劇の顔」に選ばれた。
忠志は、父の知名度だけに頼らず、長年にわたって俳優として経験を積んできました。
吉本興業の公式プロフィールによると、1987年からアクターズプロモーションに所属し、2001年まで在籍。その後、2002年から2008年まではシス・カンパニーに所属しました。
そして2009年に吉本興業へ移籍し、吉本新喜劇に入団しています。
テレビドラマではNHK大河ドラマ『秀吉』、連続テレビ小説『芋たこなんきん』『ごちそうさん』『まんぷく』『おちょやん』などに出演。
映画や舞台にも活動の幅を広げてきました。
特に注目したいのが、2025年の「吉本新喜劇の顔」への就任です。
MBSの座員インタビューでは、2025年3月2日の吉本新喜劇記念日に、2代目として役目を担うことになった経緯が紹介されています。
忠志自身は、父のように大きな存在になることを急ぐのではなく、日々のSNS発信や劇場の広報活動を積み重ねていきたいという考えを語っています。
2026年11月の吉本新喜劇公式公演情報にも出演者として名前が掲載されており、現在も舞台で活動していることが確認できます。
次男・西川弘志は福岡で飲食店を経営
西川弘志(にしかわ・ひろし)
1970年3月1日生まれ
元俳優・歌手。芸能界を離れ、福岡を拠点に和食店を経営している。
弘志は、1985年にTBS系ドラマ『サーティーン・ボーイ』で俳優デビューしました。
1988年には歌手として『エデンの夏』を発表。同年公開の映画『郷愁』では主演を務め、第13回報知映画賞の新人賞を受賞しています。
その後もテレビドラマや映画に出演し、俳優として活動しましたが、2005年12月末に吉本興業を退社しました。
翌2006年には福岡市で和食店「しゃり番」を開店。さらに2008年5月には、福岡市中央区に和食店「にし川」を開店しました。
現在の店主名は西川傑志。店の公式プロフィールには、旧芸名が西川弘志であることや、俳優時代から飲食店経営に転身した経歴が掲載されています。
2026年1月のよろず〜ニュースも、弘志が福岡に拠点を移して飲食店を経営し、中洲で「にし川」を営んでいると報じました。
芸能界から完全に姿を消したというよりも、活動の中心を変え、別の分野で仕事を続けている人物です。
【兄弟の経歴を比較】西川忠志と西川弘志の違いが分かる年表
2人の経歴を時系列で整理すると、同じ家庭で育ちながら、異なるキャリアを選んだことが分かります。
| 項目 | 長男・西川忠志 | 次男・西川弘志 |
|---|---|---|
| 生年月日 | 1968年4月20日 | 1970年3月1日 |
| 芸能活動開始 | 1980年代後半 | 1985年 |
| 主な活動 | 俳優・舞台 | 俳優・歌手 |
| 主な実績 | NHK大河ドラマ『秀吉』など | 映画『郷愁』主演 |
| 受賞歴 | 1991年大阪映画祭新人賞 | 1988年第13回報知映画賞新人賞 |
| 吉本との関係 | 2009年入社・新喜劇入団 | 2005年12月末退社 |
| その後の進路 | 吉本新喜劇で活動 | 福岡で飲食店経営 |
| 2026年の立場 | 俳優・新喜劇の顔 | 元俳優・飲食店経営者 |
忠志は、俳優としての経験を積んだ後、吉本新喜劇に活動の場を移しました。
一方、弘志は1980年代から1990年代にかけて俳優・歌手として活動した後、2005年に芸能界を離れています。
注目すべきなのは、兄弟ともに父の知名度を背景に持ちながら、仕事の選択が異なることです。
忠志は演技経験を喜劇の舞台に生かし、弘志は飲食店経営という新たな仕事に進みました。
親の職業をそのまま継ぐのではなく、それぞれが自分の得意分野を選択した点に、西川家の兄弟の特徴があります。
【西川ヘレンと息子の関係】1967年の結婚から続く大家族
西川きよし・西川ヘレン夫妻
1967年9月結婚
2人の息子と1人の娘を育ててきた夫婦。長年にわたって芸能活動と家庭生活を両立してきた。
西川きよしと西川ヘレンが結婚したのは、1967年9月です。
2人の出会いは吉本興業での仕事がきっかけでした。
当時、扁桃腺が弱く体調を崩したヘレンを、きよしの自宅で静養させることになり、西川家の家族が看病したことから親交が深まったとされています。
その後、2人は交際を始め、結婚を前提とした生活を送るようになりました。
当時の吉本興業幹部は、人気女優だったヘレンと、まだ知名度の低かったきよしの結婚に反対したと伝えられています。
それでも、きよしはヘレンの芸能活動を終わらせて自分が芸を続ける覚悟を示し、2人は結婚しました。
結婚後、ヘレンは家庭に専念するため新喜劇を引退しています。
母・ヘレンと長男・忠志の新喜劇にまつわる関係忠志の芸能活動を語るうえで興味深いのが、母ヘレンとの関係です。
MBSのインタビューで忠志は、父と母がともに吉本新喜劇の研究生として入り、そこで出会って結婚したことを明かしています。
加えて、ヘレンは忠志を妊娠していたときも、出産直前まで舞台に立っていたそうです。
忠志が新喜劇の舞台に立つことになった際、ヘレンからかけられた言葉が印象的です。
あんた昔、私のお腹の中で何十年も前に一緒に舞台に立ってたんやから。
母と息子が、時代を隔てて同じ新喜劇の舞台に立つことになったというエピソードです。
長女・西川かの子も含めた家族のつながり長女の西川かの子もタレントとして活動しています。
2023年7月放送のテレビ朝日『徹子の部屋』では、きよしとヘレンが家族について語りました。
スポニチの番組内容の報道によると、当時は夫婦、忠志と妻、かの子、孫3人の計8人で暮らしていたと紹介されています。
また、忠志の妻は、かの子の幼なじみだった人物です。
幼稚園時代から家族ぐるみの付き合いがあり、ヘレンも「お嫁さんなのか、娘なのか」と親しみを込めて話していました。
このエピソードからも、西川家では親子だけでなく、きょうだいの配偶者や孫まで含めた交流が続いていることが分かります。
【西川きよしの親子エピソード】忠志の高校時代に起きたカレー事件
西川家の親子関係を象徴する話として知られているのが、長男・忠志が高校2年生だった頃の出来事です。
このエピソードは、2021年9月にTOKYO FMのラジオ番組『TOKYO SPEAKEASY』で忠志本人が語っています。
クラス委員として守ろうとした先生との約束当時、忠志はクラス委員を務めていました。
学園祭が終わった後、クラスメートとボウリング大会を開くことになり、担任の先生から許可を得ました。
ただし、先生との約束は、ボウリングが終わったら寄り道せずに帰宅すること。
ところが、当日になってボウリングが終わると、友人たちはお腹が空いたため、近くのカレー店に入ろうとしました。
忠志はクラス委員として約束を守ろうとしましたが、友人たちは次々と店に入ってしまいます。
自分だけでは止められなかったことを悔やんだ忠志は、店の前で涙を流し、近くの公衆電話から自宅に電話しました。
電話に出たのは、たまたま休みだった父・きよしでした。
父・きよしが返した言葉事情を聞いたきよしは、忠志にこう伝えたといいます。
忠志がラジオ番組で振り返った父の言葉「後のことは俺が責任を持つから、カレーを食べて帰りなさい」
2021年9月9日配信のTOKYO FM関連インタビューより
忠志によると、きよしは単に食事を許しただけではなく、約束を守れなかったことを気に病む息子の気持ちを受け止めたのでした。
この話を聞いた千原ジュニアも、忠志の真面目さに驚いた様子を見せています。
忠志は、自分の生真面目な性格を示すエピソードとして、この出来事を紹介しました。
このエピソードから見える西川きよしの父親像きよしの対応で印象的なのは、息子を頭ごなしに叱らなかったことです。
忠志は、友人を止められなかったことに責任を感じていました。
父はその気持ちを理解したうえで、自分が責任を引き受ける姿勢を示しました。
芸能界では「小さなことからコツコツと」という言葉で知られるきよしですが、家庭でも約束や責任を大切にする姿勢が見られます。
また、この親子エピソードは、忠志が現在も誠実で真面目な人物として紹介される背景を理解するうえでも興味深いものです。
【プロの結論】西川きよしの息子は芸能界と飲食業で別々の道を歩む
西川きよしの2人の息子について、押さえておきたい要点は次の3つです。
1. 西川忠志は俳優として現役。 長年の俳優経験を土台に吉本新喜劇で活躍し、2025年には2代目「吉本新喜劇の顔」に選ばれました。
2. 西川弘志は飲食業に転身。 2005年に吉本興業を退社し、福岡で和食店「にし川」を経営しています。
3. 西川家は3人きょうだい。 忠志と弘志のほかに、タレントの長女・西川かの子がいます。
特に誤解しやすいのが、弘志の現在の活動です。
テレビ出演が少なくなったことから、芸能界を離れた後の消息が分からないと思われがちですが、実際には福岡で飲食店経営という別の仕事に取り組んでいます。
一方、忠志は父と同じ吉本興業の世界に戻り、俳優として培った経験を新喜劇に生かしています。
兄弟の比較では、芸能界に残ったかどうかだけでなく、それぞれがどのような仕事を選び、現在まで続けているかを見ることが大切です。
【西川きよしの息子】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:西川きよしの息子は何人ですか?
A1:息子は2人です。長男が俳優の西川忠志、次男が元俳優の西川弘志です。長女の西川かの子を含め、子供は全部で3人です。
Q2:西川きよしの長男・西川忠志は現在何をしていますか?
A2:2026年現在も俳優として活動しています。吉本新喜劇に所属し、2025年には2代目「吉本新喜劇の顔」に選ばれました。
Q3:西川きよしの次男・西川弘志は現在何をしていますか?
A3:芸能界を離れ、福岡県を拠点に飲食店を経営しています。和食店「にし川」の店主として知られています。
Q4:西川きよしの息子2人の名前は何ですか?
A4:長男が西川忠志、次男が西川弘志です。弘志は現在、西川傑志という名前で飲食店の店主として活動しています。
Q5:西川ヘレンと忠志・弘志の関係は?
A5:西川ヘレンは2人の実の母親です。きよしとヘレンは1967年9月に結婚し、忠志、弘志、かの子の3人を育てました。
Q6:西川きよしの長女は誰ですか?
A6:長女はタレントの西川かの子です。忠志と弘志の妹にあたります。
Q7:西川きよしの息子は2人とも吉本興業に所属していますか?
A7:いいえ。忠志は2009年から吉本興業に所属し、吉本新喜劇で活動しています。一方、弘志は2005年12月末に吉本興業を退社し、飲食店経営に転身しています。
西川きよしと西川ヘレンの息子は、長男の西川忠志と次男の西川弘志です。
忠志は俳優としてのキャリアを積み、現在は吉本新喜劇の中心的な存在として活動しています。弘志は1980年代から俳優・歌手として活躍した後、福岡に拠点を移して飲食店経営者となりました。
また、長女の西川かの子も含めた3人きょうだいは、2026年の新年にもそろって写真を公開するなど、家族の交流を続けています。
父・きよしが大切にしてきた努力や誠実さ、母・ヘレンが築いてきた家庭のつながり。その背景を知ると、息子2人が異なる道を歩みながら、それぞれの人生を築いている姿がより深く理解できます。
西川家の魅力は、単に有名人が集まった芸能一家というだけではありません。親子それぞれが自分の仕事に向き合い、家族としてのつながりも大切にしてきたところにあります。