日本の国旗「日の丸」によく似たデザインを持つ国旗が、世界には存在する。代表的なのが、南太平洋の島国パラオと、南アジアのバングラデシュだ。どちらも単色の地に円形のシンボルを配置したデザインで、日本国旗を連想させる。しかし、円の色や位置、国旗の縦横比、そして円に込められた意味を詳しく調べると、それぞれに異なる歴史と国家のアイデンティティーが見えてくる。
2026年11月現在、日本国旗に似た国旗として比較されることが多いのは、この2か国である。パラオの黄色い円は満月、バングラデシュの赤い円は太陽や独立のために流された血を象徴する。加えて、日本国旗を参考にしたという説についても、パラオの旗のデザイナー本人の証言と、バングラデシュの首相による歴史的な説明では事情が異なる。
【日本に似た国旗一覧】日の丸にそっくりな2か国はパラオとバングラデシュ
日本の国旗は、白い長方形の中央に赤い円を配置した非常にシンプルなデザインだ。この構成に近い国旗として、特に知られているのがパラオとバングラデシュである。
1. パラオ国旗:青地に黄色い円パラオ共和国の国旗は、淡い青色の地に黄色い円を配置したデザイン。日本国旗の白色を青色に、赤い日章を黄色い円に置き換えたような印象を受ける。
ただし、黄色い円は太陽ではない。パラオの文化に深く根付いた満月を表している。円の中心は旗の中央よりも旗竿側にずれており、日の丸とは配置も異なる。
パラオ政府の国旗紹介によると、青色は島々を取り囲む太平洋、黄色い円は島民の生活にとって重要な満月を象徴する。満月の時期は、漁業や農作業、収穫などに適した時期とされてきた。
2. バングラデシュ国旗:緑地に赤い円バングラデシュ人民共和国の国旗は、濃い緑色の地に赤い円を配置している。日本国旗と同じ赤い円を採用しているため、パラオ以上に日の丸を連想する人も少なくない。
赤い円には、ベンガルの空に昇る太陽、そして1971年の独立戦争で犠牲になった人々の血という意味が重ねられている。緑色は豊かな国土や自然を象徴するものとして説明される。
特徴的なのは、赤い円が旗面の幾何学的な中心から少し旗竿側に移動している点だ。日本の日章旗のように完全な中央配置ではない。
3. ほかにも円形のシンボルを持つ国旗はある円形のデザインを採用している国旗は、この2か国だけではない。例えばラオスは青い帯の中央に白い円を置き、ニジェールは三色の横帯の中央にオレンジ色の円を配置している。
ただし、背景をほぼ単色にして、その上に大きな円を置くという構成では、日本・パラオ・バングラデシュの3か国が特に比較しやすい。
【徹底比較】日本・パラオ・バングラデシュの色、円の位置、縦横比の違い
3か国の国旗を正確に見分けるには、色だけでなく、円の直径と位置、旗全体の縦横比を確認する必要がある。
特に重要なのは、パラオとバングラデシュの円が、どちらも旗竿側に寄っていることだ。見た目には中央に近く見えるが、法令や旗の制式に基づいて寸法を比較すると違いが明確になる。
3か国の国旗規格・由来・関係性比較表| 比較項目 | 日本 | パラオ | バングラデシュ |
|---|---|---|---|
| 背景色 | 白色 | 淡い青色 | 濃い緑色 |
| 円の色 | 紅色 | 黄色 | 赤色 |
| 円の意味 | 太陽・日章 | 満月 | 昇る太陽・独立の犠牲 |
| 横:縦 | 3:2 | 8:5 | 10:6(5:3) |
| 円の直径 | 旗の縦の3/5 | 旗の縦の3/5 | 旗の縦の2/3 |
| 円の中心位置 | 横方向の50% | 旗竿側から横方向の43.75% | 旗竿側から横方向の45% |
| 制定・採用時期 | 1870年に商船旗として規定、1999年に法律で明文化 | 1981年1月1日 | 1972年 |
| デザイン関係者 | 歴史的に形成された日章旗 | ジョン・ブラウ・スケボング | 独立運動の学生グループ、シブ・ナラヤン・ダス、カムルル・ハサンら |
※縦横比は横:縦で統一。円の位置は旗竿側を基準とした横方向の割合。パラオの数値は旗の制式を扱った旗章研究に基づく。
円の位置が違う理由は?日本国旗の日章は、旗面の中央に配置されている。これに対して、パラオとバングラデシュの円は旗竿側に寄っている。
バングラデシュの1972年国旗規則では、旗の長さを10とした場合、赤い円の中心は旗竿側から4.5の位置に定められている。つまり、旗全体の中央である5ではなく、45%の位置だ。
パラオの場合も、円の中心は全長の43.75%に相当する位置に置かれる。日本の50%と比較すると、両国の円は明確に旗竿側に寄っている。
旗が風を受けてなびくときの見え方を考慮した配置として説明されることもある。ただし、これを両国の公式な制定理由として断定することはできない。実際の規則で確実に確認できるのは、円の中心位置そのものだ。
縦横比と円の大きさにも違いがある日本国旗は横3に対して縦2、パラオは横8に対して縦5、バングラデシュは横10に対して縦6という規格だ。
円の直径にも違いがある。日本とパラオは旗の縦の長さの60%だが、バングラデシュは約66.7%。そのため、バングラデシュの赤い円は相対的に大きく見える。
単純に円の配置が似ているだけではなく、こうした細部まで比較すると、3か国の国旗はそれぞれ独自の設計思想を持っていることがわかる。
【パラオ国旗の由来】黄色い円はなぜ満月?ジョン・ブラウ・スケボングのデザイン
パラオの国旗が日本の日の丸に似ている理由を考えるうえで、欠かせない人物がデザイナーのジョン・ブラウ・スケボング(John Blau Skebong)だ。
1979年の国旗デザイン公募から1981年の採用へパラオでは、自治と国家としての独自性を象徴する旗を定めるため、1979年に国旗デザインの公募が実施された。パラオ国際船舶登録機関の国旗紹介によれば、集まったデザイン案は1,000点を超え、その中からスケボングの作品が選ばれた。
新政府は1980年10月22日にデザインを承認。国旗は1981年1月1日に掲揚された。パラオ政府も、この日を国旗の採用日として紹介している。
パラオは当時、太平洋諸島信託統治領から共和国としての自治を確立する過程にあった。1994年に完全独立を果たした後も、1981年に採用された国旗のデザインは変更されていない。
黄色い円は太陽ではなく満月パラオの国旗を見て、日の丸の色違いだと感じる人は多い。しかし、黄色い円が表すのは太陽ではなく満月である。
パラオの人々にとって月の満ち欠けは、自然と共に暮らすうえで重要な意味を持ってきた。特に満月の時期は、漁業や植え付け、収穫など、生活に関わる活動に適した時期とされている。
つまり、黄色い円は単なる天体の図柄ではない。自然の周期を読み取り、海や土地と共存してきたパラオの生活文化を表現している。
また、満月には平和や愛、安らぎといった象徴的な意味も結び付けられている。パラオの国旗は、国の自然環境と文化的価値観を一つの円に凝縮したデザインなのだ。
スケボング本人は日の丸の模倣を否定していた日本国旗との類似性について、興味深い記録が残っている。
関西国際大学の井上尚之氏が2020年に発表した研究ノートでは、2010年10月2日にスケボング本人へ行われたインタビューが紹介されている。質問したのは、日本の国旗研究者として知られる吹浦忠正氏だ。
日の丸を模倣したのか、あるいは日本の太陽を意識して月をデザインしたのかと尋ねられたスケボングは、次のように答えたと記録されている。
「全部違うね。私はもちろん日の丸を知っているが、特別にそれを意識してデザインしたわけではない。日本は日本、パラオはパラオだ。」
この証言は、模倣説を検証するうえで非常に重要だ。デザイナー自身は日本国旗を知っていたことを認めながら、意図的に似せたという説明を否定している。
一方、元駐日パラオ大使のウエキ・ミノル氏は、2015年のFNN取材で、日本国旗をもとに青と黄色へ変更したという趣旨の説明をしている。
つまり、パラオでは日本との歴史的なつながりや国旗の類似性を指摘する証言がある一方、実際に旗をデザインした本人は意図的な模倣を否定している。両者を区別して理解する必要がある。
【バングラデシュ国旗の由来】赤い円の意味と1972年国旗規則の真相
バングラデシュの国旗は、日本国旗との類似性をめぐって、より具体的な歴史的証言が残されている。
要点は、現在の緑地に赤い円というデザインが、最初から完成形として存在していたわけではないことだ。独立運動の中で生まれた旗が、1972年に現在の姿へと整理されていった。
1970年に始まった国旗デザインの歴史現在の国旗につながるデザインが考案されたのは1970年6月ごろだ。
当時の東パキスタンでは、独立運動の高まりを背景に、独自の旗を必要とする動きが生まれていた。ダッカ大学の学生運動関係者らが旗のデザインを協議し、緑色の地に赤い円を置き、その中に黄色い地図を描く案をまとめた。
この初期デザインの成立には複数の人物が関わっている。学生指導者のカジ・アレフ・アハメドらが構想に参加し、シブ・ナラヤン・ダス(Shib Narayan Das)が黄色い塗料で地図を描いた。旗そのものの縫製にはカムルル・アラム・カーンも関わったとされる。
そして1971年3月2日、ダッカ大学で独立運動を象徴する旗として掲揚された。これはバングラデシュ解放戦争が本格化する直前の出来事だった。
なぜ黄色い地図が取り除かれたのか1971年の独立戦争を経て、国旗は新しい国家を象徴する正式なデザインへと変更された。
大きな変更点は、赤い円の中に描かれていた黄色い地図を取り除いたことだ。地図を旗の両面に正確に再現するのが難しく、旗のサイズが変わった場合にも製作上の問題が生じるため、より簡潔なデザインに改められた。
この変更には、画家カムルル・ハサン(Quamrul Hassan)が関わったとされる。初期の独立運動の旗をそのまま残すのではなく、国際的にも使用しやすいシンプルなデザインへ整理されたのである。
加えて、日本の国旗研究者である吹浦忠正氏は、1972年にシェイク・ムジブル・ラーマンと交流した際、黄色い地図を外した方が製作しやすく、大きな旗も風になびきやすいという趣旨の助言をしたと、自身の記録で説明している。
大阪公立大学の学術リポジトリに収録された井上尚之氏の研究ノートは、この証言を取り上げている。ただし、地図を除いた理由には製作上の事情やデザインの整理という側面があり、日本国旗に似せることだけが変更の目的だったわけではない。
赤い円は何を表す?太陽と独立戦争の記憶バングラデシュ国旗の赤い円には、複数の意味が重なっている。
一般的には、ベンガルの空に昇る太陽と、1971年の独立戦争で犠牲になった人々の血を象徴すると説明される。緑色は豊かな土地や植物に覆われた国土を表す。
ただし、初期デザインに携わったシブ・ナラヤン・ダスの証言では、当初の赤い円は新しい日の始まりや圧政からの解放を表す太陽として構想されたという。独立戦争の経験を経て、赤い円には犠牲者への追悼という意味も強く結び付いていった。
このように、赤い円は最初から一つの意味だけを持っていたわけではない。独立運動の理念と、独立を実現するために払われた犠牲の記憶を重ねた象徴として理解すると、その歴史がより明確になる。
バングラデシュ国旗規則1972年が定める正式な寸法バングラデシュの国旗は、1972年の国旗規則によって寸法や色が定められている。
旗全体の長さと幅の比率は10対6。赤い円の半径は旗の長さの5分の1で、円の中心は旗竿側から長さの9分の20ではなく、正確には9/20の位置に置かれる。つまり、全長の45%地点だ。
この規則は2023年8月までの改正内容を反映した政府の公式資料でも確認できる。さらに2026年3月には、バングラデシュ通信社が、政府による国旗規則の適切な遵守に関する指示を報じている。2026年時点でも1972年の規則が国旗の基本的な規格を支えている。
なお、国旗を定めた大統領令第130号は1972年10月31日付で発令された。同令第3条は、緑地に全面が赤い円を置くことを国旗の基本構成として規定している。
【模倣説を徹底検証】日本国旗を参考にしたのは本当?パラオとバングラデシュの違い
日本に似た国旗を調べると、必ずといってよいほど浮上するのが「日の丸を模倣したのではないか」という疑問だ。
この疑問に対する答えは、パラオとバングラデシュで同じではない。デザイナー本人の証言、国家指導者の説明、国旗が成立した歴史を分けて見る必要がある。
パラオ:日本への歴史的な親近感とデザイナーの否定パラオについては、日本との歴史的な関係を背景に、日の丸を意識したデザインだったという説がある。
日本の委任統治領だった時代を経験したパラオでは、日本語や日本文化の影響が現在にも残っている。そのため、国旗に日本との友好関係を読み取る見方が生まれた。
日本の研究者・名越二荒之助氏は、パラオの月章旗を日の丸への敬意や友好の象徴として解釈した。一方、デザイナーのスケボング本人は、日の丸を知っていたものの特別に意識してデザインしたわけではないと説明している。
元駐日大使のウエキ氏の説明と、デザイナー本人の説明が一致していない点も重要だ。現時点で確認できる公的な国旗紹介は、月と太平洋というパラオ独自の意味を説明しており、日本国旗の模倣を制定理由として掲げてはいない。
したがって、パラオについては「日の丸に似ている」「日本との歴史的関係がある」という事実と、「意図的に模倣した」という断定を分けるべきだ。
バングラデシュ:シェイク・ハシナ首相が語った日の丸との関係バングラデシュには、パラオとは異なる重要な証言がある。
2014年5月27日、当時のシェイク・ハシナ首相は早稲田大学を訪問し、学生ら約300人を前に特別講演を行った。早稲田大学の公式記録でも、この講演が開催されたことが確認できる。
この講演について毎日新聞は、ハシナ首相が父親のシェイク・ムジブル・ラーマンについて、1972年の国旗制定時に日本に魅せられ、日の丸のデザインを取り入れたと説明したと報じた。
ムジブル・ラーマンはバングラデシュ独立運動の指導者で、初代大統領などを務めた人物だ。娘であるハシナ首相の説明は、日の丸を参考にしたという説を支える重要な証言になっている。
一方で、1970年の初期デザインには、すでに緑地と赤い円という基本構成が存在していた。日本からの影響を考える場合、独立運動の旗の成立と、1972年の最終デザインへの整理を分けて考える必要がある。
「日本の模倣」と「日本を参考にしたデザイン」は同じではないここまでの経緯から、両国の国旗を単純に日本国旗のコピーと呼ぶことには無理がある。
バングラデシュについては、ハシナ首相による日の丸を参考にしたという説明があり、日本人研究者の吹浦氏による地図除去への助言も記録されている。ただし、赤い円と緑色の背景は独立運動の中ですでに成立しており、独立戦争の記憶という独自の意味も持つ。
パラオについては、元大使の説明や歴史的な関係から日本の影響を考える余地はあるものの、デザイナー本人は意図的な模倣を否定している。
つまり、バングラデシュには日本のデザインを参考にしたという当事者証言が存在する。パラオには類似性と歴史的背景があるが、デザインの直接的な模倣を裏付ける一致した証言はない。この違いが模倣説を検証するうえでの核心となる。
【日の丸の歴史】日本国旗はいつ制定された?1999年の国旗国歌法を解説
比較対象である日本国旗そのものの歴史も押さえておきたい。日の丸は1999年に突然誕生したものではない。長い使用の歴史を持ち、1999年に法律によって正式な規格が明文化された。
1870年:商船規則で日の丸の使用を規定日の丸は、明治3年に当たる1870年1月27日の太政官布告第57号、商船規則によって、商船が掲げる旗として規定された。
その後も日本を象徴する旗として広く使われてきたが、長い間、現在のような国旗を直接定める独立した法律は存在しなかった。
このため、日の丸は長年にわたって事実上の国旗として使用されていたものの、国旗としての法的な根拠や制式をめぐる議論が残っていた。
1999年8月13日:国旗及び国歌に関する法律が成立この状況を整理したのが、1999年8月13日に公布・施行された国旗及び国歌に関する法律(平成11年法律第127号)だ。
同法第1条は国旗を日章旗と定め、別記で寸法や色を明文化した。具体的には、横と縦の比率が3対2、日章の直径が旗の縦の5分の3、日章の中心が旗の中心という規格だ。
地色は白色、日章は紅色とされる。内閣府の国旗・国歌紹介ページでも、この規格が掲載されている。
重要なのは、1999年の法律が日の丸を初めて生み出したわけではないという点だ。1870年以来の使用実績を持つ旗について、国旗としての位置付けと具体的な規格を法律で明確にしたのである。
【プロの結論】日本に似た国旗を一瞬で見分ける方法と本当の共通点
日本・パラオ・バングラデシュの国旗は、遠目には似ている。しかし、色と円の意味を理解すれば、すぐに見分けられる。
見分け方は背景色と円の色の組み合わせ- 白地+赤い円:日本。太陽を表す日章旗。
- 青地+黄色い円:パラオ。満月を表す月章旗。
- 緑地+赤い円:バングラデシュ。太陽と独立の歴史を象徴する国旗。
さらに正確に判別するなら、円の位置にも注目したい。日本は中央、パラオは旗竿側から43.75%、バングラデシュは45%の位置に円の中心がある。
ただし、風になびいている旗では、布の折れ方によって円の位置が分かりにくくなる。実際の見分け方としては、まず背景色と円の色を確認し、次に円の位置を比較するのが確実だ。
なぜ国旗には円形のデザインが多いのか円形のシンボルが国旗に採用される理由の一つは、太陽や月という普遍的な自然のモチーフを表現しやすいことにある。
太陽は生命、再生、独立、新しい時代の始まりなどを表現できる。月は自然の周期や農漁業、安らぎ、文化的な伝統と結び付けられる。
また、円と単色の背景を組み合わせるデザインは、遠くからでも認識しやすく、複雑な図柄を必要としない。国旗に求められる視認性や再現性という面でも合理性がある。
ただし、円形という共通の形だけで、ある国が別の国の国旗を模倣したとは判断できない。背景色、円の位置、象徴する意味、成立した時代を合わせて見ることが大切だ。
2026年時点で押さえておきたい3つの判断基準国旗の類似性を調べるときは、次の3点を確認すると誤解を避けやすい。
- デザインの一致:円の色、位置、直径、旗全体の縦横比を比較する。
- 歴史的な成立経緯:最初のデザインがいつ生まれ、誰が関わり、どのように変更されたかを確認する。
- 当事者の証言と公的記録:デザイナー本人の説明、政府の国旗紹介、法律、研究資料を区別する。
特に重要なのは、見た目の類似性とデザインの由来を混同しないことだ。国旗は単なる図形ではなく、その国の歴史や文化、独立の記憶を背負っている。
【日本に似た国旗】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:日本国旗に一番似ている国旗はどこですか?
A1:代表的なのはパラオとバングラデシュです。パラオは青地に黄色い円、バングラデシュは緑地に赤い円を配置しています。どちらも日の丸と同じく、シンプルな円形のシンボルが特徴です。
Q2:パラオの国旗は日本の日の丸を真似したのですか?
A2:日本国旗との類似性や歴史的なつながりを指摘する説がありますが、デザイナーのジョン・ブラウ・スケボング本人は、日の丸を特別に意識してデザインしたわけではないと説明しています。意図的な模倣が確定しているわけではありません。
Q3:バングラデシュの赤い円は何を意味しますか?
A3:ベンガルの空に昇る太陽と、1971年の独立戦争で犠牲になった人々の血を象徴すると説明されています。緑色の背景は豊かな国土や自然を表します。
Q4:パラオの黄色い円は太陽ですか、月ですか?
A4:月です。満月を表しており、漁業や農作業、収穫など、パラオの人々の生活と深く関係しています。
Q5:バングラデシュの国旗はいつ制定されましたか?
A5:現在のデザインにつながる旗は1970年に構想され、1971年3月2日に掲揚されました。その後、黄色い地図を取り除いたデザインが1972年に採用され、同年10月31日付の大統領令第130号によって国旗の基本構成が法令で定められました。
Q6:日本国旗が法律で正式に定められたのはいつですか?
A6:1999年8月13日です。国旗及び国歌に関する法律によって日章旗が国旗と定められ、寸法や色などの制式も明文化されました。ただし、日の丸自体は1870年から使用されてきた歴史があります。
Q7:パラオとバングラデシュの円が中央からずれているのはなぜですか?
A7:両国の国旗規則・制式では、円の中心が旗竿側に寄るよう定められています。旗が風になびいた際の見え方を考慮した配置として説明されることもありますが、正式な規格と制定理由は分けて理解する必要があります。
日本に似た国旗として知られるパラオとバングラデシュ。どちらも日の丸と同じ円形の構成を採用しているが、色や円の位置、象徴する意味には明確な違いがある。
パラオの黄色い円は、島民の暮らしと結び付いた満月を象徴する。バングラデシュの赤い円は、独立運動の中で生まれた太陽のイメージと、独立戦争の犠牲者への記憶を重ねたものだ。
日本国旗との関係についても、パラオではデザイナー本人が意図的な模倣を否定し、バングラデシュではシェイク・ハシナ首相が父親による日の丸のデザインの参考を語っている。両国を同じ「模倣した国」として扱うことはできない。
2026年時点で確認できる法令や公的資料を踏まえると、3か国の国旗は、共通する円形の構図を持ちながら、それぞれの国の歴史、自然、文化、独立への思いを表現した独自のシンボルである。
国旗を見分けるときは、色だけでなく円の位置と縦横比にも注目してほしい。その小さな違いを知ることが、国の歴史や文化を理解する入り口になる。
主要な根拠資料は、日本のe-Gov法令検索・内閣府、パラオ政府、バングラデシュ政府法令・国旗規則、早稲田大学の公式記録、国旗の成立史に関する研究資料です。