那須サファリパーク事故とは、2022年1月5日、栃木県那須町の那須サファリパークで、ベンガルトラ「ボルタ」が飼育員3人を襲い、重傷を負わせた人身事故です。開園前の飼育作業中に発生し、女性飼育員1人が右手首を失うという深刻な被害が生じました。
事故の背景には、前日のトラの獣舎への収容確認不足、アニマル通路の管理上の問題、作業手順からの逸脱など、複数の要因がありました。その後、栃木県動物愛護指導センターの調査、日本動物園水族館協会の調査報告書、警察・検察による捜査を経て、2024年には元飼育員と運営会社、支配人に罰金の略式命令が出ています。
【事故の全貌】那須サファリパークで何が起きた?飼育員3人が負傷した経緯

事故が起きたのは、2022年1月5日の午前8時20分ごろです。場所は栃木県那須郡那須町にある那須サファリパークのトラの飼育施設内でした。
当時は開園前で、来園者はいませんでした。飼育員たちは通常業務として、トラを獣舎から展示場へ移動させるための準備を進めていました。
ところが、本来は獣舎内に収容されているはずの雄のベンガルトラ「ボルタ」が、飼育員の作業通路に残っていたのです。
女性飼育員が施設内に入った際、通路にいたボルタと鉢合わせになり、襲われました。悲鳴を聞いて救助に向かった別の飼育員2人も相次いで襲われ、最終的に3人が負傷する事態となりました。
被害に遭った飼育員3人の負傷状況事故では20代の男女3人が負傷しました。特に被害が大きかったのは、最初にボルタと遭遇した女性飼育員です。
- 女性飼育員1人:右手首を失う重傷。
- 女性飼育員1人:複数箇所をかまれるなどの重傷。
- 男性飼育員1人:救助に向かった際に襲われ負傷。
栃木県動物愛護指導センターの事故対応資料でも、3人が襲われ、そのうち2人が重傷だったことが記録されています。
事故発生後、園内ではボルタを制圧するための対応が行われ、午前9時15分ごろに麻酔銃や吹き矢で麻酔を実施。午前9時30分ごろには、通路奥にいた飼育員の救出が確認されています。
事故を受けて那須サファリパークは臨時休園となりました。来園者がいない時間帯だったことは不幸中の幸いでしたが、従業員の安全管理という点で重大な問題を残す事故となりました。
【事故原因を時系列で検証】ボルタの獣舎収容確認とアニマル通路の問題
那須サファリパーク事故の核心は、トラが人を襲ったという結果だけではありません。なぜ本来いるべき獣舎にトラがいなかったのか、なぜ飼育員が安全を確認できないまま作業に入ったのかという管理上の問題です。
事故前日の1月4日:ボルタが獣舎に戻されなかった可能性栃木県動物愛護指導センターが公表した事故対応資料によると、事故前日の1月4日夕方に与えた餌が獣舎の寝床に残っていました。また、アニマル通路には糞便が確認されています。
これらの状況から、ボルタが獣舎の寝床ではなく、アニマル通路側にいた可能性が指摘されました。
加えて、園が県に提出した報告内容などから、閉園後の収容作業が本来の2人体制ではなく1人で行われ、トラが寝床に入ったかどうかの確認も十分ではなかったことが明らかになっています。
事故当日の1月5日:凍結した扉が作業手順の変更につながる翌朝、飼育員が開園準備を始めた際、放飼場に通じる電気柵の専用扉が凍結していました。
通常の手順では2人で作業することになっていましたが、扉が凍結していたため、飼育員は別の経路から放飼場に入ろうとしました。
その際、獣舎の寝床にボルタがいるかどうかを十分に確認しないまま、アニマル通路前室の扉を開けてしまいました。
結果として、通路に残っていたボルタと飼育員が遭遇し、襲撃事故に至ったと県の調査資料は整理しています。
事故原因を整理すると何が見えてくる?事故の発生には、単独のミスではなく、複数の確認不足や手順上の問題が重なっていました。
- 前日の閉園後、トラの収容状態を十分に確認できていなかった。
- 本来2人で行う作業が1人で実施されていた。
- 凍結した専用扉への対応が十分に準備されていなかった。
- 翌朝の作業開始時にもトラの所在確認が不十分だった。
- 通常の飼育手順とは異なる経路で作業が行われた。
ここで重要なのは、トラの所在確認が前日と当日の両方で不十分だった点です。前日の確認が正確であれば、翌朝の飼育員が危険な状態に置かれることは防げた可能性があります。
【行政・専門団体の調査】栃木県動物愛護指導センターと日本動物園水族館協会の指摘
事故発生後、行政と動物園業界の専門団体がそれぞれ調査を行いました。両者の調査は、施設の構造だけでなく、飼育作業の進め方や緊急時の対応にも問題があったことを示しています。
栃木県動物愛護指導センターによる立入検査栃木県動物愛護指導センターは、2022年1月5日午後1時30分に那須サファリパークへ立ち入り、事故の状況や飼育施設を確認しました。
調査資料では、獣舎やキーパー通路、アニマル通路などの構造が確認されています。また、檻や錠などに破損は認められず、特定動物の飼養施設に関する構造・規模の基準についても、不適事項は確認されなかったと記録されています。
つまり、事故の直接的な問題は、単純な柵や檻の破損ではありませんでした。設備が存在していても、動物の所在確認や扉の開閉手順が適切に実施されなければ、重大事故につながることを示しています。
県は施設側に対して、次の改善を求めました。
- 動物の所在確認方法の改善。
- 放飼場専用扉が凍結した場合の対応策。
- 従業員教育を含む改善計画の提出。
- 関係法令に基づく事故報告。
また、同種の動物を飼育する他施設への立入調査や、特定動物を飼養・保管する事業者への注意喚起も行われました。
日本動物園水族館協会の調査報告書日本動物園水族館協会(JAZA)も、安全対策委員会による現地調査を実施しました。調査は2022年1月10日に行われ、その後、事故の要因や課題をまとめた報告書が作成されています。
2022年1月20日のとちぎテレビの報道によると、協会は事故前日と当日のトラの所在確認が不足していた点を主な要因として指摘しました。
加えて、事故発生後の救助活動についても課題を挙げています。
- 獣医師が麻酔を実施する前に、別の飼育員が救助に入ってしまったこと。
- 作業現場に経験豊富なベテラン飼育員がいなかったこと。
- 緊急時の対応や現場の指揮体制に改善の余地があったこと。
この調査報告書は、JAZA会員の動物園・水族館139施設が閲覧できる会員向けの情報共有ページに掲載され、再発防止のための参考資料として活用されました。
県の調査が施設管理や飼育手順の問題を中心に確認したのに対し、JAZAの調査は動物園業界全体で共有すべき安全管理や緊急対応の課題にも踏み込んだものです。
【関係者と管理責任】東北サファリパーク・元飼育員・支配人の関係
那須サファリパーク事故では、現場での飼育作業を担当した従業員だけでなく、施設の安全管理や従業員教育を担う運営側の責任も捜査対象となりました。
特に注目すべきなのは、業務上過失傷害と労働安全衛生法違反という、異なる法律上の責任が問われた点です。
| 関係者・組織 | 問われた責任 | 2024年の結果 |
|---|---|---|
| 元飼育員 | ボルタを獣舎に収容せず通路に残した過失 | 業務上過失傷害で罰金50万円 |
| 東北サファリーパーク | 従業員への安全衛生教育の不備 | 労働安全衛生法違反で罰金50万円 |
| 現場責任者の支配人 | 従業員への安全教育など管理体制の不備 | 労働安全衛生法違反で罰金30万円 |
| その他の飼育担当者ら | 業務上過失傷害容疑で捜査対象 | 書類送検後、不起訴 |
2023年5月2日、栃木県警は、事故当時の支配人や飼育担当者ら計6人を業務上過失傷害容疑で書類送検しました。
対象者には、事故で負傷した飼育員2人も含まれていました。これは、当時の管理体制や作業上の注意義務について、関係者それぞれの立場から捜査が行われたことを意味します。
また、2023年5月には大田原労働基準監督署が、運営会社の東北サファリーパークと支配人についても、労働安全衛生法違反の疑いで書類送検しました。
問題とされたのは、従業員に必要な安全衛生教育を行わずに動物の飼育・保管業務をさせたことなどです。
2024年3月26日:略式起訴が行われる2024年3月26日、大田原区検は元飼育員の男性を業務上過失傷害罪で略式起訴しました。
起訴状によると、元飼育員は2022年1月4日午後4時30分ごろ、ベンガルトラ「ボルタ」をアニマル通路から獣舎に収容する注意義務を怠り、通路に残したまま勤務を終えたとされています。
翌朝、通路に入ろうとした飼育員と救助に向かった2人が襲われ、重傷を負ったという内容です。
一方、労働安全衛生法違反については、東北サファリーパークと現場責任者の支配人が略式起訴されました。事故時の応急処置や避難に関する教育が不十分だったことなどが問題とされています。
なお、業務上過失傷害容疑で書類送検されていた支配人や他の飼育担当者ら計5人については、宇都宮地検が不起訴処分としました。不起訴の理由は公表されていません。支配人については、これとは別に労働安全衛生法違反で略式起訴されています。
2024年4月16日までに罰金の略式命令2024年4月16日、とちぎテレビが報じたところによると、大田原簡易裁判所は関係者に罰金の略式命令を出しました。
- 元飼育員:罰金50万円。
- 東北サファリーパーク:罰金50万円。
- 現場責任者の支配人:罰金30万円。
この司法判断で明確になったのは、事故が個人の飼育作業上の過失だけでなく、会社としての安全教育や管理体制の問題とも結び付いていたことです。
特に労働安全衛生法違反に対する処分は、危険な動物を扱う職場において、従業員の安全を守るための教育や緊急時の対応体制が、経営・管理側の責任であることを示すものです。
【事故後の営業再開とボルタのその後】施設はどう対応した?
事故後、那須サファリパークは臨時休園を続けていましたが、2022年1月28日に営業を再開しました。事故発生から23日後のことです。
営業再開に向けて実施された安全対策園は、事故原因を分析するために社内外のメンバーで構成する安全委員会を設置しました。加えて、再発防止策として施設設備と作業手順の両面から改善を進めました。
報道された主な対策は次のとおりです。
- 獣舎内のカメラを増設する。
- 動物の所在や状態を確認しやすいよう施設を改修する。
- 飼育手順のマニュアルを見直す。
- 緊急時の対応マニュアルを改訂する。
- 従業員の安全教育や訓練を充実させる。
営業再開時には、事故に関係したベンガルトラのボルタについても、従来どおり展示を継続すると発表されました。
ボルタはその後どうなった?ボルタは、黄金色の毛並みと薄茶色の縞模様が特徴の「ゴールデンタビータイガー」と呼ばれる珍しい模様のトラでした。
那須サファリパークが公表したボルタに関する資料によると、2011年6月7日に東北サファリパークで生まれ、2014年に岩手サファリパークへ移動。その後、2018年に那須サファリパークへ来園しています。
しかし、事故から約5か月後の2022年6月8日、ボルタは亡くなりました。
園の公表資料では、死去したことが伝えられています。事故後の営業再開時には展示継続が発表されていましたが、その後も展示され続けていたわけではありません。
この点は、事故当時の報道と、その後のボルタの状況を混同しないためにも押さえておきたい事実です。
【再発防止策を検証】那須サファリパーク事故から動物園が学ぶべき教訓
那須サファリパーク事故が残した課題は、設備を増やしたりマニュアルを改訂したりするだけでは解決できません。動物の所在確認、作業員同士の連携、緊急時の判断、組織としての安全管理を一体で機能させる必要があります。
1. 動物の所在確認を複数の段階で徹底する今回の事故では、前日の収容時と翌朝の作業開始時に、トラの所在確認が十分ではありませんでした。
危険動物を扱う施設では、前の作業者が確認したという情報だけに頼らず、次の作業に移る際にも安全状態を確認できる仕組みが欠かせません。
カメラの増設は確認作業を補助しますが、映像設備だけで安全が保証されるわけではありません。確認記録と担当者間の引き継ぎを組み合わせる必要があります。
2. マニュアルから逸脱する場合の対応を明確にする事故当日は、電気柵の専用扉が凍結していたという通常とは異なる状況がありました。
問題は、設備の凍結そのものだけではありません。通常の手順が実施できない場合に、どのように作業を中止し、安全を確認し、責任者へ判断を引き継ぐのかという代替手順が重要です。
想定外の状況で現場の従業員が独自判断を迫られないよう、管理側が具体的な対応方法を整備しておく必要があります。
3. 緊急時の救助体制と指揮系統を整えるJAZAの調査報告では、獣医師による麻酔前に別の飼育員が救助に入ったことや、現場にベテラン職員がいなかったことも課題として指摘されました。
仲間を助けようとする行動には人間としての自然な感情があります。しかし、危険動物が関係する現場では、救助に向かう人が増えることで被害が拡大する危険もあります。
そのため、緊急時の指揮担当者、専門職との連携、従業員の避難や救助に関する教育を組織として整備することが大切です。
4. 個人のミスだけで事故を説明しない2024年の司法判断では、元飼育員の業務上過失傷害だけでなく、運営会社と支配人の労働安全衛生法違反も対象となりました。
これは、現場の作業者が手順を守ることだけでは、職場の安全を十分に確保できないことを示しています。
人員配置、教育、設備の保守、作業手順、緊急時の対応を整えることは、施設を運営する側の責任でもあります。安全管理を現場個人の注意力だけに依存させない組織づくりが必要です。
【那須サファリパーク事故に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:那須サファリパーク事故はいつ発生しましたか?
A1:2022年1月5日午前8時20分ごろです。開園前の飼育作業中にベンガルトラ「ボルタ」が飼育員3人を襲い、2人が重傷を負いました。
Q2:那須サファリパーク事故の原因は何ですか?
A2:主な原因は、前日のトラの獣舎への収容確認不足と、翌朝の作業開始時の所在確認不足です。電気柵の専用扉が凍結していたことによる作業経路の変更や、本来2人で行う作業が1人で行われたことも関係しています。
Q3:事故を起こしたトラのボルタはどうなりましたか?
A3:ボルタは2022年1月28日の営業再開時には展示を継続すると発表されていました。しかし、同年6月8日に亡くなったことを那須サファリパークが公表しています。
Q4:那須サファリパーク事故で罰金を受けたのは誰ですか?
A4:2024年4月16日までに、大田原簡易裁判所から元飼育員に50万円、運営会社の東北サファリーパークに50万円、現場責任者の支配人に30万円の略式命令が出されました。
Q5:那須サファリパークは事故後いつ営業を再開しましたか?
A5:2022年1月28日に営業を再開しました。獣舎内のカメラ増設、施設改修、飼育手順や緊急時マニュアルの見直しなどを再発防止策として実施しました。
Q6:事故はボルタの凶暴性が原因だったのでしょうか?
A6:行政の調査では、事故の主な要因としてトラの所在確認不足や飼育手順の不徹底が挙げられています。ボルタの性格だけで事故を説明することはできません。危険動物を適切に管理する施設側の安全体制が重要な論点です。
那須サファリパーク事故は、2022年1月5日にベンガルトラ「ボルタ」が飼育員3人を襲い、深刻な負傷者を出した事故です。
栃木県動物愛護指導センターの調査では、前日のトラの収容確認不足や、翌朝の作業手順からの逸脱などが原因として整理されました。日本動物園水族館協会も、動物の所在確認だけでなく、緊急時の救助体制や経験者の配置に課題があったと指摘しています。
2023年には関係者や運営会社が書類送検され、2024年には元飼育員、東北サファリーパーク、支配人に対して合計130万円の罰金の略式命令が出されました。
この事故から読み取れる最大の教訓は、危険動物を扱う施設の安全は、個々の従業員の注意力だけでは守れないということです。
動物の所在確認、複数人による作業、設備の異常への対応、従業員教育、緊急時の指揮系統。これらがそれぞれ独立しているのではなく、一つの安全管理体制として機能しなければなりません。
動物園やサファリパークに求められるのは、事故が起きた後に対策を講じることだけではありません。事故につながる小さな異常を見逃さず、現場の従業員が安全を優先できる環境を日常的につくることです。
那須サファリパーク事故は、動物の飼育管理と労働者の安全を同時に守るために、施設運営者がどこまで責任を負うべきなのかを考える重要な事例として、今後も検証されるべき事故です。
主な事実確認資料: 栃木県動物愛護指導センターの事故対応資料、日本動物園水族館協会の調査報告に関する報道、下野新聞、千葉日報、とちぎテレビ、那須サファリパーク公表資料。