矢倉楓子(やぐらふうこ)は、元NMB48のメンバーとして活躍し、2013年から2015年までAKB48チームAを兼任したタレント・女優です。1997年2月24日生まれ、大阪府出身。愛称は「ふぅちゃん」で、NMB48の2期生として加入してから、グループの中心メンバーへと成長しました。
2018年4月にNMB48を卒業し、一度は芸能界を引退したものの、2019年5月に芸能活動を再開。その後は女優、YouTube、ゲーム配信、バラエティーなど活動の幅を広げています。2026年現在のプロフィールや経歴を振り返ると、アイドル時代だけでは語りきれないキャリアの変化が見えてきます。
【人物像を解説】矢倉楓子はどんな人物?プロフィールと基本情報

矢倉楓子は、大阪府出身の元NMB48メンバーです。アイドルとしての活動を経て、女優やタレント、動画配信など複数の分野に挑戦してきました。
AKB48の公式選抜総選挙に掲載されたプロフィールにも、出身地や生年月日、ニックネーム、所属グループなどが記録されています。
矢倉楓子のプロフィール一覧| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 矢倉楓子 |
| 読み方 | やぐらふうこ |
| 生年月日 | 1997年2月24日 |
| 年齢 | 29歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 大阪府 |
| 愛称 | ふぅちゃん |
| 血液型 | A型 |
| 星座 | うお座 |
| 元所属グループ | NMB48 |
| 加入期 | 2期生 |
| 兼任歴 | AKB48チームA |
| 主な活動分野 | 女優・タレント・動画配信 |
特に覚えておきたいのは、NMB48の元メンバーであることと、AKB48チームAの兼任経験があることです。
愛称「ふぅちゃん」で親しまれた理由「ふぅちゃん」は、矢倉楓子がアイドル時代から使用していたニックネームです。
AKB48の公式選抜総選挙のプロフィールにも、この愛称が掲載されています。
アイドルグループの活動では、メンバーの名前だけでなく、ファンとの間で定着したニックネームも重要な認知要素になります。矢倉楓子の場合も、現在まで「ふぅちゃん」という呼び名が本人を思い出す際の代表的なキーワードになっています。
大阪府出身のNMB48メンバーとしての背景矢倉楓子は大阪を拠点とするNMB48で活動をスタートしました。
東京を中心に活動するAKB48とは異なり、NMB48は大阪・難波を活動拠点とするグループです。劇場公演や関西圏のメディア出演を通じて知名度を高めていく環境で、彼女は若い時期から経験を積みました。
その後、AKB48チームAへの兼任によって活動の舞台が東京にも広がり、全国的なAKB48グループのメンバーとして認知されるようになりました。
【アイドル時代の経歴】NMB48で次世代エースへ成長した歩み
矢倉楓子の芸能活動の出発点は、2011年のNMB48加入です。
2011年5月にNMB48第2期生オーディションに合格し、同年6月に第2期研究生としてお披露目されました。
当時はまだ14歳。グループの立ち上がりから間もない時期に加入し、研究生として劇場公演やレッスンに取り組みました。
2011年「オーマイガー!」で選抜入り矢倉楓子の初期キャリアを語るうえで重要なのが、NMB48の2ndシングル「オーマイガー!」です。
2011年10月に発売された同楽曲で選抜メンバーに抜てきされました。
加入から比較的早い段階で選抜入りしたことは、当時のグループ内で期待を集めていたことを示す実績です。
日刊スポーツの2019年の芸能界復帰報道でも、2期生として加入した経歴と、早期に選抜メンバーへ選ばれたことが紹介されています。
2012年、新生チームMの中心メンバーに2012年10月9日、NMB48の新生チームMのお披露目公演が開催されました。
この公演で矢倉楓子は新センターに起用されました。
当時15歳だった彼女がチームの中心を担うことになったのは、大きな転機です。
日刊スポーツの当時の報道では、チームMの新センターとして矢倉楓子が紹介され、本人も新しいチームのスタートに向けた意気込みを語っています。
この時期から、矢倉楓子はNMB48の次世代を担うメンバーの一人として存在感を高めていきました。
選抜総選挙でも順位を伸ばした実績AKB48選抜総選挙でも、矢倉楓子は継続的に順位を上げています。
| 開催年 | 順位 | 得票数 |
|---|---|---|
| 2013年 | 44位 | 16,281票 |
| 2014年 | 41位 | 18,596票 |
| 2015年 | 40位 | 20,354票 |
| 2016年 | 33位 | 27,487票 |
2016年には33位となり、自己最高順位を記録しました。
この結果からも、NMB48での活動を通じてファンからの支持を積み重ねていたことが分かります。
【2013〜2015年の重要経歴】AKB48チームA兼任とは?
矢倉楓子の経歴で特に注目されるのが、AKB48チームAとの兼任です。
2013年4月28日、日本武道館で開催された「AKB48グループ臨時総会 ~白黒つけようじゃないか!~」の夜公演で、NMB48の矢倉楓子がAKB48チームAを兼任することが発表されました。
この人事はAKB48公式サイトにも掲載されています。
兼任によって活動環境が大きく変化当時のAKB48グループでは、グループ間の兼任人事が積極的に行われていました。
兼任とは、元の所属グループに在籍したまま、別のグループやチームでも活動する制度です。
つまり、矢倉楓子はNMB48を離れてAKB48に移籍したのではありません。
NMB48のメンバーとしての活動を続けながら、AKB48チームAの公演にも参加する立場になったのです。
当時のチームAには、篠田麻里子や横山由依らが関わっており、異なるメンバー構成や公演を経験する機会にも恵まれました。
2015年3月26日、AKB48春の単独コンサートで兼任解除が発表され、同年5月29日にAKB48劇場での最終公演を迎えています。
チームA兼任について本人が振り返った内容2015年3月26日、矢倉楓子はNMB48の公式ブログで、チームAで過ごした2年間を振り返っています。
当時のブログでは、二つの公演を覚えることへの不安や、先輩たちと一緒に出演することで得られた学びについて触れていました。
また、横山チームAで新しい公演に取り組んだ際には、レッスンへの参加が難しく、初日直前まで練習を重ねた経験も記しています。
これは単に兼任という肩書きを得ただけではなく、異なるチームの環境で実践的な経験を積んだことを示すエピソードです。
矢倉楓子の経歴と関係者・活動年表これまでの活動を、所属グループや関係するプロジェクトと合わせて整理すると、次のようになります。
この年表から分かるのは、矢倉楓子のキャリアが、NMB48を中心としたアイドル活動から、AKB48との兼任、そして個人での芸能活動へと段階的に変化していることです。
【卒業後の活動】女優・マルチタレント・ゲーム実況者への転身
2018年4月のNMB48卒業は、矢倉楓子にとって大きな節目でした。
しかし、芸能活動の歴史はそこで終わりません。
卒業後の彼女は一度芸能界を離れ、その後再び活動を始めるという異なる経験をしています。
2018年4月、NMB48卒業と芸能界引退2017年10月11日、大阪城ホールで開催された「NMB48 ARENA TOUR 2017」の大阪公演で、矢倉楓子はグループ卒業を発表しました。
2018年4月4日にはオリックス劇場で卒業コンサート「矢倉楓子 卒業コンサート ~同じ空の下で~」を開催。
そして、2018年4月10日にNMB48劇場で卒業公演を行いました。
NMB48公式ブログでも、この日が最終活動日として案内されています。
当時の報道では、グループ卒業と同時に芸能界からも引退したことが伝えられました。
2019年5月、芸能界への復帰を発表引退から約1年後の2019年5月8日、矢倉楓子は芸能界復帰を発表しました。
所属先として発表されたのはエイジアプロモーションです。
日刊スポーツによると、復帰に際して本人はファンからの応援が再挑戦の後押しになったことを伝え、さまざまなことに挑戦したいという意欲を示しました。
復帰後のテレビ出演として知られるのが、日本テレビ系ドラマ『白衣の戦士!』です。
一度引退した人物が再び芸能活動を始めたことは、彼女の経歴を理解するうえで欠かせないポイントです。
女優としてドラマ・映画に出演矢倉楓子は、アイドル活動だけでなく映像作品にも出演しています。
代表的な出演作品として、次のような作品が挙げられます。
- 『NMB48 げいにん!THE MOVIE リターンズ 卒業!お笑い青春ガールズ!! 新たなる旅立ち』
- 『マジすか学園4』
- 『マジすか学園5』
- 『AKBホラーナイト アドレナリンの夜』
- 『ホラーの天使』
- 『マネーの天使 ~あなたのお金、取り戻します!~』
- 『キャバすか学園』
- 『女々演』
- 『白衣の戦士!』
なかでも『女々演』では藤崎蒼生役を務めています。
アイドルとしてステージに立つ仕事と、映像作品で役柄を演じる仕事は求められる能力が異なります。劇場公演で培った表現力を、ドラマや映画という別の舞台で生かすキャリアを歩んできたことが特徴です。
YouTube活動とBitStarとの業務提携2020年1月8日には、インフルエンサープロダクションを運営する株式会社BitStarとの業務提携が発表されました。
この提携では、YouTubeチャンネルの企画支援、動画編集、分析、企業タイアップなどがサポート内容として示されています。
つまり、テレビや映画だけでなく、インターネット動画を通じてファンとつながる活動にも取り組み始めたのです。
BitStarの公式プレスリリースでは、YouTuber矢倉楓子としての活動を支援することが発表されています。
ゲーム実況者としての活動矢倉楓子のプロフィールには、ゲーム実況者という肩書きもあります。
2021年2月にはMildomでゲーム配信を開始し、ゲームを楽しみながら視聴者と交流する活動を展開しました。
その後、2023年2月からはSHOWROOMでの活動も始めています。
ゲーム実況者という肩書きは、こうした配信活動の経歴に基づくものです。ただし、Mildomでの配信は2023年1月に終了したと経歴情報に記録されており、2026年現在も同じサービスで配信を続けているという意味ではありません。
安田叶と取り組んだ「kawaii land」2023年からは、元AKB48メンバーの安田叶とともに「矢倉楓子と安田叶のkawaii land」という企画にも参加しています。
アイドル専門チャンネルPigooの番組情報によると、この企画は2組の姉妹アイドルグループをプロデュースするプロジェクトです。
単に出演者として番組に参加するだけではなく、アイドルを生み出す側の仕事にも関わった点が特徴的です。
2024年4月にも番組の配信実績が確認できます。
【2026年現在】矢倉楓子は何をしている?最新の活動状況と肩書きの意味
2026年現在の矢倉楓子について知るには、過去の芸能活動と現在確認できる発信の場を分けて見ることが大切です。
NMB48卒業後も芸能活動を再開し、女優やタレント、配信者として活動領域を広げてきました。
現在も確認できるSHOWROOMの公式プロフィール2026年11月時点で確認できるSHOWROOMの公式プロフィールには、矢倉楓子のアカウントが掲載されています。
同ページでは、カテゴリーは「talent」とされ、公式アカウントとして表示されています。
一方、配信予定欄は「TBD」となっており、具体的な次回配信日時は掲載されていません。したがって、アカウントが存在することと、定期的な配信が行われていることは区別する必要があります。
また、2024年5月には、元NMB48の上西恵とともに稲川淳二関連の怪談Cafeイベントを訪れたことがORICON NEWSで報じられました。
こうした記録からも、アイドル卒業後に活動の場を広げてきたことが分かります。
女優・マルチタレント・ゲーム実況者という肩書きは正しい?それぞれの肩書きが示す活動内容を整理すると、次のようになります。
女優
ドラマ『白衣の戦士!』や映画『ホラーの天使』『女々演』などの出演実績があります。映像作品で演技をする活動を指す肩書きです。
マルチタレント
アイドル活動に加えて、テレビ、映画、YouTube、配信番組、プロジェクト参加など複数の分野で活動してきた経歴を表しています。
ゲーム実況者
Mildomなどでゲーム配信を行った実績に基づく肩書きです。ただし、過去の配信実績と2026年現在の継続的なゲーム実況活動は同一ではありません。
この3つは互いに矛盾する肩書きではありません。活動する媒体や仕事内容が異なるため、複数の肩書きが併記されています。
【プロの結論】矢倉楓子の経歴で注目すべき3つのポイント矢倉楓子のキャリアを理解するうえで、特に押さえておきたい要点は次の3つです。
1. NMB48での成長: 2期生として加入し、早期の選抜入りやチームMのセンター経験を通じて存在感を高めた。
2. AKB48との兼任: 2013〜2015年のチームA兼任によって、グループを越えた活動経験を積んだ。
3. 卒業後の再出発: 一度芸能界を引退した後、2019年に復帰し、演技や動画配信、番組企画などへ活動の幅を広げた。
特に重要なのは、2018年の芸能界引退を、現在まで芸能活動をしていないという意味で捉えないことです。
2019年には復帰が発表され、その後もYouTubeや配信番組など新しい活動に挑戦しています。
矢倉楓子は、アイドル時代の実績を持ちながら、個人として異なる活動分野を経験してきた人物です。
【矢倉楓子の現在・経歴】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:矢倉楓子の生年月日と年齢は?
A1:1997年2月24日生まれです。2026年11月現在、29歳です。
Q2:矢倉楓子はどこの出身?
A2:大阪府出身です。NMB48の2期生として芸能活動をスタートしました。
Q3:矢倉楓子はAKB48に所属していた?
A3:2013年4月から2015年5月までAKB48チームAを兼任していました。NMB48を卒業してAKB48へ完全移籍したわけではありません。
Q4:矢倉楓子はNMB48をいつ卒業した?
A4:2018年4月10日にNMB48劇場で卒業公演を行いました。同時期に芸能界からも一度引退しています。
Q5:矢倉楓子は芸能界に復帰している?
A5:はい。2019年5月8日に芸能界復帰を発表しました。その後、女優やタレント、動画配信などの活動に取り組んでいます。
Q6:矢倉楓子は現在もゲーム実況者なの?
A6:過去にMildomなどでゲーム実況・配信を行っていました。2023年にはSHOWROOMでの活動も始めています。ただし、2026年現在のゲーム実況の定期的な実施状況については、最新の配信予定などで確認する必要があります。
矢倉楓子は、1997年2月24日生まれ、大阪府出身の元NMB48メンバーです。
2011年にNMB48の2期生として加入し、「オーマイガー!」で選抜入り。2012年にはチームMのセンターに起用され、2013年から2015年にかけてはAKB48チームAも兼任しました。
2018年4月にNMB48を卒業して一度芸能界を引退しましたが、2019年5月に復帰。その後は女優、タレント、YouTube、ゲーム配信、番組企画など、さまざまな分野に挑戦してきました。
2026年現在、矢倉楓子の人物像を理解するためには、NMB48時代のアイドルとしての実績だけでなく、卒業後の再出発や個人活動にも目を向けることが重要です。
「ふぅちゃん」という愛称で親しまれたアイドル時代から、活動の幅を広げてきた現在まで。その経歴は、グループ卒業後の芸能活動のあり方を考えるうえでも興味深いものがあります。